第22話 浮かれていたんだ
気がついた、じゃなくて気づいてしまった。
考えないようにしていたことを、自覚させられてしまった。
アランの言う通り、私の不幸の発端はアスカがアランの足を――いや、違う。絶対にそうじゃない。
アスカはアランの足を治しただけ。
善意で助けただけ。
そんなアランが私の村を襲って、母を殺して、私の足を奪ったのは結果論であって、アスカは関係ない。
はずなのに。
「そして、そんな君を、アスカが不幸にした君を、アスカは復讐を果たすための道具にしている。利用されているだけなんだよ。君に不幸を与えたくせに、アスカは、今もなお身勝手に君の境遇を利用して、不幸を与え続けている」
アスカの手が、私から離れた。
アスカが私の手を振り払ったのか、私から手を離してしまったのか、わからなかった。
「そんな関係で、友達って言えるのかな?」
アランは勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
「大事な人って言えるのかな?」
アランの言葉を、完全に否定できなかった。
「今、二人して黙っていることが、二人の関係を物語っているんじゃないのかな?」
アランが話す度に、私とアスカが築き上げてきたものが崩れ落ちていく。
私とアスカの繋がりは全然強固じゃなかった。
「まあいいや。気が変わったよ。僕が強引に選ばせても、アスカが選んだことにはならないからね。今日はこの辺でお暇しよう。明日の朝まで待ってあげる」
アランの言葉には、アスカは必ず僕を選ぶよ、という余裕がたっぷり含まれている。
悔しさで内臓が焼き爛れていく。
「もしアスカが僕を選ばないなら、その時はこの街がどうなるか、わかってるよね? 僕にはその権利がある。僕を先に迫害したのは、この世界の方なんだから」
アランの瞳が歪む。
彼のこの世界への恨みは、それほどまでに重い。
「あ、待ち合わせ場所を決めてなかったね。そうだなぁ……ああ、あそこがいいね。ほら、縁結びの木って呼ばれてる木の下。そこで待ってるよ」
アランが指定したのは、そこで結ばれた恋人は必ず一生を添い遂げられるという噂のあるダリンビーの木の下。この噂はレスティアゾに住む人なら必ず知っている。レスティアゾの正門を出て東にしばらく歩いたところにあり、春には鮮やかなピンクの花を咲かせる木だ。わざわざ護衛を雇ってその場所に向かい、思いを告げる人もいるとかいないとか。
「それじゃあ、また明日」
アランはアスカだけに手を振ってから去っていく。強い風が吹いたが、私の心に生まれてしまった猜疑心が、どこかへ飛んでいくことはない。私たちは動くことも話すこともできないまま、ただただ立ち尽くしていた。
「……リナ」
沈黙を破ったのはアスカだった。
「もういいよ」
何が、もういい、なのだろう。
急に胸が苦しくなる。
一歩たりともアスカに近づけない。
「もう、何もかも、どうでもよくなったんだ」
「何もかもって、どういうことですか」
「リナは、もう好きに生きていいってことだよ。私みたいな最低なやつと一緒にいなくても、好きに生きればいい」
「私のことが、どうでもよくなったってことですか?」
アスカが言い終わる前に、言葉を被せていた。
それが私のため、みたいな言葉を使って私を説得するのは、ちょっとずるい。
どうせなら、ちゃんと突き放してほしい。
「そういうことじゃ……いや」
アスカが何かを諦めたように首を振り、自嘲した。
「そういうことだ」
「嘘、ですよね。アスカと私は、ずっと、これまでずっと」
ちゃんと突き放してほしいと思っていたのに、実際に突き放されたのに、どうして反論しているんだ。
「あいつの言う通り、私がすべての元凶で、しかも、それをリナに明かさないまま、私の目的のために、強引に従わせた」
「あいつなんて呼ぶ相手をどうして選ぶんですか」
「選ぶとかじゃなくて……ただ私は、自分の罪悪感を晴らすためだけに相手を利用できる、狡猾な女なんだ」
「でもアスカは、私を助けて、足を、見返りもなく治してくれて」
「それだって、本当はリナのためじゃない。リナを思う感情は一切なかった。ただリナの境遇が利用できると思っただけ」
アスカが握り締めた拳で自分の太ももを殴った。
「私は浮かれてたんだ。二度目の人生、念願の足を手に入れて、誰かを救える能力も手に入れて、浮かれてたんだ」
拳があっけなくほどかれる。握り締められていた感情が空気中に霧散していく様を、私はじっと見つめていた。
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