第30話 訓示

まだ離れてから間が空いていない。だけど会うと嬉しさが込み上げてくる。恋ではない。感謝だけでもない。きっと感情を超えた特別な人なのだろう。そう思って前を見る。


「久しぶりというほどでもないな。少し見ない間にずっと逞しい顔になった。いくつかの試練を乗り越えてきたのだろう。後で話を聞かせてくれ。


私たちは来週に王都を出る。領地が落ち着いたら王都と領地を交互に行き来するが、しばらくは領地にかかりきになる予定だ。


ハルトたちは学園だな。短いが濃密な時間だ。冒険者としての基礎を見つめなおせる。しっかりと学んでくると良い」


「驚いたでしょう。サクヤたちも私たちのパーティハウスに住んでもらっているの。褒章が終わって、下賜される領地が決まって、やっと引き渡しになったのよ。みんながまた会えて良かったわ」


訓練を終える。ディーターたちは訓練に満足してパーティハウスを辞去した。それを見送って応接室に戻るとサクヤたちが立っていた。ルミエールさんが悪戯っ子のように微笑む。


「サクヤにばかり見惚れるのはどうかと思うけど。うちの方が大きくて目立つはずだけど」

「師匠を見落とすなんて失礼。だけどハルトにとってサクヤが特別なのは分かっている。だから許す」


ユイとリンが嬉しそうに僕に話しかけてくる。みんなの期待に応えるためにも学園でしっかり学ぼう。



「貴族の食卓よ。勇者や賢者になると避けては通れないわ。完全な礼儀作法は必要はないけど少しは必要よ。入学までの間ジスレアの指導を受けると良いわ」


「残さず食べれば良いんだよ。しっかりと強くなることだ」


「ガルド、そんなことを言っているのはあなただけよ。ルミエール様がいらっしゃるから許されているのよ」


夕食を食べる。ルミエールさんが食事のとり方について教えてくれる。ガルドさんは気にせず豪快に食べ、ミリアさんに注意されている。


郷に入れば郷に従う。きっと食べ方も相手に敬意を払うことになる。学べるものは貪欲に学びたい。そう思い、僕たちはルミエールさんの言葉に強く頷いた。


「ところでハルト、その兎は幻獣 、いや聖獣よね。聖なる力を感じるわ」


「月兎と言うようです。名前はルナシェル、燼光の勇者と祈涙の聖女とともにサングレイブの街を守った柱です」


食事の間、ルミエールさんが兎について突然声をかけてきた。兎が食堂に入っているのが許されていることが不思議だ。だけどルミエールさんたちは何か感じていたのかもしれない。僕たちはルナシェルのこと、サングレイブで出会ったアンデッドの事件のあらましをみんなに話した。


「きっとまだ力を失っているのね。世界樹の葉で傷を、ハルトの想いで呪いを取り除いたけど、力を取り戻すには時間がかかるかもしれないわ。ハルトから少しずつ力を貰っているのかもしれないわね。可愛がってあげると良いわ」


「逞しくなったと感じたけど、困難に打ち勝ち街を守ったんだ。さすがハルトだ。それにしてもアウウレア様から頂いた指輪がそんなに役に立ったなんて」


ルミエールさんが聖獣の状態について教えてくれる。サクヤが僕を褒めて、そして嬉しそうに自分の指輪に触れる。


「またハルトが指輪を増やしている。私はこの指輪をあげる。師弟の指輪。弟子は師匠の魔法と魔力を使えるようになるの。魔力を勝手に使われるとびっくりするけど、必要な時は遠慮なく使って」


「うちからはこれ。共鳴の指輪。お互いの位置が分かるわ。そして想いの強さで邪悪なものの力を弱めるのよ」


リンとユイが目ざとく燼光の指輪を見つける。そして、それぞれ僕にお揃いの指輪を送ってくれた。



勇者を救い、そして街を救ったハルトが賢者になっていないのに違和感を感じる。黎明の賢者ルミエールは世界樹の枝を通し、アウウレア様と思念を繋げることを試みた。その初めての試みはあっさりと成功した。世界樹の枝に魔力を通しすことで、スムーズにアウウレア様に思念が伝わったのだ。


「どうしたのじゃ。黎明の賢者よ」


「アウウレア様、まさか繋がるとは。感謝します。今回思念を繋げたのはハルトのことです」


「ハルト、最も臆病なもののことじゃな。あやつの性根は真っ直ぐじゃと思うが何か問題があったのか」


「特に問題はないのですが。ハルトは勇者や賢者の条件を満たしているように思います。それがまだ称号がないのを不思議に感じまして」


「称号を隠すのはやはり無理があるか。分かる者には分かってしまうじゃろう。どうしたものか。


ハルトが私の下に辿り着いたときに勇者と賢者の条件を満たしておった。じゃが、属性も得ていない世間知らずの若者が勇者と賢者になったら貴族に良いように利用されるじゃろう。だから隠しておったのじゃ。


そろそろ良いころ合いかとも思っているのじゃが、あやつは大賢者、聖者の条件も満たしおった。さらに英雄に近づいている。今称号を付けても騒動が起きるじゃろう。だから学園を卒業して王都から離れた後に称号を付けるしかないのじゃ」


「私の魔法を打ち破る。剣ではガルドでは敵わない。レオナスでも厳しいと言っていましたが、そういうことであれば納得できます。どのようにして条件を?」


「ハルトは新しい魔法を無意識を生み出し続けている。大賢者になるのは納得いくじゃろう。英雄は勇者になる条件のいくつかを満たすことが必要じゃ。"人のために自分より遥かに力の強い者を倒す、”ネームドを3体以上倒し街を救う、あと一つ満たせば英雄じゃ。聖者は”一つの街の穢れを払い聖獣を救った”ことで条件を満たした。お主なら気づいておるじゃろう。ハルトが月兎ルナシェルの加護を受けていることを」


「王都に縛られている私たちより厳しい試練を受けているのですね」


「そうじゃのう。国が最も能力のあるものを縛り付けて、最も臆病なものが勇気を出さないといけないとは難儀なものじゃ。じゃがハルトは正面から試練に立ち向かっておる。お主らも応援してやってくれ」


「もちろんです」


月夜に2つのため息が浮かぶ。ただしそのため息の中には大きな期待があった。



入学までは慌ただしく過ぎた。サクヤたちの旅立ちを見送る。魔物が多く出る地域を拝領し、そこを落ち着かせる。それを希望したとサクヤが言っていた。サクヤが子爵、ユイとリンが男爵としてサクヤの領地経営を支えるようだ。実際に管理する人材はルミエールさんが選んで、貴族の思惑が入らないようにしている。


レオナスさんやガルドさんと訓練をする。ときどきディーターたちも現れ、学園の噂話をしていく。ルミエールさんと魔法談義をする。ミリアさんやリコも楽しそうに聞いている。


ルナシェルの世話をする。癒しの魔力で包むと気持ち良さそうにする。いつか心まで癒してルナシェルと話したい。今のままでも可愛いが、話せるようになるともっと楽しいだろう。今はトワやリコ、カスミに抱き枕にされている状態だ。


王都も散歩してみた。王宮には入れないが、黎明の聖光のパーティハウスは貴族街にあり、そこに住む僕たちにも許可証が発行された。黎明の賢者の推薦だからスムーズに通ったが、それは僕たちがルミエールさんの信頼を裏切れないということと同義だ。気を引き締めていこう、そう思った。


貴族街は一つ一つの家が大きく、緑も多く豊かな街だ。その外には市民が住む街が広がっている。貴族街に近い方から商店やギルドが並び、そして順に繁華街、住宅街となっている。人口が多いためか城壁の外に居を構えている人も多い。


繁華街、商店は誘惑が多いからさっと見るに留めた。お酒を飲みたい訳ではない。贅沢をしたい訳では無い。でもふとした拍子で変なことをして後悔はしたくない。


冒険者ギルドはフロストヘイブンの街よりも大きいが、その分人間関係が希薄のように感じる。受付が日替わりで入れ替わり、冒険者との距離が遠くなっている。


常設の納品依頼を受けてみた。初めてということも気にされずに対応される。少し寂しさを感じるが、もともと人付き合いが苦手な僕にはこちらの方が向いているかもしれない。相手にして欲しくないけどちょっとは構ってほしい、少し贅沢になった感情に驚いている。


武器や防具も見るが、サクヤやルミエールさんたちから頂いたものより良いものは無かった。相場が分かったのが勉強になった程度だ。だけど相場は重要だ。メモを残しておく。


初めてのことが多く慌ただしく過ごすうちに、入学の日がやってきた。



ジスレアさんに選んでもらい高価な絹服を着る。嬉しいけど服に着られているようで何となく気恥ずかしい。歩いて学園へ向かう。学園は貴族街にほど近い市民街にある。近づくにつれ立派な馬車が並んでいるのが目に入る。格式のある貴族服に身を包んだ生徒たちが降りてくる。自分たちが場違いではないかと不安になる。だけれど僕が不安になるとリコたちも不安になるだろう。息を吸い背筋を伸ばす。


サングレイブの街で出会ったウルリッヒたちを見かける。彼らに向かい目礼をする。だが彼らは一瞥して去っていった。ディーターたちを見かける。僕たちに手を振って、そして学園の中へ入っていった。


きっと無理にみんなと仲良くする必要はない。いやできないだろう。僕たちは平民で相手は貴族や裕福な商人だ。だけどこちらから壁を作ることはやめよう。ディーターたちのように壁を作らない人もきっといるだろう。立派な馬車に臆する心を宥めて僕たちも学園の門を潜った。


「お名前を」

「ハルト、トワ、リコ、カスミです」

「確認しました。式はあちらの講堂になります。自由席ですが前の方に行かれると貴族の方々から目を付けられるかもしれません。ルミエール様のご紹介なので良い席には座って頂きたいのですが」

「ご助言ありがとうございます。問題を起こしたい訳では無いので大人しくしておきます」


受付で名前を名乗り紹介状を渡す。受付の女性に教えていただいた通り講堂を目指す。


「自由席なのに身分が関係するなんて、なんか変な話ね」

「その通りだね。だけど通わせてもらえるだけで有難いと思おうよ。貴族しか通えない学園だったら学ぶチャンスもなかった。僕たちの目的は冒険者としてしっかり学ぶことだ。だから席なんか気にしないようにしよう」

「そうね。これからも同じようなことがあるかもしれないけど、今のハルトの言葉を思い出すようにするわ」


僕たちの目的は自己主張することではない。目的が達せられるのであれば他の事は全て些細なことだ。トワ、リコ、カスミと話しながら僕たちは後ろの席に座った。


辺りを見ると、貴族のような格式の高い服を着ている人が8割、2割がデザインは抑えているが高価な素材でできていると一目で分かる服だ。僕たちも高価な絹服を着ているから悪目立ちすることはない。だけど場違いを感じ何となく落ち着かなかった。


講堂が静まる。学園長が、そして教師たちが入ってくる。


「本日、ここに集った諸君は、剣を握る者、魔法を操る者、知を求める者、癒しを授ける者、それぞれ異なる道を歩む者たちである。しかし、今この瞬間から、君たちは同じ学び舎に身を置き、同じ空の下で成長を誓う仲間となる。


この学園は、ただ力を競う場ではない。ここは、己を鍛え、仲間を知り、世界の理を学ぶ場である。冒険とは、孤独な戦いではなく、知と絆の積み重ねであることを、我々は何度も歴史の中で学んできた。


貴族の家に生まれし者よ。その名は、誇りであると同時に、責務である。 君たちの行動は、家の名を背負い、領民の希望を映す鏡となる。学びにおいても、礼節と品位を忘れることなく、率先して模範を示す者であってほしい。


そして、推薦を受けてこの場に立つ者たちよ。君たちは、誰かの信頼と期待を背負ってここにいる。その推薦は、君たちの可能性に賭けた証であり、軽んじてはならぬ。 努力と誠実さをもって、その信頼に応える者となってほしい。


この学園では、身分は力の証ではない。真の力とは、学び続ける姿勢に宿る。失敗を恐れず、問いを重ね、仲間とともに成長する者こそが、未来を切り拓く冒険者となる。


最後に、私は諸君に一つの言葉を贈ろう。”志は、血筋に宿るものではない。志は、選び取るものだ”


この一年が、諸君にとって己を知り、世界を知る旅の始まりとなることを願っている。 さあ、冒険者学園の門は開かれた。歩み出すのは、君たち自身だ」


学園長の講話は素晴らしいものだった。だけど半分くらいの学生は話半分に聞いており、白けた表情をした者もいる。僕は素直に感動した。トワもカスミもリコも大きく拍手している。


臆病な僕がここに来るまでにたくさんの仲間とたくさんの人たちの支援に恵まれた。学園長の言葉は一般的な祝辞かもしれない。だけど一般的な言葉には一般的になるだけの価値がある。学園長の訓示を胸に抱き少しでもみんなの期待に応えたい、そう思った。

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