恋は突然に、でもだいたい予想通り

しおん

第一部

第1話 幼馴染みの特権は、死ぬほど恥ずかしいこと言う権利です

 放課後の教室は、まるでオレンジ色の絵の具をぶちまけたみたいだった。


 私は机に突っ伏して、ため息を何回目かわからないくらい吐いていた。


「はぁ……また数学の追試……もう生きていけない……」


「生きていけない前に、俺の顔見てから死ねよ」


 後ろから降ってきたのは、いつものバカ声。


 振り返ると、佐藤悠斗がニヤニヤしながら私の机に腰掛けていた。

 制服のネクタイはゆるゆるで、シャツのボタンも一つ外れてる。

 相変わらずだらしなくて、でもちょっとカッコいいのがムカつく。


「うるさい! 悠斗のせいで集中できないんだから!」


「俺のせい? お前が授業中、俺の横で『ん~……』って寝言言ってただけじゃん」


「言ってない!」


「言ってたよ。『もっと……』って」


「ちょ、ちょっと待って!? それ絶対嘘でしょ!?」


 顔が爆発しそうなくらい熱い。


 悠斗はスマホを取り出して、写真を見せてきた。


 ――私の、超特大あくび顔。

 しかも連写で7枚。


「いつ撮ったのよこれ!!」


「今日の5限。先生が『高橋、佐藤、静かにしろ』って怒鳴った直後」


「削除してよ!!」


「いやだ♡ 壁紙にした」


「はぁぁぁ!?」


 もう叫びすぎて喉が痛い。


 悠斗は急に真顔になって、私をまっすぐ見つめてきた。


「……あかり」


「な、何……?」


「最近さ、お前が他の奴と一緒に帰ってるの、見るの嫌なんだよね」


 心臓がドクンって跳ねた。


 教室にはもう誰もいない。

 窓の外、部活の掛け声が遠くに聞こえるだけ。


「え……どういうこと?」


「どういうことも何も、文字通りだよ」


 悠斗は私の手をそっと握った。

 手のひら、めっちゃ熱い。


「俺、あかりのこと――」


 その瞬間。


 ガラッ!


「高橋ー! 委員会の資料まだー?」


 クラスメイトの山田が顔を出した。


 悠斗の手がサッと離れる。

 私は慌てて立ち上がった。


「あ、ごめん! 今持ってく!」


 資料を抱えて教室を出るとき、チラッと悠斗を見たら……

 なんか、すっごく寂しそうな顔してた。


 ……やばい。

 胸が痛い。


 その夜、LINEが来た。


【悠斗】 明日、追試勉強一緒にしない?

 俺んちで。20時。


【あかり】

 別にいいけど! 教え方下手そうだし!


【悠斗】

 去年満点取らせたの誰だよ


 ……うっ。


【あかり】

 ……20時ね。遅刻したら承知しないから


【悠斗】

 了解♡

 あ、罰ゲームあるから遅刻すんなよ


【あかり】

 罰ゲームって何?


【悠斗】

 キス


【あかり】

 は!?


【悠斗】

 冗談♡

 ……たぶん


 スマホを投げて、枕に顔を埋めた。


「バカ……大バカ……!!」


 でも、次の日――


 私は19時55分に悠斗の家のチャイムを押していた。



(第1話・完)

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