第7話 夜の影と七点構造

 昼過ぎ、簡単な報告と換金を終えた俺たちは、いつもの宿の食堂で“打ち上げ兼方針会議”をすることになった。


「かんぱーい!!」

 ガイアスの掛け声で、ジュースと薄い酒入りのカップがぶつかり合う。


「初迷宮クリアと、Eランク昇格に!」

「……乾杯」

「かんぱい……です」

「リィナちゃん、飲みすぎ注意ね」

「ミナちゃんこそ弱いんだから気をつけてね〜。すぐ真っ赤になるよね~」


 ワイワイやりながら、テーブルの上には安いけどボリュームのある料理が並んだ。


 ワイルドな肉の串焼き。

 根菜と豆の煮込み。

 固いパンと、塩気の強いチーズ。


(……こういうの、悪くないな)


 ふと、そんなことを思う。


「で、今後どうするか、なんだけど」

 ユートがパンをちぎりながら言った。


「Eランクになったことで、受けられる依頼の幅が広がった。街道警備や、周辺の魔獣討伐、それから――新しい迷宮の調査依頼も、候補に入る」


「新しい迷宮!」

 リィナが食いつく。


「また潜りたいのか?」

「そりゃそうでしょ! せっかく探求者になったんだし! 昨日は怖かったけど……なんかこう、“あ、あたしたちやれてるかも”って気持ちになったし!」


「俺もだな。正直、もう一回やれるならやりてぇ」

 ガイアスも笑う。


「ミナは?」

「わ、わたしは……怖いけど。でも、みんなと一緒なら……頑張りたい、かな」


 視線が最後に俺へ向いた。


「レオンは?」


「俺は……そうだな」


 少しだけ考えてから、素直に言う。


「今のままだと、この先たぶん頭打ちする。

 浅層の似たような迷宮だけ回ってても、俺たちの欠点はいつか限界を迎える」


「うっ……それは、そうかも」

 リィナが苦笑する。


「だから、次は“違うタイプの迷宮”を試したほうがいいと思ってる」


「違うタイプ?」

 ユートが聞き返す。


「《砕石の坑道》は、物理構造が分かりやすい“鉱山型”だ。

 次は、風とか水とか、視界とか――別の要素で危険な迷宮を選んだほうが、全員の経験値になる」


 ガイアスが感心したようにうなずく。


「なんかそれっぽいこと言ってんな、お前」

「“それっぽい”じゃなくて、実際そうなんだよ」


 ユートが頷く。


「俺も賛成だ。弓は、風や視界に左右されやすい。……今のままだと、また“曲げられて終わり”になりかねない」


「ミナも、違う状況で回復を試したほうが良さそうだしね」

 リィナが言うと、ミナは少しだけ心細そうな顔をしたが、それでも「うん」と頷いた。


「ギルドの掲示板に、“風鳴りの洞窟”とか“霧を喰う廃屋”って名前の迷宮があったはずだ」

 ユートが記憶を辿るように言う。


「名前からして嫌な予感しかしないんだけど!?」

「迷宮に“いい予感”を求めるな」


「だよねぇ……」


 そんな風に笑い合いながら、俺たちは次に目指す迷宮の候補をいくつか挙げていった。



 夜。


 ガイアスはベッドに倒れた瞬間いびきをかき始め、

 リィナは「今日はさすがに魔力使いすぎた~」と言って数分で沈黙し、

 ミナは小さく祈りを捧げてから、静かな寝息を立てて眠りについた。


 ユートは最後まで弓の弦を確認していたが、それもやがて終え、明かりを落とす。


 ただ、俺だけはランプを机の上に残し、椅子へ座っていた。


 目の前には、古びたノート。


 父が残した、迷宮の記録帳だ。


 昼間の老人の言葉が、頭の中で何度も反芻される。


(七つの迷宮。七つの核。……親父は、そこまで行こうとしてた)


 ノートの端は擦り切れ、何度も開かれた痕がある。

 ページをめくると、見慣れた《砕石の坑道》の簡易構造図が出てきた。


《砕石の坑道・浅層 第二階層までの構造、概ね安定》


 その下に、小さく追記されている。


《――ただし、さらに下層へ“別系統の坑道”が接続している。

 深層核の波形、七点構造と類似》


「七点構造……」


 さっき、砕石コアの中で見えた“七つの点”を思い出す。


(親父も、同じものを見てたってことか)


 ページをめくっていく。

 他の迷宮の構造図。波形のメモ。断片的な数字。

 そのあちこちに、同じ言葉が並んでいた。


《七点》

《七重核》

《七つの心臓》


 ランプの火が、ふっと揺れた。


「……?」


 窓は閉まっている。風は入ってこない。

 なのに、炎だけがやけに大きく揺れた。


 次の瞬間――


 視界の“線”が、全部ひっくり返った。


「っ……!」


 構造視界が、勝手に開く。

 迷宮でもないのに、部屋の中の全ての線が“魔力流路”に変わっていく。


 床。壁。ベッド。ランプ。

 それらを貫くように、一本の“太い流れ”が――空の、ずっと向こうから伸びていた。


(なに、これ――)


 流れの先に、“何か”がいる。


 胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいに痛くなる。


 反射的に、ノートへ手を伸ばした。

 指先が、あるページの端を掴む。


 そこには、円の中に七つの点が描かれていた。

 雑なスケッチ。なのに、今、目の前の“流れ”と完全に重なって見える。


 ――視界が、白く弾けた。


 暗闇の中に、七つの影が浮かぶ。


 山よりも大きい人型。

 城を呑み込むような獣。

 海を割る腕。

 空を裂く翼。


 どれも輪郭だけで、細部は見えない。

 ただ、共通しているのは――


 全部が“ゴーレムに似た何か”だということ。


 頭の奥に、直接、声が落ちてきた。


『――探求者よ』


 男でも女でもない、遠い声。


『道の終わりで、“七つ”が目覚める』


 次の瞬間、糸が切れたように視界が戻った。


「っは――!」


 息を吸い込む音が、やけに大きく響いた。


 ランプは元通り、静かに燃えている。

 部屋も、ベッドも、仲間の寝息も――全部、さっきと同じだ。


 ただ一つ違うのは、俺の心臓の鼓動だけ。


(……今の、なんだ)


 額には冷や汗がにじんでいた。


 ノートを見下ろす。


 さっき開いたページには、父の字で、こう書かれていた。


《七つの迷宮。その中心に在るもの――

 人はそれを、七大ゴーレムと呼び始めている》


「七大……ゴーレム……」


 声に出すと、言葉がやけに重たく感じた。


 ベッドの上で、ガイアスが寝返りを打つ。


「んー……肉……もっと……」


「夢の中でくらい節制しろよ……」


 小さくため息をつきながらも、目は冴えたままだった。


(七つの迷宮。七つの核。七大ゴーレム……)


 父が追いかけていたもの。

 さっき頭の中に流れ込んできた“声”。


 全部が一本の線で繋がっている気がして、落ち着かない。


「……寝られる気がしないな、今日は」


 そう呟いて、もう一度ノートを閉じた。


 ――このときの俺はまだ、

 その言葉が“本当に目指すべき目標”になるなんて、少しも分かっていなかった。

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