第1話:黒煙の胎動
Ⅰ. 疑惑と訪問
真夜中を過ぎた頃、佐藤明里は息を切らし、久しぶりに訪れた実家の玄関を乱暴に開けた。大学に入って以来、明里がこの家を訪れるのは、せいぜい盆と正月くらいだ。
「母さん!母さんいる!?」
リビングのソファにいた母・
「明里?どうしたの、こんな時間に。顔色が悪いわよ」
「夏香よ!夏香が……あの子、まだいるの!?」明里は恐怖で上擦った声を出す。
「私、見たの!自分の部屋で、夏香の幽霊を!でも、普通の幽霊じゃない。足元から黒い
晶子の顔から、僅かに残っていた血の気が引いた。彼女は明里の腕を強く掴み、周囲に第三者の気配がないかを確認する。
「……落ち着きなさい、明里。誰かに聞かれるわ。こっちへ来て。」
晶子は明里を奥の和室に押し込むと、障子をぴしゃりと閉めた。
「あなた、その『黒い煤』を見たのね。間違いない……あれは、『常世ノ
「消滅……?」
「その黒煙は、盟主の負の感情の力そのもの。恨み、妬み、嫉妬……人間の根源的な悪意の塊が、夏香の魂を吸収し、己の力に取り込もうとしている。このままでは、夏香はただ消えるんじゃない。魂の欠片すら残さず、盟主の集合体に取り込まれてしまうわ。」
明里の頭に血が上る。夏香が電話で言った「私が私じゃなくなる」という言葉が、重い現実として明里にのしかかった。
Ⅱ. 母の言葉とリミット
「どうすればいいの!母さん、あなたの力で、あの黒いのを祓ってよ!」
晶子は明里から視線を逸らし、自らの掌を握りしめた。
「……無理よ。明里。私にはもう、それを祓う力はない。覚えているでしょう?あなたが小さかった頃に、私の仙才の核(コア)は、常世ノ皇の盟主によって奪われた。今の私に残っているのは、家を維持する程度の微かな結界術だけ……」
晶子は顔を上げ、娘を見据えた。その目には、後悔と、娘への絶望的な期待が宿っていた。
「あの強大な術を、黒煙を打ち破り、夏香の魂を救い出せるのは……あなた、佐藤明里、たった一人だけよ。あなたは、私たちの家系で100年に一度の『仙才』を持つ。その力は、私が持っていた力とは比べ物にならない」
明里は震えた。彼女が最も嫌悪し、拒絶し続けてきた「力」を使う宿命を、今、母から突きつけられたのだ。
「そんな…嫌よ!私が力を使ったら、あの時みたいに……また、何かを壊してしまうかもしれないじゃない!」
「いいえ。あなたは違う。そして、もう時間がない。あの黒煙の進行速度なら……夏香の魂が完全に消滅するまで、もって三ヶ月、
三ヶ月。たった三ヶ月。
明里の脳裏に、幼い頃から一緒に育った夏香の笑顔がフラッシュバックする。ゆりとの平凡な日常、平穏な大学生活。全てを失うかもしれない恐怖。だが、その全てをかけても、夏香の魂を悪意の渦に沈ませるわけにはいかなかった。
明里は深く息を吸い込み、決意を固めた。
「……分かったわ、母さん。やる。三ヶ月で、私が仙法をマスターする。あの黒煙を祓って、夏香を助け出す。だから……」
明里は晶子を見据えた。
「だから、今から、私に仙法を教えて。全部、残さず。」
晶子は静かに頷いた。その目には、娘の覚悟を受け止めた仙法使いとしての、厳しい光が戻っていた。
「まずは、あなたの強すぎる仙才に耐え、制御するための『器』を用意する必要があるわ。明里、明日、私たちが行く場所は決まっている」
晶子は懐から、古びた地図を取り出した。その地図が示すのは、人里離れた山奥――。
代々、神社の奉納刀と仙法使いの刀のみを打ってきた一族、 刀鍛冶・霧島家の工房だった。
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