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――ピンポーン。私はインターホンのボタンを押した。インターホン越しから、よく通った男性の声が聞こえた。
「ああ、あなたが卯月先生ですか。お待ちしておりました。私が大神清二と申します。詳しい事情は中で……」
もちろん、私は「分かりました」と言って大神家の中へと入っていった。
外観が相当古びた屋敷なのは分かってたけど、屋敷の中は――なんというか、中世のお城のような感じだった。エントランスには銀色に輝く年代物の
私はそういう調度品の数々を踏まえた上で、清二さんに話す。
「大神家って、相当な名家というか……お金持ちなんですね。この調度品も、清二さんが集めたものなんでしょうか?」
どうやら、私が言いたいことは清二さんに分かっていたらしい。
「確かに、ウチは『大神工業』という自動車向けの精密部品製造会社を営んでいて、その過程で得た富を利用してこれらの調度品を購入いたしました。――まあ、調度品の中には私の先代である大神佐助が購入したモノも含まれていますが」
「佐助と清二……
私は思わず二人の名前を並べて『犬神家の一族』に登場する「
「おい、それは考えすぎだ。確かに佐助と清二という名前を並べると『佐清』になるが、仮に俺が出版社の担当者なら即座にボツにする案だ」
「そ、そうよね……」
私と達彦くんの長話にしびれを切らしたのか、清二さんは咳払いをしながら話した。
「――コホン。とにかく、今回卯月先生に依頼をしたのは私の息子の件です。私の息子は『
私は、清二さんの話に対して首をかしげた。
「奇行?」
首をかしげる私に対して、清二さんは自分の息子に対して起こっている「奇行」を説明してくれた。
「そうです。奇行です。――具体的に言えば、冷蔵庫の中から生肉を漁ってそれを食べたり、大声を上げたり、ベッドの上で跳びはねたりしているんです」
――ああ、やっぱりそうなのか。私は、清二さんに対してある「可能性」を示唆した。
「ああ、確かに……それは、『狼憑き』の症状に似ていますね」
私が示唆した「可能性」を、清二さんは受け入れていく。
「そうなんですよ。まさか、自分の息子が狼に憑かれるなんて思ってもいませんでしたから……正直言って、困っているんですよ」
そういえば、浩輔さんについて気になることがあるな。――私は話す。
「ところで、浩輔さんって何歳なんでしょうか?」
清二さんの話によると、浩輔さんは中学生らしい。
「浩輔さんですか? 普通の中学生と言ってしまえばそれまでですが……」
「中学生ですか。――何年生でしょうか?」
「二年生です」
「中学二年生……」
「卯月先生、どうされましたか?」
「いえ、何でもありません。ただ、年頃から考えて『ただの厨二病』なんじゃないかと思っただけですから」
「厨二病……」
まあ、今更言うまでもないけど一般的な中学二年生というのは「イキる」ことが多い。そして、その「イキり」がエスカレートすると「厨二病患者」として馬鹿にされるのがオチである。――まあ、このサイトの読者なら常識レベルだと思うけど。
それはともかく、私と達彦くんは浩輔さんと会うことにした。――第一印象は「普通の男子中学生」といった感じだったが、豊岡の中学校というのは校則がべらぼうに厳しいので、彼は野球少年のように丸刈りの頭をしていたのだけれど。
「ああ、この小説家は僕のことを面白がって取材に来たんでしょうか」
「こら、浩輔。お客さんに無礼なことを言わない。――ああ、失礼しました。浩輔は『年頃の男子中学生』ですから、色々と難しい時期なんですよ」
清二さんの話に対して、私はフォローを入れた。
「大丈夫ですよ。それ、『誰もが通る道』だと思っていますから」
当然だけど、清二さんは私のフォローに対してただ「そうですか」と言うしかなかった。
私も厨二病をこじらせて京極夏彦の小説を読みふけった結果、見事な厨二病患者が出来上がった。故に妖怪は「いるもの」だと思ってたし、彼の小説に登場する中禅寺秋彦という憑き物落としの
浩輔さんは話す。
「とにかく、僕は狼に取り憑かれているんだ。その証拠に、満月の夜になると血が騒いでいてもたってもいられなくなるんだ」
私は、首をかしげるしかない。
「いてもたってもいられなくなる……」
首をかしげる私に対して、浩輔さんは具体的な「血の騒ぎ」を説明してくれた。
「なんというか、心臓がドキドキして、テンションが上がって、肉が食いたくなるんです。それも、焼き肉とかじゃなくて生肉が。どうしてこうなっているのか、自分でも分からないんですが……」
あっ、それって――。
「つまり、浩輔さんは『満月の夜』の記憶がないんでしょうか?」
「はい、その通りです。僕は『満月の夜』の記憶がまったくもってないんです。それで、気づいた時にはベッドで寝ている。――自分でも、この件についてよく分かっていないんだ」
私が思っている以上に、浩輔さんは「自分が狼に憑かれていること」を恐れているのだろうか。そう思うと、彼の中に取り憑いた「狼」を払ってあげたいが……あいにく私は憑き物落としではなく小説家である。困った。
困り果てる私に対して、達彦くんは冷静に話す。
「これだけ聞くと『狼憑き』の症状そのものだが……もしかしたら、彼の心の中に『狼に憑かざるを得ない事情』があるのかもしれないな」
「狼に憑かざるを得ない事情? 何よ、それ」
私の疑問を、達彦くんが晴らしていく。
「具体的に言えば――『大切な人を病気で失った』とか、『学校でいじめられている』とか、『テストの成績が悪かった』とか、本当に些細なモノだ。そして、その些細なモノが積み重なった結果……『狼憑き』に似た症状を発露してしまう。それが俺の考えだ」
「なるほどねぇ……」
達彦くんの話が正しかったら、浩輔さんは何らかの心的因子によって狼へと
それから、私は「例の記事」の話を持ち出した。――クマかと思ったら男性に襲撃されたというあのニュースである。
「ところで、清二さんはこのニュースをご存じでしょうか?」
そう言って、私はスマホの画面を清二さんに見せた。いわゆる「らくらくスマホ」じゃないから、清二さんはスマホの画面をかなり近いところで見ている。――近眼か。
「ふむ、『兵庫県北部で暴行事件発生 被害者は重傷』……ですか。しかも、被害者は農作業中に襲われていて、曰く『クマだと思っていたら男性だった』とのことですか。――申し訳ありませんが、そのニュースについては存じ上げておりません」
当然の話に、私は俯くしかなかった。
「やはり、そうですか。――まあ、最初からそんなもんだと思っていましたし、別に良いんですけど」
となると、「浩輔さんに狼が取り憑いた話」と「○○町で男性が何者かに襲撃された話」は別物なんだろうか。――いや、もしかしたら清二さんは何かを隠している可能性があるかもしれない。ここは、慎重に行くべきか。
そんなことを考えながらスマホの画面を見ると、時刻は午後六時を回っていた。いくら何でも、長居しすぎただろうか。
「あの、私たち……そろそろ帰ろうと思うんですけど。いくら何でも、ここに長居するのは良くないと思っていますし」
そう思っていた私たちを、清二さんが引き留める。
「まあ、そう言わずに……泊まっていっても良いんですよ?」
清二さんの意外な言葉に対して、私は懐疑的になった。
「本当でしょうか? それ、私たちを狼に襲わせるための罠じゃないんでしょうか?」
「いや、そんなことはありません。この屋敷には空き部屋がたくさんあるから、自由に使ってもらってかまわない」
やはり、この少子高齢化社会において大神家のような屋敷は「無用の長物」なんだろうか。それなら、部屋の一つぐらい借りても怒られないか。――なんなら、ここを取材の拠点として○○町の取材をするというのもアリだろうか。
私は、清二さんに対してある「答え」を出した。
「それじゃあ、清二さん……部屋はありがたく借りさせてもらいます。ちょうど、取材の拠点も欲しかったですし」
「分かった。――私の妻に言って空き部屋は使えるようにしておくから、もう少しだけ応接室で待っていてほしい」
「分かりました」
そういうわけで、私と達彦くんは大神家の中へで居候させてもらえることになった。――ちょうど、清二さんの妻にも色々と話を聞きたかったところだし。
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