第30話 覚醒

 苦しんでいたドラゴンが、その場に崩れ落ちるようにして倒れた。


 小さな地震でも起こったかのように大地が揺れる。


 さすがに、あの数の棘で内側から貫かれたらひとたまりもなかったようだ。


「でも、あれ、は……」


 無数の棘が体から突き出ている様には見覚えがあった。


「リナが倒したドロゴンだ。魔核を回収しておいて正解だったよ」


 アスカの言葉でピンとくる。そうだ。ドロゴンが回転攻撃の破壊力を高めるために形態を変化させた様にそっくりだ。


「それもこれも、ハルオーブを採りに行こうって、リナが言ってくれたおかげだな」


 アスカの笑みがすごく眩しい。


 ちなみに私は、アスカの左太ももを枕にしている状態だ。


 幸せすぎて逆に死にそう。


「でも、何でそれが、ドラゴンの中から……あっ」


 私はアスカの右足――今は何もない空間に向ける。


「ご名答。ここに来る前に、ドロゴンの魔核を戦闘用魔装義具にしておいたんだ」


 自慢げに白い歯を見せてくれるアスカ。


「思惑通りの技が使えて運がよかったよ」

「運がよかったって、わざわざ足を切らせなくても」

「外側から攻撃したとしてもあの鱗は貫けない。隙を見て口の中に投げ入れたとしても飲み込む可能性は低いし、そもそも投げ入れるってのが現実的じゃない。ま、足を食わせるってのもかなりヤバいが、あいつの悪趣味さを考慮したら一番可能性があった」


 だからアスカはアランを必要以上に煽って、右足を食わせるよう誘導していたのか。おそらく靴の中かズボン内側に、にドロゴンから作った戦闘用魔装義具を仕込んでおいたのだろう。


「いやぁ、懸念点は私の話術だけだったんだけど、あいつが単純で助かったよ」

「バカなんですか?」


 私はアスカの胸ぐらをつかんでいた。


「足を、食わせるって、そんなのバカですよ!」


 足がないという惨めさを知っているアスカが、神様からもらった綺麗な足を誇っていたアスカが。


「私なんかのために、何でそんなこと」

「リナのためだからだろ」


 アスカが私の背中に手を回して抱き寄せてくる。


「リナのためなら、私は何だってする。さっきも言っただろ? もちろん足は私の大切なものだった。でもリナのためなら、他のどんなものも、どうだっていいって思えたんだ」


 アスカは恥ずかしそうに鼻の下を人差し指でこすった。


「リナが無事なら、何の問題もない」

「僕を甘く見るなぁぁああああああ!」


 突然、絶命したと思っていたドラゴンが巨体を起こして絶叫した。


「こんなところで死んでたまるかよぉおおおお!」


 ドラゴンの口から黒い炎が漏れ出る。


「へへ……マジ、かよ」


 そう呟いたアスカの声には、諦観が混じっていた。


 もう万策尽きているのだろう。


 私も同じく、一瞬で諦めていた。


「必死にやって、これまでかよ」


 絶望が迫っているのに、アスカはとても晴れやかに笑った。


「でも、悪くない気分だ」


 私も、アスカと一緒なら、終わりを迎えても悪くないって思う。


 ただ、私にとって予想外だったのは、アスカが顔を近づけてきて、私の額とくっつけて。


「リナ。私と、友達になってくれてありがとう」

「死ねぇえええ!」


 ドラゴンが私たちに向けて黒い炎を吐く。


 その瞬間、私は一度受け入れたはずの死を拒絶していた。


「アスカっ!」


 私が感じていたのは、高鳴る鼓動と、溢れんばかりの魔力と、アスカへの思い。


「私と友達になってくれて、ありがとう!」


 体から溢れた魔力が、氷となって私たちを覆っていく。私のどこにこんな力が残っていたのか。私にもわからない。巨大な氷塊はアスカを傷つけることなく、私たちを優しく包み込んでくれた。黒い炎を完全に防いでくれた。


「僕の炎が……くそっ!!」


 驚愕の声が聞こえ、火力が強くなるのを感じる。


 けれど、私は確信していた。


 そんな程度の炎で、私の氷は溶かされないと。


 アスカを守る氷が、消えるわけがないと。


「リナ、これは……」

「私にも、何がなんだか」


 私は、アスカに微笑みかけながら立ち上がる。


「でも今度は私が、アスカを守るね」


 私たちの愛の結晶を溶かそうと無駄に攻撃を続けるドラゴンに対して、もう恐怖の感情はない。


 独りぼっちのアランに対して、憐みしか感じていない。


「【聖獣化】」


 幸せに包まれながら言葉を紡いで、ユニコーンになる。いつもよりも大きい存在になれた気がした。神々しさも増している気がする。さすがにそれは自画自賛すぎか。


 でもそれくらい、今の私は自信に満ち溢れていた。


 その自信は、アスカがくれた、大事な宝物だ。


「【覚醒バースト】」


 自分が纏う空気が一変するのがわかった。


 光に包まれるのではなく、自分自身から輝きが放たれている。


 四足歩行だったのに、いつの間にか二本の足で立っている感覚がある。


 自分の体を見下ろすと、ユニコーンを連想させる氷の鎧が全身を覆っており、手には巨大な槍が握られていた。


「なんだよリナ。すげぇ格好いいじゃん」

「アスカのおかげですよ」


 何が起きたのか、実際のところよくわかっていない。


 だけど、今ならアスカを守れるという確信がある。


 こんな大きな槍なんて扱ったことないのに、自分の体の一部のように扱える。


 私は、友達を守ってくれた氷塊の中を、水中を移動するかのように通過して外に出た。


「な、何だお前…………クソぉおおお!」


 目を瞠ったドラゴンは、すぐに黒い炎を吐き出して攻撃してくる。


「アランさん」


 私は彼に語り掛けながら、大槍を一振。


 黒い炎は二つに裂けて、そのまま凍りついた。


「……は?」


 呆気にとられるドラゴンを無視して、私は大槍を晴れ渡る大空に向けて放り投げた。


「アスカのおかげで、私は本当に強くなれました」


 空中で静止している大槍に向けて手を伸ばし、魔力を流し込む。大槍はさらに巨大に――この世界のすべてを貫かんばかりの大きさになった。


 その巨大な槍を見上げるドラゴンの瞳には、憧憬の色があるように見えた。


「アスカは、誰にも渡しません」


 そして、私はドラゴンに向けて手を振り下ろす。


「アスカと一緒にいるのはこの私だぁああああああああああ!」


 私のすべてを込めた巨大な槍が、ドラゴンの胴体を貫いて大地に突き刺さる。


 地鳴りのような揺れが空気を劈き、白く輝く冷気が神秘的に広がっていった。

  

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