臆病な勇者

@ItsukaHaruto

第1話 小さな勇気

”もっとも勇あるものはもっとも臆病なものへ”


冷たい風を感じる。日が急に陰り、どこからともなく声が聞こえた。聞こえたというより、頭の中に響いてきた。低く悍ましい響きだ。寒さのせいだろうか、身体が震える。


「よっ。薬草名人」「無視するなよ」

「…」


今日はもう帰ろう、そう思い街の方へ足を向ける。いつもと違う声を聴いたが、いつも通りユートとアレクがいた。恐怖で身が竦む。二人はニヤニヤと笑いながら僕が採取した薬草を取り上げた。もっとも臆病なもの、もしかすると僕のことかもしれない。


「半分くらいにしておけよ。薬草も拾えなくなったら元も子もない」

「仕方がないなぁ。これくらいにしてやるよ」


ユートの言葉にアレクが頭を掻き、僕の足を蹴りつける。いつものように僕は蹲まる。だが、いつもと違い全然痛くない。違和感を感じながらも絡まれるのが怖くて僕は蹲っていた。


「あれ、あっちに見慣れない顔がいるぜ」

「上玉じゃないか」


ユートとアレクが目を移した方を見ると、20歳くらいだろうか、そこには黒髪の凛々しい女性がいた。


「よお彼女。どこから来たの」

「一緒にご飯でもどうかな」

「…」

「親切で言っているんだぜ。人の親切は受けるものだろう。ほらっ」


アレクが少女の肩に手を回す。女性が何かを言いアレクの手を外そうとする。アレクが女性のお腹を殴り、女性が驚いたような表情をして蹲った。


「やめろっ」

「何をやめるんだ。そんなか弱い腕で」

「俺たちが守ってやるって言ってるんだよ」


苦痛に顔を歪めながらも女性は立ち上がり、ユートとアレクの手を払おうとする。だが、それは二人の嗜虐心を増しただけだった。足を蹴る。腕を捻り上げる。きれいな黒髪を引っ張る。


「そろそろ俺たちに守ってほしいと思ってきたかなぁ」


「無理矢理は俺たちの流儀に反するんだが、あまりに頑固なら無理矢理でも仕方がない。後で良かったと思えるぜ」


「やめろっ」


ユートとアレクに殴られながらも、女性は抵抗することをやめない。だが、ユートの強い蹴りが鳩尾に入り、女性は崩れ落ちた。


「面倒だ。ここでやるか」


「躾してから宿屋に持って帰ろう」


「良いものを身に着けている。良いところのお嬢様かもしれない。やることやったら面倒がないように奴隷商に売っぱらおうぜ」


女性は必死で抵抗するが、二人の方が力強い。女性の鎧が剝がされる。そのときふと女性と目があった。怯えた目ではなく、必死でもがく諦めない目だ。僕はその目が羨ましくなった。


「やめろ」


僕は立ち上がり声を上げた。小さな声だったのかもしれない。だが、僕にとっては精一杯の勇気だ。


「なんだハルト、お前まだいたのかよ」

「これからお楽しみなんだ。すぐに消えたら見逃してやるぜ」


二人の恫喝に僕の心が怯え出す。一歩下がりそうになる。だが、諦めていない女性の目が僕を後押しする。震えながらも一歩踏み出し、二人の方へと近づいた。


「恰好つけるなよ。ほらっ」

「・・・」


アレクが殴ってくる。いつもの癖で目を閉じる。右頬に殴られた感触がある。だが、不思議に痛みを感じなかった。



僕はフロストヘイブンと呼ばれる街の近くにある小さな村で育った。父親がちょっとしたことで殴ってくる。それが怖く、人の顔色を窺うように育った。怯えた態度が周りに伝わるのか、村の子供たちは僕を揶揄うことを遊びの一つとした。僕はますます怯えるようになり、父親はそれが面白くないのかますます殴る蹴るを繰り返した。そして僕は怯えたまま成長した。


12歳になると成人だ。村で仕事を得るか、街に出て手に職を付けなければならない。父親の交友関係は狭く僕が村に残る道はない。そして街にも怯えて成長した僕を受け入れてくれる職場はなかった。盗賊のような裏家業の者たちにとっても僕の価値がなかったことが唯一の救いだ。


誰にでもなれる職業として冒険者がある。街の困りごとをこなす所謂なんでも屋だ。魔物退治の依頼もあるが、それらをこなせる人は騎士や衛士のような定職に就く。衛士になれない落ちこぼれや僕のような能力が低いものが最後の藁としてすがるのが冒険者だ。盗賊やならず者にならないで魔物退治や薬草採取で命を落とす、もしかするとそういうことが期待されている職業かもしれない。


もちろん自由が好きで冒険者になっている者もいる。実力が高く稼げるから冒険者となっている者もいる。故郷の村を守りたい、魔物の脅威から人々を守りたいなど、尊敬すべき理由で冒険者なっているものもいる。だがそれはほんの一握りだ。


冒険者として成功を収めるためには能力が必要だ。その能力は大きく括ると4つに分類される。剣、魔法、支援、そして生産だ。それらの能力が尖っている上でコミュニケーションが上手だと猶のこと成功を収めやすい。


村での遊びを通してそれら技術を身に着けたり、お手伝いや教育を通して親が子供に身に着けさせるのが一般的だ。だけど僕はそのどれも伸ばしてこなかった。伸ばす勇気がなく縮こまっていた。独り遊びで習得した魔法の操作だけが僕の唯一の取り柄だ。


他の冒険者の魔法を見たときに、魔法操作は僕の方が優れているかもしれないと感じたことがある。だが、魔物を見ると、足が震えて魔法が使えなくなる。そのため、僕は薬草を採取して生計を立てていた。


臆病な僕は不良冒険者の恰好のターゲットだ。いつも採取した薬草の半分以上を持っていかれる。ときには全部持っていかれて夕食さえ食べられないこともある。冒険者ギルドに相談したことがあるが、ギルドの担当者はノルマが達成できれば誰が納品しても良いといったスタンスで僕を悪し様に罵った。そして僕は不良冒険者たちからさらに痛めつけられた。


それでも僕の唯一の希望は魔法だ。毎晩、薄い布団を被り魔法操作の練習を繰り返す。賢者として魔物を倒し、僕のように怯えている人を救いたい。そういう夢を見ている。きっと来ることのない冒険を夢見て剣術や支援術もこっそりと練習をしている。


僕の魔法操作はかなり優れたものになっている。小さな玉を作り硬い木の幹を貫くこともできるようになった。だが、実際に魔物を見ると、それが僕より弱い魔物であっても足が竦み魔法が使えなかった。



「お前、女の前だからって格好つけているのか」

「…」

「やせ我慢は止せよ。酷い目にあうだけだぞ。ギルドにチクった時のことを忘れたのか」

「…」

「なに避けてんだよ」

「…」


アレクがさらに殴ってくる。だが痛くない。また殴ってくる。今度は目を開けることに集中する。なぜだかアレクの動きが遅い。思わず避けてしまった。アレクが激高している。怖い。僕の心は確かに怖がっている。だがそれ以上にこの不思議な状況に戸惑っていた。


一歩前に進む。痛くないんだ。女性を僕のように諦めさせてはいけない、そう思い、もう一歩進む。ユートが殴ってくる。だが不思議に腕の動きが見える。後ろからアレクが蹴ってくる。目にした訳ではない。だが何となく蹴られることが分かる。足を取る。アレクが盛大にひっくり返った。


女性が立ち上がる。真っ直ぐな眼差しで僕を見る。蔑む眼差ししか感じてこなかった僕にとって、今まで感じたことのない眼差しだ。女性の前に立ち、アレクとユートの方を振り返る。


「お前、分かっているんだろうな」

「ハルトのクセに格好つけやがって」


二人同時に殴りつけてくる。思わず僕は二人の拳を掴んでいた。


「「おいっ、放せ」」


二人の言葉に怯えてしまい、思わず手を放す。二人はたたらを踏んで後ずさった。


「「覚えていろよ」」


二人がそう言いながら走り去るのを不思議な気持ちで見送った。そして明日のことを考えて憂鬱になった。どんな酷い報復をされるのだろうか。


「ありがとう」


憂鬱になっている僕に突然声がかかった。そうだ、僕はこの人のために頑張ったんだ。人の役に立ったんだ。明日の痛みなど我慢しよう。そう思っていたら、女性が不思議そうに僕の顔を覗き込んできた。



「夕食です。薄いスープしか出せなくてすみません」


「助けてもらったのは私だ。それに夕食をいただくなんて、こちらの方が申し訳ない。それで君の分はあるのか?」


「ハルトと言います。僕は大丈夫です。見ての通り貧乏な冒険者ですから食べられないのはいつものことです」


「名乗りが遅れたな。サクヤと言う。言葉遣いはもっと砕けてくれ。逆に緊張してしまう。先ほどは助かった。私は大人だから一日二日食べなくても大丈夫だ。君は成長期だろう」


「「ぐぅ~」」

「半分こしましょうか」

「では半分頂くとしよう」


アレクとユートが去ったあと、女性は僕の後を付いてきた。宿の当てもなく身を護る力もない女性を放置することはできず、僕の狭い小屋に案内する。お互いのお腹の音をきっかけに、古ぼけた机と古ぼけた椅子に腰掛けながら二人で夕食を取った。


きれいな長い黒髪、整った鼻筋、意志が強いと感じた目は澄んだ藍色をしている。身長は僕と同じくらい、女性にしてはやや高めだ。そして鎧を脱いだその体は細身だが女性らしいラインをしている。スープの食べ方もきれいで思わず見惚れてしまう。きっとアレクとユートの見立て通り、良いところのお嬢様なのだろう。


そう思っていると顔を上げた女性と目が合った。慌てて言い訳のように会話を始める。


「どんな用事でフロストヘイブンへ?」


「…冒険者になりに」


「冒険者は粗野だし、冒険者崩れも多い。サクヤさんは見たところ良いところのお嬢様に見える。危ない目に合う前にどこかへ送るよ。それくらいなら力のない僕でもできるよ」


「ハルト殿は優しいのだなぁ。力がないと言っても私を守ってくれたではないか」

「今日はなんか変だったんだ。殴られても痛くなかったし、彼らの動きも遅かった。二人とも調子が悪かったのかもしれない。明日も守れる自信はないんだ。だから安全なところに送るよ」


「安全なところかぁ。今の私は早く力を付けなければならない。ハルト殿は口は固いか?」


サクヤの雰囲気が変わり、真剣な眼差しで僕を見つめてきた。僕は自分の過去を振り返る。決して間違った振る舞いはしていない。僕としっかり向き合ってくれるサクヤとの約束はしっかりと守りたい、そう思って僕は強く頷いた。



「私は勇者で先ほど魔王を倒したんだ。だが今の魔王は3つの命を持っており、一つの命について呪いが一回発現する。”もっとも勇あるものはもっとも臆病なものへ”。反転の呪いと呼ばれている。それで私は最も臆病なもののステータスとなってしまっているようだ。だが、父のためにも私は歩みを止める訳にはいかない。何年かかってでも成長し、魔王を倒す。倒しきる」


頷く僕に、サクヤは思ってもいなかった話を始めた。勇者や賢者と呼ばれるものは、才能があり強い意志を持ったものが運や縁に恵まれてなるもので、僕には縁のない話だ。


「先ほど、ハルト殿は”殴られても痛くない”と言っていた。それはハルト殿の能力が私のステータスと入れ替わっているからだろう。きっと相手の拳もゆっくり見えたのではないか」


戸惑う僕に、サクヤが話を続ける。


「確かに不思議とゆっくり見えた。でもそれって…。僕が”もっとも臆病なもの”ってことだよね。でも確かに、確かに僕は臆病だ」


「ハルト殿は臆病だったかもしれない。だが、私を助けてくれただろう。勇気を出して踏み出してくれただろう。だから臆病ではなくなったんだ」


落ち込む僕にサクヤが励ましの言葉をくれる。


「どうしたら元に戻るの。勇者の力を僕が持っていても役に立たない。何よりサクヤさんが困るよね」


「ハルト殿は善人なんだね。勇者の力を自分のものにできる幸運を喜ばないのかな?」


「…。喜ばないよ。この力を得るまでの努力、魔王を倒す勇気、そんなものを僕が貰ってはいけない。臆病な僕だけど、卑怯にはなりたくない」


「ありがとう。ハルト殿のような良い人と入れ替わった幸運に感謝する」


勇者の力を自分のものに、正直なところ迷いはある。だが、力がないから卑怯なことをしても良い訳はない。サクヤの諦めない思いを守りたい、そう思い、僕は戻す方法を尋ねた。


「分かっている方法は2つだ。一つは亡くなること。私が亡くなれば私の力は失われハルト殿のステータスは元に戻る。ハルト殿が亡くなれば勇者の力はハルト殿と一緒に失われる。これは私たちには嬉しくない。二つ目は呪いを解くことだ。世界樹の葉を使えばどんな呪いでも解けると言われている」


「世界樹の葉はどこで手に入るの?」


「非常に貴重なもので市場には滅多に出回らない。だから、魔の森の奥深くにあると言われている世界樹を探す必要がある」


「サクヤさんが?」


「今の私では難しいだろう。だが、私はやり遂げなければならない。それにハルト殿の能力は決して卑下するものではないぞ。魔法は優れている、剣術、支援術も人並み以上だ。今日は身体の扱いに慣れなかったから不覚を取ったが、慣れればあんな冒険者崩れにやられはしない」


「僕に手伝えることはあるかな。今の僕の力はサクヤさんのものだから」


「手伝ってくれると嬉しい。魔物と戦い早く強くなりたい。ハルト殿が私の力を使いこなせば今でも魔物の森に入ることは可能だろう」


サクヤの真剣な目に僕は頷いた。きっと良い機会だ。サクヤのためだけではなく、自分を成長させることができるだろう。冒険者としての技術だけではなく、サクヤの心を学ぼう。真っ直ぐで折れない心を。


「ありがとう。これからはサクヤと呼んでくれ。言葉遣いももっと砕けた方が良い。私たちはパーティになるのだから」


「分かった。僕のこともハルトと呼んで」


初めての仲間だ。初めてのパーティだ。こんな僕が仲間で良いのだろうか、迷いながらも気分はいつもより高揚していた。




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