猫執事、相続いたしました

ねこ沢ふたよ@書籍発売中

執事、バトラー。

言わずと知れた貴族の従者。

それはそれは格式高い。ノーブルな世界なもの。

なのに、なぜウチのクラウンは、こんななのか。


「陽菜お嬢様、起きて下さい」


 私の目の前は、もふもふで覆われる。

 私は、起きて、顔を覆っているクラウンの真っ黒な肉球を手でどける。


「おはようございます」


 目を細めるクラウンが、喉をゴロゴロと鳴らす。

 姿かたちは、全く普通の黒猫だけれども、人間の言葉を話している。

 それが、クラウンだ。

 昨年、亡くなったお婆ちゃんから相続した執事猫。

 孫の私が唯一相続したのが、この黒猫だった。

 三角の耳と長い尻尾、金の瞳。

 胸に少しだけ白い毛がある。

 一見するとただの普通の可愛い猫なのだ。


「クラウン! 今何時?」

「えっとですね。それが、残念なことに、起こすのに少々手間取りまして……」

「いいから、何時?」

「丁度八時。陽菜お嬢様が、毎日お出かけになられる時間に相違ありません」


 嘘、八時?

 私は、サッと顔を蒼褪める。


「遅刻だ……」

「ええ、遅刻ですね」


 そんなすました顔で、何を言っているんだ、クラウン。

 遅刻なんて、困るのだ。

 頭の中に、イライラしている事務長の顔が目に浮かぶ。


「急がなきゃ」

「陽菜お嬢様、お食事は?」

「そんなの食べている暇はないの!」


 別にクラウンが用意してくれるわけではない。

 クラウンは、お食事を食べたほうが良いと注意してくれているだけ。

 おっと、クラウンの食事は、用意してあげないと。

 私は、クラウンの猫用の皿にカリカリご飯を入れてあげる。


「忙しないですねえ。朝はもっと優雅に迎えるのが、淑女のたしなみですよ」

「そう思うならば、もっと早く起こしてよ!」


 カリカリご飯を前に、銀のスプーンで優雅に食べ始めるクラウンに、私は文句を言う。

 私だって、好き好んで忙しない朝を迎えているわけではない。

 本当は、優雅な音楽でも聴きながら、ゆっくりと朝ご飯も食べたい。


「しかし、陽菜お嬢様は大人でございます。クラウンの手を借りずとも、朝起きるのは、当然でございましょう」


 やれやれとクラウンが首を横に振る。

 チリチリとクラウンの首についた鈴が音を立てる。

 このやろう、可愛いじゃないか。

 そのフワフワの背中をモフモフしたい気持ちはあるが、いや、今は出勤だ。

 猫の手を借りたいほど忙しい時に、一番役に立たぬ猫執事。

 本当、どうしてこんなのを引き受けてしまったのかと、ちょっと後悔しそうにもなるが、そんな時間も今の私にはない。

 音速で着替えて、光の速さで化粧して。

 たぶん、今の私は、どんなヒーローよりも早く変身している。


「ともかく、行ってくるから! 留守番、頼んだからね!」

「かしこまりました。」


 クラウンの声を聴きながら、私は勢いよくドアを閉めた。

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