第17話 ご褒美ふにふにたいむ 

 ほどよい暖かさの温泉がハルオーブの群生地の真横にあった。この温泉は普段、足湯として使われているらしいが、今は私たち以外に誰もいない。


 他人の視線を気にする必要はない。


 私たちは泥まみれの服を脱ぎ、下着も脱いで温泉に入る。座ると肩まで浸かるくらいの深さでちょうどいい。登山による疲労も、ドロゴンとの戦いによる疲労も、じんわりと湯船に溶け出していく。


 はぁ、気持ちいい。


 とかそんなのどうでもよくて!


 私は今、アスカと一緒に温泉に入っている!


 体が熱いのは温泉のおかげか、隣にいるアスカの裸のおかげか…………深く考えるのはやめておこう。今はこの幸せを純粋に堪能するべきだ。


「ふはぁぁあああ、天然の露天風呂は最高だぜ」


 アスカがおじさんみたいな声を出しながら、大きく伸びをした。ご立派な胸に嫌でも視線が向かう……ちょっと待って! これって友達同士で温泉に入った時に発生する儀式を行うチャンスなのでは?


「あのぉ、アスカ」


 ゆっくりとアスカに近寄っていく。


 警戒されないように、慎重に、慎重に……。


「どうした……って」


 アスカが私の体を見てにやりと笑った。


「へぇ、リナって意外と立派なものを持ってるじゃねぇか」


 アスカの目線を追って……慌てて両腕で胸を隠す――が時すでに遅し。アスカが私に飛びかかってくる。咄嗟に後ろを向いたが、それがまずかった。後ろから抱きしめられる形になり、アスカが私の胸をふにふにしてくる。


 ああ、自分がやられる側になるとは! しかも、あろうことか自分から近づいちゃったし! アスカの胸という罠に惹かれて何の警戒もせず……さっきのドロゴンの戦いの時と同じじゃん! 私のバカ!


「アスカ! ちょっと、や、やめてください」

「そんなご立派なものを持ってて恥ずかしがるなよ。よいではないかよいではないか」

「も、もう! アスカの方が立派ですから!」


 背中に当たる二つの感触がそれを物語っていた。


「アスカのも、触らせてくださいっ!」


 やられたらやり返す。


 もともと、私がアスカの胸を堪能――じゃなくて友達としての通過儀礼を行うつもりだった。


 先に触られたのだから、私にだってアスカの胸をふにふにする権利がある!


「ちょっとだけ、さっきちょだけでも触らせてください!」

「言い方が意味深すぎるんだが……うおぉい! や、やめろって、くすぐったいから!」


 アスカが力を緩めた隙を見逃さず、反撃に転ずる。アスカはやめろと言いながらも、本気で嫌がっているわけではない。楽しそうに笑っている。


 その後、ふにふにされたりふにふにし返したりを何度か繰り返し、さすがに疲れて二人して大きな岩を背もたれにして座った。


「裸の付き合いって、楽しいですね」

「そうだな。誰かと気兼ねなく温泉なんて初めてだし、それがリナでよかった」


 アスカは遠い記憶を懐かしむかのように目を細める。……あ、警戒心が緩んでる今、またアスカの胸をふにふにするチャンス――。


「なんつーか、一緒に入ったことはあってもさ、そいつは私に気遣い続けるから、一緒に楽しんでるとは違う気がしてさ」


 感慨深げに呟いたアスカを見て、ふにふにはいったんやめることにする。


 それに。


「アスカ、前! 見てください! ハルオーブが!」

「いきなり大声出すなよ……うおぉ、こりゃすげぇ」


 私と同じ感動を、きっとアスカも味わっている。


「真っ赤な夕日を背景に咲くハルオーブの白……最高じゃねぇか」


 アスカの言葉通り、紅色の空と咲き誇るハルオーブのコントラストは圧巻の一言だった。胸が感動で打ち震えるほど美しくて優雅なのに、なぜか少しだけ寂しさも感じる。


「アスカ。この景色が幸せって言うんですかね?」

「この景色を幸せだと思えるリナは、幸せなんだと思うぞ」

「アスカは、どうですか?」

「私か。……私は」


 アスカは黙ってしまう。その困ったような横顔を見た瞬間、私の中で何かが弾けた。勇気が出なくて言えなかった言葉が、するりと飛び出した。


「ねぇ、アスカ。私たちってもう友達ですよね?」


 アスカが驚いたように私を見る。夕日に照らされているアスカの瞳が揺らぐ。一度口が開きかけて、また閉じて、今度は目を逸らしながら。


「どう、だろうな」


 友達、って言ってくれなかった。


 心に無数のひびが入っていく。


「でもな、リナ」


 アスカは沈みゆく太陽の方を向いて、目を細めた。


 頬が赤いのは、夕日に照らされているからではないと思う。


「私も、この景色はすごく綺麗だと思う」


 崩れかけた心が温かさを取り戻す。


 友達とは言ってくれなかったけれど、捻くれた性格のアスカらしい返事だと思った。


「はい、とても綺麗で、眩しくて、ずっと見ていたいです」


 私は隣に座るアスカに寄りかかり、肩にそっと頭を乗せた。


 アスカの胸をもっと至近距離で拝みたかったとか、決してそんなことは考えていない。

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