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三〇五号室は高級ホテルの一室のようだった。――とはいえ、病院の入院病棟であることに変わりはないけど。
病室のベッドで、左目に包帯を巻いた男性が上体を起こした状態で起き上がっている。
「おや、あなた方は誰でしょうか?」
男性――城島幾三にそう言われたところで、私たちは自分の名前を名乗った。
「私は卯月絢華という者です。――といっても、これは小説家としてのペンネームであって、本名は廣江彩花と言うんですが」
「俺は漆原達彦と言います。廣江彩花のマネージャーというか、付き添いなんですが」
私が小説家だと名乗ったところで、城島幾三は話す。――やはり、例の件について見透かされていたらしい。
「なるほど。――まあ、私に取材を申し込むということは、あなた方もやはり『クマかと思ったら男性に襲われた事件』のことを追っているんでしょうか?」
もちろん、私が言うことは分かっている。
「その通りです。私、こう見えてとある出版社から『豊岡で発生した一家鏖殺事件という体でモキュメンタリーホラーを執筆して欲しい』って頼まれているんですけど、ネタが全然浮かばなくて……。それで、万策尽きた私は先日発生した襲撃事件に目を付けたんです。クマによる襲撃なら昨今珍しい話じゃないんですけど、見ず知らずの男性に襲われたとなると――小説における『一家鏖殺事件』のヒントにもなり得るんじゃないかと思いまして」
「そうですか。――良いでしょう」
そう言って、城島幾三は事件発生時のことを事細かく説明してくれた。
「私の家では白菜を育てていて、この時期はかき入れ時というか、収穫時期だったんです。私が襲われた日も、いつも通り白菜を収穫しようと思っていたんですが……畑に人影が見えたんです。私はその人影を見て『クマだ』と思ってとっさに身構えたんですが、襲ってくる気配がない。その時点で、私は完全に油断していたのかもしれません。収穫が完了して電気柵の外に出ると、男性が私に向かって襲いかかってきたんです」
「その男性って、なにか凶器のようなモノは持っていたんでしょうか?」
「凶器は持っていなかったんですが……爪が異様に伸びていて、歯は犬の牙のように鋭かったですね。そして、私は――その爪で左目をひっかかれました。そして、頬と背中を襲われて――その場にうずくまりました。私がうずくまった時点で持っていた携帯電話で緊急通報をしたからすぐに警察と病院が駆けつけてきましたが、残念なことに左目を失明するという結果になってしまいました」
爪が異様に伸びていて、犬の牙のように鋭い歯……。やはり、城島幾三は人狼に襲われたのか? もしくは、狼が取り憑いた大神浩輔が本当に人閒を襲ったのか? 私は、その件に関して疑問が尽きなかった。
「あの、こんなことを言うのもアレかもしれませんが……幾三さんは、『人狼』に襲われた可能性がありますね」
私は、城島幾三に対して素直に「現実」を伝えた。当然だけど、幾三さんは私の「現実」に対して懐疑的な表情を見せている。
「人狼って、『満月の夜に人閒が狼に変貌する』というアレでしょうか? またまたご冗談を。この世に人狼なんている訳がない。私も老いぼれだから、もしかしたらクマと見間違えたという可能性も考えられる」
「――そうだ、襲ってきた男性の体格について何か分かることはないでしょうか?」
「体格ですか? うーん……体格は私よりもかなり大柄でしたね。私自身が男性にしてはかなり小柄ですから、大体百八十センチぐらいはあったと思います」
「なるほど。――クマなら、二メートルから三メートルぐらいあることになりますが……クマにしては小柄ですね、その男性」
となると、やはり――人狼なのか。証拠は十分に得られた。
「分かりました。――取材は以上です」
「そうですか。ありがとうございました。――卯月先生と言いましたね。あなたの『モキュメンタリーホラー』、楽しみにしておりますからね」
「それはどうも。それでは、私はこれで失礼します」
そう言って、私と達彦くんは城島幾三の病室を後にした。
「それにしても、城島幾三の証言……どう見ても人狼のそれだな」
達彦くんは、入院病棟のエントランスで缶コーヒーを飲みながら言う。私が返す言葉は、言うまでもない。
「そうよね。幾三さんが言ってた『人閒』の話、どう考えても『人閒』というより『人狼』だと思う。一刻も早くこの謎を解き明かさないと、大変なことになるわ」
「そうだな。――とりあえず、ここは一旦大神家へと戻るか。大神浩輔に対して色々と聞き込みも行わないといけないしな」
達彦くんがそう言ったところで、私は彼が運転する日産スカイラインの助手席に乗り込み、そして――大神家へと戻った。
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