第7話 虹色の印
月が出ている。満月だ。最近気にしたことがなかった。仲間ができたからだろうか、夜でも明るく感じる。
「宿まで送るよ」
「同じ宿にしましょう。その方が時間も節約できるし安心して眠れるわ。宿で襲われかけたことがあって。ずっと気を張っているのよ。ハルトはどこの宿なの?」
「オランドさんが勧めてくれた宿だよ。部屋は広くないけど、料理は美味しいんだ」
「そこへ行ってみましょう」
サクヤと過ごした時間は決して長い訳ではない。それでも一人より二人の方が楽しかった。トワと一緒に過ごす時間も楽しいといいな、そう思いながら僕はトワの提案に頷いた。
☆
「冒険者なら同じ部屋で当たり前でしょ。ハルトは無茶をしないって信じてるし」
「だけど、若い男女だよ」
「気にしないわ。着替えの時だけ後ろを向いていてね。以前、変な男たちが部屋の前をうろついていたことがあって怖かったの。ハルトと一緒の方が安全でしょ」
僕はトワと同じ部屋に通され困惑している。トワが決して嫌がっていないのが救いだ。だが忍耐力が試される。サクヤに出会う前であれば臆病な僕は自然と耐えられた。だけど今は意識してしまう僕がいる。
「食事の用意ができましたよ~」
「「今行きます」」
女将の言葉に言い合いを中断し、僕たちは食事に向かった。その夜はドキドキしてなかなか寝付けなかった。トワはもう寝ているのだろう。小さな息遣いが聞こえる。僕を信頼してくれている少女だ。そう思い悶々とする感情を抑え込んだ。
☆
森の中に光が射している。二人だからだろうか、いつもより気分が軽い。そしていつもの通りシャドウファングの群れと相対している。でも僕は一人ではない。魔弾で一頭を倒す。トワが前面に立ってくれている間にもう一頭を倒す。そして、接近戦だ。
「ハルトはすごいね。剣も私より上かもしれない」
「毎朝鍛えているからね」
「だから、朝起きたときいなかったんだ。私も起こして。一緒にやるから。絶対勇者になるわ」
トワの決意とともに可愛いお腹の音が鳴った。トワを見ると少し顔を赤くしている。空を見ると太陽が中天に達している。そろそろお昼にしようかという時に、虹色の宝石を額に持つ小さな生き物がゆっくりと姿を現した
「カーバンクルよ」
トワが驚きを口にする。そしてその生き物は僕たちの驚きをよそに、僕たちに近づき匂いを嗅いでいる。そして僕の指先やトワの口元を嗅いでは首をかしげている
何かを探しているのだろうか。僕の指は匂うのだろうか。自分で嗅いでみても匂いはしない。カーバンクルの探し物、僕の指やトワの口が触れたもの。もしかすると世界樹の葉だろうか。
カーバンクルから幸運の印を貰うんだ。対価無しでというのは虫が良過ぎる。だけど、世界樹の葉は凄く貴重なものだ。
"必要なことには遠慮せずに使うのじゃ"、迷っている僕に話しかけるようにアウウレア様の言葉が頭に浮かんだ。
世界樹の葉を取り出す。カーバンクルが嬉しそうに僕の手に飛び乗ってきた。そして葉をむしゃむしゃと無邪気に食べる。食べ終わる頃、その額の宝石が激しく輝いた。輝きが収まったときにはカーバンクルは木の上に戻っており、その代わりに僕の手には手のひらよりも大きな虹色の宝石があった。
「そっ、それ」
トワが驚きを口にする。まるで驚けない僕の代わりに驚いてくれているようだ。その声を聴いて、カーバンクルはトワの方を振り返った。そして、トワの手にコインより二回りほど大きな宝石を置いた。トワの宝石は、濃い青・赤・そして金色をしている。
トワはその場でぺたりと座り込む。僕はカーバンクルに頭を下げる。それを見てカーバンクルは満足そうに去っていった。
☆
「二人とも貰えるなんてラッキーね。パーティでも一人しか貰えないことが多く、諍いになることもあるそうよ。しかもこんなに大きいの。私のは三色あるわ。水・火・光の属性ね。夢みたい。勇者に一歩近づいたわ」
トワが嬉しそうに宝石を抱きかかえる。
「私のも大きいと思ったけど、ハルトのはもっと大きいわね。しかも虹色って何属性かしら。いろいろな色に見えるし、大きさから凄いことには間違いはなさそうだけど」
自分の宝石を眺めるのに満足したのか、トワが僕に話しかけてくる。僕も何となくワクワクした気分になり、トワに返事を返す。
「そうだと良いね。これを泉に持っていけば良いのかな」
「そうね。盗まれないように慎重に、平静を装って街に戻りましょう。そうだわ、ハルトの収納箱に入れておくと気づかれないわね」
「僕を信頼してくれればね」
「信頼しているわよ。昨日だって覗きもしなかったし、襲いもしなかったじゃない」
トワの言葉に僕たちはレイザーバックを背負って街へ戻った。一週間ほどで幸運の印が手に入るとは思わなかった。早く属性を得て、サクヤの仲間たちを探す旅に出たい、そう思った。
☆
「泉のある迷宮って見学できますか?街に来て一週間経って落ち着いてきたので一度見学してみようかと」
「迷宮は解放されているから誰でも行けるぞ。魔物はカーバンクルの森と同じくらいの強さだ。属性を得ていない冒険者だけだと危険かもしれないが、ハルトたちはグリズルマウルを狩ったんだったな。それなら大丈夫だろう。危なくなったらすぐ逃げるんだぞ。迷宮の地図や魔物の情報は図書室で調べられる。見ていくと良いだろう。
それと、・・・あまり大声で言えないが、迷宮に入る冒険者を狙う盗賊たちがいる。幸運の印を持っていればラッキー、持っていなくてもお金が手に入ると思っているらしい。ハルトたちはまだ若いから舐められるだろう。気を付けた方が良い」
ギルドでレイザーバックを換金してもらうついでにオランドさんに泉のある迷宮について聞いてみた。オランドさんは丁寧に、そして親切に僕に迷宮のことを教えてくれた。”グリズルマウルを狩った”のところで声が大きくなったが、もしかすると僕が他の冒険者たちに舐められないようにしてくれたのかもしれない。
☆
「泉は地下5層ね。階段も取り付けられているし、真っ直ぐ行ったら一日で往復できそうね」
「何があるか分からないから、水と食料は多めに持っていこう。迷宮自体は広いから、まずは3層くらいで肩慣らしをしようか。4層から魔物の強さがカーバンクルの森と同じくらいになるようだ」
「泉より深いところもあるのね。6層には何があるのかしら?」
「空間があるだけって書いてある。せっかくだし覗いていこう」
オランドさんが図書室をすぐに開けてくれた。利用する人も多くないようで、お礼を伝えたら照れたように頭を掻いていた。図書には地図や魔物の情報もしっかりと記載されている。
☆
お礼を伝え、ギルドを出る。オランドさんはポーションや携帯食料を売っている店を教えてくれた。アウウレアの水筒や世界樹の葉があるとはいえ、油断はできない。ポーションをしっかりと買い込む。
「属性を与えてくれるだけではなく、将来を誓い合った冒険者たちが訪れることもあるのよ。二人で一緒にコインや宝石を泉に投げ入れると、ずっと一緒にいられるって言い伝えがあるわ。属性はまだかもしれないけど、大事な仲間ならそういうのも良いんじゃない」
宿に戻り、食事を取る。迷宮の話をすると、女将さんは嬉しそうに泉の話をしてくれる。トワは少し慌てた後、何かを考えこむように食事を口に運んだ。
☆
迷宮の入り口は教会の隣にあった。煉瓦造りの小さな祭礼所のような建物で、出入り口には頑丈そうな鉄の格子が取り付けられている。名所なのか入り口の辺りは賑わっているが、入っていく人は多くはない。
「ここへは何しに?」
「見学に。一週間前に来たばかりなんだけど、泉を見ておこうと思って」
「ようこそ泉の迷宮へ。1,000バルになります。魔物も出るので気を付けてください」
教会で1,000バル支払い入り口に向かう。以前なら怖くて使えなかった金額だ。一瞬迷うが、お金より時間だ。それに迷宮の運営費としては安いくらいの金額だろう。
外の明るさとのギャップだろうか、中に入ると暗さを感じる。準備してきた灯を付ける。魔法や魔道具で明るくすることもできるようだが、属性がなく駆け出しの冒険者である僕たちでは使えない。魔物を売れば魔道具は買えたかもしれないが、お金を持っているように見られるのはトラブルの原因になる。
少しすると目が慣れてくる。洞窟ではなく迷宮と呼ばれるだけあって、数人並んで歩けるほどの広さがある。少し歩くと開けたところに出た。
「ここから先は魔物が出るから気を付けるんだぞ」
魔物が溢れないように見張る衛士だろう。厳然とした彼らの姿勢に僕たちの緊張感も高まった。
☆
「階段があるんだね。地図通りだけど不思議だね」
「ないところもあるって聞いたわ。この迷宮は人も多く訪れるから後で付けたのかもしれないわね」
1層で出てくるワームはホーンラビットと同じくらいの強さで脅威にはならない。ストーンワーム、ローリングワームなど虫型の魔物を退治しながら道を進む。2層、3層に降りるところには階段があった。人がすれ違えるくらいの幅があり、上り下りしやすいようになっている。
この分だと3層も大丈夫だろう、そう思って歩いていると少し嫌な感じがした。地面が揺れる。気にせず歩くトワの手を持ち、後ろに引っ張る。小さな地響きとともにダークモールと呼ばれるモグラ型の魔物が出てきた。そのまま歩いていると足を取られたかもしれない。
「ありがとう」
トワが照れたように小声でお礼を言う。引っ張ったときに距離が近くなったため、お互いに照れてしまう。だが、ダークモールがいる。どんな戦い方をするか分からない。気を引き締め直したその時、小さな地響きとともに僕たちの左右に、そして後ろに穴が開いた。
「トワは前をお願い。僕は後ろと左の相手をする」
「分かったわ」
僕は右側のダークモールに魔弾を撃ち込み、残りの2頭がトワを襲わないように目をやった。モグラたちは冒険者たちが慌てているところを速攻するつもりだったのか、すでに突っ込んできている。でも2頭ならどうにかなる。後ろのダークモールを切りつけ、そして左のダークモールの突進を躱し、その背中に剣を振り下ろした。トワも一頭のダークモールを倒したところのようだ。
「気づいてくれてありがとう。慌てると危なかったかもしれないわね」
「3層の魔物は注意が必要だね。腕に擦り傷ができた?」
「かすり傷よ。大したことないわ」
「せっかくだからこの水を飲んでみて」
「ありがとう。あら美味しいわね。宿屋の水じゃないわよね」
「特別な水筒を貰ったんだ。擦り傷を見てよ」
「傷が消えてる。水は減らないの?」
「減らないんだ。訓練の時にも使えて便利なんだよ」
「すごいわ。それ魔道具よ、それも高位の」
「秘密にしないとダメかな」
「もちろんよ。私も誰にも話さないわ」
年頃の少女だ。腕の傷をそのままにして欲しくなくて、トワにアウウレアの水を飲ませる。大精霊から貰った水筒だけあって高位の魔道具のようだ。確かにこれが普及したら薬草採取で生計を立てていた僕の生活は成り立たなかっただろう。
予定通り2時間ほど3層で肩慣らしをする。シャドウバロウズと呼ばれる爪の鋭いモグラたち、フンコロボムと呼ばれる転がした土を爆発させる虫型の魔物たちを倒す。肩を並べて戦ううちに親しさが増したのか、トワとの連携も良くなってきたように感じる。携帯食を口にして、僕たちは4層への階段を降りて行った。
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