第24話 帰郷
翌朝、父親は憑き物が落ちたような温和な表情で僕たちを見送った。涼しい風が僕たちの心を穏やかにする。
「リコ、お義父さんは早いんじゃないかな」
「でもトワ、あのときはそれが良いと思ったの。仲間からより新しい家族からの方が受け取りやすいかなって。それに私はもう決めているし」
「あんたねぇ。まあでも良い判断だったわね。私もお義父さん呼びしたらびっくりしたかしら」
「私までお義父さんと呼んだら、もっとびっくりするかも」
フロストヘイブンまでは歩いて向かう。小さな村だ。馬車がいつも来るとは限らない。道すがら、リコのお義父さん呼びについてみんながかしましく話している。まだそんな関係にもなっていないのに、そう思いながらも耳を側立てる。子供の人数、男の子が良い、女の子が良い、そんな話が聞こえてくる。
「ハルト様、盗み聞きは良くないと思います」
「ごめん。でも気になったんだ。昨日は助かったよ。ありがとう。リコ、そしてトワもカスミも」
リコと目が合う。みんなが気まずそうな表情で顔を赤くしている。みんなにお礼を伝える。リコの頭を撫でると、リコが嬉しそうに微笑んだ。
☆
「ジェニーさん。お久しぶりです」
「ハルトさん、お久しぶりですね。なんか見違えましたね。トワさんも。パーティを組んだんですか?」
「はい。ミスティヴェールで会ってパーティを組むことになりました。こちらがリコとカスミです。4人でパーティを組んでいます。みんな良い仲間です 。やっと依頼が終わって、久しぶりにフロストヘイブンに戻ろうかということになりました」
「難しい依頼だったんでしょうか。雰囲気が変わりましたね。なんか自信があるというか。トワさんは属性を取りにミスティヴェールに向かっていたはずですね。無事取れましたか」
「三属性よ。ハルトも属性を得ているの」
「凄いですね。勇者になれるかもしれませんね」
「そうなの。勇者様にも会って指導してもらえたのよ」
受付のジェニーさんに挨拶をする。ジェニーさんは僕たちのことを褒めてくれる。俯いて過ごしていた街だ。褒められるとこそばゆい。だけどどこか嬉しく感じる自分がいる。
「もしよければ依頼を受けていただけませんか?属性持ちの冒険者が立て続けに亡くなって、魔物の駆除が間に合っていないんです」
「亡くなった?」
「はい。属性持ちなのでこの街では上位の冒険者なんですが、森で魔物に食べられているのが発見されました。それから魔物が街道沿いに溢れて、先日ついに商隊に被害が出ました。このままでは流通が滞ってしまう可能性もあります。街道沿いの魔物の駆除だけでも助かります。できたら森の調査もお願いしたいです」
「みんな、いいかな?まずは街道沿いの魔物を見て、余裕があったら森を調査してみたい。危険だけど故郷の街だから」
「私にとっても故郷よ」
「ハルト様について行きます」
「調査なら任せてください」
ジェニーさんの依頼に僕はトワ、そしてみんなの方を見る。みんなはワクワクした表情で頷いている。僕とトワはジェニーさんに強く頷いた。
☆
「薬草拾いが」「もどきが」
ギルドを出るときに、僕たちを揶揄う言葉が聞こえる。レオを囲んでアレクやユートなどの取り巻きたちがギルドの壁際に集まっていた。
「あなたたち、一度ペナルティを受けているでしょ。今度やったらギルドから除名されるわよ。暇があったら魔物を倒してきて」
「はいはい」「俺たち何も言っていません」「弱っちい魔物を倒してもお金にならないからな。それともあんたが特別に報酬をくれるのか」
ジェニーさんの注意にレオたち不良冒険者が口々に悪態をつく。
「ハルトさんたちは依頼に行って。こいつらを構ってもきりがないから」
助けに戻る僕たちにジェニーさんは早くギルドを出るよう促す。ジェニーさんの側にギルド職員や冒険者が集まるのを見て、僕たちはギルドを出た。
☆
「確かに多いわね」
トワが話をしながらホーンラビットを斬り捨てる。人を積極的に襲わないはずのラビットが街道に顔を出して、僕たちを見て牙を剝く。
「毒蛇もいるところが厄介だわ」
ホーンラビットに混じって蛇型の魔物もちらほら見える。シュルカンと呼ばれる毒を持つ蛇で薬草採取の時に注意が必要な魔物だった。カスミがシュルカンの頭に短剣を突き立てながら呟いた。
「普段はこんなところには生息していなかったと思うけど」
「そうだね。街道沿いに魔物が出ていたら僕は薬草採取なんてできていなかったよ」
「あっちに猪型の魔物も見えるわ。もう少し倒したら森に近づいてみない」
予想していたよりも魔物が溢れている。以前の僕のように薬草採取で生計を立てている冒険者にとっては死活問題だろう。昔の僕のためにも、そう思い僕はトワの提案に頷いた。
☆
森の近くの草原に生えている薬草を見て懐かしくなり、思わず顔が綻ぶ。ふとトワと目が合う。
「懐かしいわね。まだ一年経っていないのに、いろんな経験をしたわ」
「そうだね。僕も驚いているよ」
「まさかハルトとパーティを組むとは思わなかったわ。こんなに頼りになるなんて。ハルトがずっと頑張ってきたからね」
薬草採取をしていた自分を思い出して気恥ずかしくなる。だけど自分の成長も実感できて嬉しさも感じる。
「声が聞こえるわ」
浮ついた気持ちを引き締めないとダメだ、そう思い深く呼吸する。そのときカスミが言葉をかけてきた。その言葉に僕たちは歩みを止めて耳を澄ませる。
「~っ」
確かに声が聞こえる。切羽詰まったような声だ。
「森の中ね。木々で見えないけど50mくらい先よ。悲鳴も混じっているわ」
「行ってみよう。森の入り口でも強い魔物がいるかもしれない。気を引き締めて」
両手を耳に当てたままカスミが方向と距離を探る。僕たちは警戒しながらも急ぎ足で悲鳴が聞こえた方向に歩みを進めた。
☆
獣の唸り声が次第に大きくなる。先導していたカスミが足を止めて口に指を当てる。木々の隙間を覗くと20頭くらいの猿が6人の冒険者を取り囲んで威嚇していた。
3人の冒険者が輪になって、輪の中の傷ついた冒険者たちを庇っている。その表情は曇っており、剣を持つ手も震えている。
猿たちは背中に赤い線の入った毛並みをしている。鋭い牙をむき出しにし、冒険者たちを嘲笑うかのように木々の間を飛び回っている。そして隙を見ては冒険者たちの背に牙や爪を立てていた。
「ブラッドエイプね。エイプが成長したものと言われているわ。街近くの森にはいないはずの魔物よ。レイザーバックと同じくらいの強さかしら。木々を機敏に飛び回るから森の中では厄介な相手よ。ハルトやトワなら大丈夫と思うけど気をつけて」
カスミの言葉に頷き、僕は猿たちに向かって魔弾を放つ。そしてトワとともに飛び出した。魔弾は8頭の猿を木から落とした。だが4頭は起き上がりこちらを向いて唸り声をあげる。2つ外したのは木々に阻まれたためだ。そして、猿たちが木々を使って方向転換を繰り返すため、狙った通りに当たらない。
突進するレイザーバックと異なり、さまざまな角度から飛んでくる猿たちの相手は厄介だ。だけど僕たちも成長している。トワが猿たちに挟撃されるが危なげなく斬って落とす。僕も三方向から飛んでくる猿たちを斬って落とす。後ろに抜けた猿はカスミが対応する。
残り2頭となったところで猿たちは背中を向けて逃げ始めた。集団で人を襲っていた魔物だ。仲間を呼んでこられると厄介だ。逃げようとする猿たちを魔弾で狙い撃ちした。
「数が多くて素早いから思ったより厄介だったわね。一人では厳しかったわ」
「トワなら何とかなりそうだけど」
「この数はハルトの魔弾がないと厳しいわよ。無事倒せて良かったわ」
「カスミもありがとう。みんな怪我はないかな?」
話しながら冒険者たちの方へ向かう。冒険者たちは安心したのかしゃがみ込んでいた。そして僕たちを見ると居住まいを正して立ち上がろうとした。
「そのままで良いよ」
「ありがとうございます。もう駄目かと思っていました」
立ち上がろうとする冒険者たちを手で制して、僕たちは冒険者たちに近づいた。僕と同じ年かそれより若い。
「大地、水、そして光。このものたちの傷を癒せ」
リコの詠唱とともに傷ついた冒険者たちの周りが温かい光で包まれる。冒険者たちは驚きそして、自分たちの傷を確認した。
「まだ辛いかもしれないけど、森の外に出よう。猿たちがまたやってくるかもしれない。歩けない者がいたら言ってくれ」
☆
「助かりました」
「こちらこそ間に合って良かった」
「ヤニク、アリアナ、それにヴェローザじゃない」
「あっ。トワか」「トワっ」「トワ、ありがとう」
街道まで戻り冒険者たちから話を聞く。どうやら半分はトワの顔見知りのようだ。
「ハルト、この3人は私が冒険者になったころパーティを組んでいたの。私が属性を欲しがって勝手に抜けちゃったけど。それでも私を心配してくれている良い仲間よ。
ヤニク、アリアナ、ヴェローザ、こちらはハルト、私たちのパーティのリーダなの。一つ年上でこの街で薬草採取をしていた時期もあるから、顔を知っているかしら。こちらはカスミとトワ。今は4人でパーティを組んでいるの」
リコが彼らに僕たちを紹介する。
「あの薬草拾いの…。あっ、いえ、スミマセン」
「良いよ。本当のことだから。それに薬草を一生懸命拾っていたからきっと成長できたんだからね」
「属性を取ったんですね。剣も魔法も、レオさんよりも凄い」
ヤニクと呼ばれた少年が僕を見て薬草拾いと言い、慌てて訂正する。
「ところで何故森の中に。街道沿いでも蛇や猪型の危険な魔物もいたようだけど」
「原因を突き止めたくて。俺たちでは実力不足だと思ったから、他のパーティにも声をかけて、6人なら何とかなるかと思って森に入ったんです。森の入り口は魔物はほとんどいなくて、そして少し入ると見慣れない猿が数匹だけ。まずは戦ってみようと思っていたら囲まれていたんです」
「ヤニク、それは無茶よ。属性持ちでも敵わなかった魔物がいるかもしれないのに。アリアナもヴェローザもヤニクを止めないとダメでしょ」
「ジェニーさんが困っていたんだ。実力のある冒険者が森を調べる。原因が分かれば他の街のギルドに相談できるって、ジェニーさんが言っていたんだけど。レオさんが全く動かないし、それどころかベテラン冒険者を脅して調査を止めさせていたんだ。街の物価も上がり、治安も悪くなっている。若い俺たちが異変を見つけないと、そう思ったんです」
「レオねぇ。私も声をかけられたことがあるわ。女性と見たら見境が無いのよね、あいつ。属性持ちだからなおのこと厄介なのよ。断るとすぐに脅してくる。私が属性を早く取りたかった理由の一つね」
「だからトワも、ハルトさんたちも十分注意して下さい」
「ありがとう。分かったよ。僕たちが森を調べてみるから、みんなは無理をしないで。トワ、カスミ、リコ、それで良いかな。思っていたより危険だけど、若い冒険者が困っているんだ」
レオの行為には釈然としない。だけど若い冒険者が頑張ろうとしている。そして僕が先輩冒険者であることに気がついた。
僕が勇気を出して解決したい。レオは怖い、アレクやユートたちもだ。だけど、僕は成長している。若い冒険者たちを導くためにも自分の気持ちも成長させよう、強く思った。
☆
「ブラッドエイプが20匹。このあたりにいない魔物よ。どこからか移動してきたのかしら。まずは調査と冒険者の救助、ありがとう」
「ハルトたち、やるじゃねえか。一対一ならともかく森の中でそいつらに囲まれたらベテラン冒険者でも厳しいぜ。薬草採取しかしねえやつだと思っていたが、成長するもんだ」
ヤニクたちを街に送り届けギルドへ状況を報告する。ジェニーさんはヤニク達が助かったことに安堵し、また赤い線を持つエイプを見て難しい顔をした。ギルドで暇つぶしをしていたベテラン冒険者たちも難しい顔をしているが、昔の僕を知っているようで少し驚いていた。
「明日はもう少し深いところまで調べてみようと思います」
「お願いするわ。一年前のハルトさんを知っていると心配になる。だけどこのまま放置もできないわ。だから無理だけはしないでね」
移動してきた魔物か。放っておくと街にも被害が出そうだ。トワも僕を見て頷いている。優秀な探索者のカスミもいる。僕自身もカイルさんから習った支援術を鍛えている。心配しているジェニーさんに頷き、僕たちは森の調査を継続することにした。
「ハルト、頑張れよ。俺は属性を取りに行く勇気も無かった。だがお前は属性を取って変わった。成長した。期待しているぞ」
ベテラン冒険者たちが声をかけてくれる。ジェニーさんも誇らしげな表情をしている。レオたちが睨んでいることは気にならない。僕を認めてくれる人がいればそれで十分だ。僕を認めない人のことを気にしても時間の無駄だ。
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