第17話 考えること

馬車が急に止まる。衝撃で目が覚めた。乗合馬車でルミナリアへ向かう。肌を冷たい風が刺す。ぼーっとしていた頭がすっきりしてくる。トワは僕にもたれかかって寝ている。起こさないように頭を巡らせる。どうやったら賢者を見つけられるだろうか。



出発当日の朝に冒険者ギルドに呼び出された。ジルナークさんに個室に案内され、ギルド長と話す。


「勇者サクヤと聖女ユイが別々に動いている。それだけなら不思議はないが、レオンの奇跡の力を考えると反転の呪いが発動したと考えられる。聖女ユイ、それで合っているかな。


そうなると残すは賢者だ。ルミナリアの街がごたついている。領主に従わない組織ができたそうだ。急成長した組織で、強力な魔法の使い手がいると噂されている。


賢者の入れ替わりで間違いないだろう。そうなると、領主は賢者を殺そうとするだろう。そうすることで反乱組織の持つ賢者の力を失わせる。反乱組織は賢者を拘束しようとするだろう。賢者の力を持ち続けるためにも賢者に生きていてもらう必要があるからな。


そして、冒険者ギルドは賢者を保護することに決めた。冒険者ギルドに所属してくれる聖女はほとんどいない。聖女ユイ、私たちが賢者を保護したら、ギルドは君に一つ貸しを持つことを覚えていて欲しい。君たちが保護したとしても、ギルドが動いたということを覚えていてもらえると嬉しいがね」


「うちへの気遣いありがとう。野良の聖女としてギルドが困ったときには力を貸すよ」


ギルド長の言葉にユイが頷く。聖者はほとんどが教会に所属する。そのため冒険者になるものは少ない。勇者や賢者は国や領主に仕えることが多いようだが、冒険者を選ぶものもある程度はいる。


「ハルトとトワ。詳細は分からないが君たちも反転の呪いに関わっているのだろう。二人とも高い能力を持つ冒険者だ。そして君たちが来てから事態が動いた。


良い結果が出たから何も言うまい。若者への期待もある。だが、君たちは冒険者ギルドに所属していて組織に守られていることは覚えていて欲しい。賢者を助けに行くのだろうが、犯罪になるようなことはしないで欲しい」


「「分かりました」」


「少しの間だけど、こいつらを見ていましたが、こいつらなら大丈夫です」


ギルド長の言葉にトワと僕は大きく頷く。ジルナークさんが僕たちを後押ししてくれる。確かに冒険者ギルドに所属できていなかったら、僕は野垂死んでいただろう。拾ってくれて、そして可能性を与えてくれた冒険者ギルドへの感謝を忘れないでいよう。


「分かってくれたところで、ギルドが得た新しい情報を伝えよう。


反乱組織は自分たちを叡智の塔と呼んでいる。その叡智の塔がルミナリアを占領した。領主は隣街のアストラルナに逃げ込みそこで態勢を整えている。


ルミナリアはかなり混乱している。冒険者ギルドはまだ巻き込まれていないが、貴族だけではなく一般市民にも大きな被害が出ている。叡智の塔と名乗っても、もとは愚かなものだ。それを操っている奴も統治能力などないだろう。


ルミナリアの市民たちだが、レジスタンスを作っているらしい。こちらは賢者を追うことはせず、市民の身を守るための組織だ。だから何かあったら冒険者ギルドかレジスタンスを頼ると良い。


ルミナリアもアストラルナも比較的入るの容易だ。だが出るときにかなり強い制限をかけている。安全なのはアストラルナだが、賢者の入れ替わりはルミナリアで行われただろう。無理はしないようにな」


「分かりました。ありがとうございました」


「ルミナリアは古い時代に王都があった街だ。アストラルナはそれを支える工業都市だ。人の数もここサンライトリッジよりも多い。頑張るんだぞ」


「ありがとうございます」


ギルド長が話を締めくくり、僕たちはお礼を言って、ギルドを出た。



ルミナリアまでは馬車で3日程度の行程だ。アストラルナまではさらに一日要する。ルミナリアで降りるべきか、それともアストラルナまで行くべきか、トワと話をしながら頭を整理する。


賢者が熊になるってどういう意味だろう。食べてばかりか。僕が賢者の立場だったら何を考えただろうか。サクヤについて行く。魔王を倒す。反転の呪いを受ける。ここまでは決まっている。


賢者はもっとも愚かなものになる。臆病なものや邪悪なものと違って、愚かなものには救いがない。邪悪なものは邪悪に生きられるだけの能力がある。臆病なものは半々くらいだろうか。引きこもっているか、精一杯生きているかのどちらかだ。


愚かなものはどうだろう。自らを高めようともしない。そのようなものと入れ替わると覚悟していたら、賢者は何をするだろうか。


ふと思った。何もしない。助けが来るまで待つ。何をしても失敗する可能性が高い。だから賢者リンは熊になると言っていたのだろう。たくさん食べてそして眠る。


人は冬眠はできない。水を飲まないと数日、水を摂ることができて2ヶ月くらいしか生きられない。ただ隠れているだけだとしたらタイムリミットは近い。賢者の力は失われていない。まだ生きていると信じたい。


隠れるとしたらどこだろう。きれいな水のある場所だ。そして体温の低下を抑えられる場所だ。湧き水があり、風を除け体温を保持するものがある場所だ。湧き水があり落ち葉がある森の中の可能性が高い。


ルミナリアの街のどの森だろう。どの程度の深さだろう。2カ月以上経つ。生きていたとしてももう動けないはずだ。落ち葉に埋もれて動かない人を広大な森の中で見つけるのは難しい。当たりを付けること、そして探す手段を得ること、この2つが必要だ。


僕が入れ替わったとしたら、街を出るのにどの程度の余裕を感じるだろうか。愚かなものはふとした拍子で魔法を放つだろう。面白がって何度も何度も放つかもしれない。


入れ替わりが疑われるのはどれくらいだろうか。聖女と入れ替わったレオンは、スティルを通してユイが示唆するまでは気づかなかった。情報に触れることの多いレオンでさえすぐに気づかないのだから、数日の余裕はあると考えるだろう。


そうなると、一番近い森ではなく隠れるのに適した森を選ぶはずだ。これは現地に行ってみないと分からない。


どれくらい森の奥まで行くだろうか。助けに来るのはサクヤかユイだ。ユイも十分に戦える。冒険者に見つかるリスクを考えると奥の方まで行くだろう。だけど入れ替わった後では、強い魔物と戦う術がない。水場を探す必要があると思うと、表層よりもう少し奥くらいが限界だろう。


あとは、どうやって探すかだ。音、匂い、空気の流れ、カイルさんが観察の大切さを教えてくれた。土はノームに、水場はウンディーネに、風の精霊シルフと闇の精霊シャドウの力も借りようか。



「凄いわね。私はただ探すしかないと思っていたわ。領主様や叡智の塔の人数には敵わないけど、気合で頑張るしかないって思っていたの。ハルトの推理に賭けるわ」


「ありがとう。きっと残された時間は少ないから、早く救出する必要がある。気づいたことがあったら教えてね」


トワと考えを共有する。人数では領主にも叡智の塔にも勝てない。考えに考えて正解を手繰り寄せなければならない。例えそれが間違っていたとしても、ウンディーネに教えてもらったようにしっかりと考えて行動することに意味があるだろう。


馬車の停車中、魔法を試してみる。土と水、そして風と闇の精霊たちに祈る。火と光は隠れるには強すぎるから別の機会に頼ろう。


「土と水、そして風と闇の精霊たちよ森に隠れる人を見つけてくれ。水の流れる側で土に潜り、僅かな息をして闇に潜む。その人を見つけてくれ」


馬車の奥の林を見つめてそして範囲を決めて小さく呟いた。途端に魔力が抜けていく。木々の騒めきだけではなく、魔物のそして鳥たちの息遣いが感じられる。もちろん人は見つからなかった。


「ありがとう」


精霊たちにお礼を伝える。たくさんの魔力を必要とするが、これで賢者を見つけられる可能性が高まった。気怠さとともに達成感を感じていた。



『これで新しい魔法を10個か。若いからか、臆病だったときに想像力を育てたのか、発想が柔軟じゃな。それに今回の魔法は4属性の組み合わせ、大賢者の条件を満たしてしまった。称号やステータスは見えないようにするにしても、大きく増加する能力は隠しきれるものではないじゃろう』


馬車の中でうとうとしながら夢を見る。アウウレア様の夢だ。何だっただろうか。聖女を助けたことを褒めてくれているのか、それとも賢者を早く助けよと言っているのか。気づくと身体から気怠さが抜けていた。こんなに早くに魔力が回復する訳はない。きっとアウウレア様のおかげだ。心の中で感謝を伝える。



ちょうど昼くらいにルミナリアの街に着いた。まず降りよう。でも街には入らない。馭者と馬にお礼を言い、馬車を降りる。門番がこちらを見ている。


「路銀が心もとないので、街に入る前に狩りをしてきます」


「そうか。それなら食べられる魔物を頼む。事情があって肉が不足しているんだ。ギルドでも普段より高値で買ってもらえるぞ」


事前に考えていた言い訳に、門番が苦笑いしながら応えてくれる。情けなくちょっと笑えるくらいの理由で正解だった。


「それで中層の魔物が出る森は近くにありませんか?属性を得たので表層では物足りなく表層と中層の境くらいで狩りをしようと思っています」


「それなら北側の山が良い。他は小さな林があり、獣か小さな魔物が出る程度だ」


「ありがとうございます」


「山は迷いやすいから、慣れるまで道から外れるなよ」


門番は中層のある森を親切に教えてくれる。ごたごたがあったからもっと緊迫しているかと心配したが、門番にとっては領主も叡智の塔も関係無いのかもしれない。



道を歩く。ホーンラビットを斬り捨てて収納箱へ仕舞う。フォレストウルフを斬り捨てて収納箱へ仕舞う。ホーンラビットであれば、賢者は逃げ切れるかもしれない。フォレストウルフはどうだろうか。だがフォレストウルフは初心者でも対応できる魔物だ。


賢者を甘く見ない。熊になる、きっと事前にいろいろ考えている。フォレストウルフを回避するくらいはできるはずだ。アッシュベアを斬り捨てる。この辺が限界だろうか。水場を探す。音を聞く。空気を感じる。当たりを付けた方へ向かう。


道から外れると木々が生い茂り陽の光を半分隠す。足元も不安定になる。この道は想定通りだ。街にいない。森でじっとしている。だからこそ賢者は今でも見つかっていない。


「土と水、そして風と闇の精霊たちよ森に隠れる人を見つけてくれ。水の流れる側で土に潜り、僅かな息をして闇に潜む。その人を見つけてくれ」


先日試した魔法を詠唱する。丁寧に頼んだ方が精霊たちは応えてくれる、そう思ったからだ。魔力が減る。先日のような気怠さは感じないが森は広い。すぐには見つからない。


単調作業は得意だ。忍耐力には自信がある。魔法をゆっくりと拡げていく。魔物の呼吸が聞こえ始める。もっと広げると鳥の呼吸が聞こえる。気怠さを感じ始めたころ、虫の呼吸まで聞こえた。


そして、虫の呼吸よりも小さな呼吸を見つけた。これが賢者だとしたらかなり弱っている。トワに声をかけて呼吸が見つかった方へと急ぐ。



これは気づかれない。最初にそう思った。呼吸用の小さな筒が数本、落ち葉の隙間から覗いている。それ以外は人がいる気配も全くない。


急いで落ち葉をどける。一掻き、まだ落ち葉だ。二掻き、三掻きで人の服らしきものが見えた。トワと二人で急いで、だけど慎重に人らしきものの輪郭を描いていく。


落ち葉の下には水が流れている。その隣に痩せこけたという表現では足りない人がいる。目は落ちくぼんで骸骨みたいだ。服は着ているがあばらの形がはっきりと見える。魔王を倒した賢者なのに、隠れてこんなに痩せなければならない。僕はやるせない気持ちになった。


世界樹の葉の丸薬を取り出し口に含ませる。飲み込めてはいないが土気色の顔に少し血が通ったように見える。抱きかかえて、落ち葉の中から取り出す。


水を火魔法で温める。口に含ませる。丸薬が胃の中へと落ちていった。賢者の目が開く。不安げな表情になる。


「僕はもっとも臆病なものだ。あなたを助けに来た」


長い文章は聞けないだろう。臆病なもの、これで伝わってくれ。そう思い言葉を発する。賢者はホッとしたような表情をして目を閉じた。あばら骨が上下している。だから生きているはずだ。僕はホッとした。

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