第4話 夢の続き

ハァハァハァ。

息が苦しい。膝がガクガクと笑い、足が縺れそうになる。だが、ここで立ち止まる訳にはいかない。

 体内の魔力を巡らせ足に集中させて身体強化をかける。スピードが一気に上がったが、ここは何も遮るものが無い草原だ。狩る者には有利でも、狩られる者には身を隠す術が無い。

 追手は5人。馬に乗って囲む様に追い立ててくる。風切り音と共にふくらはぎに激痛が走り、前のめりに地面に突っ伏した。


怖い。


心臓が喉から飛び出しそうだ。痛みを堪えながら這う様に前に進む。馬の足音が近付き、鎧のガチャガチャする気配が四方から迫った。

「くそっ。手間取らせやがって。」

長い髪をぐいっと鷲掴み、ガタイのいい男はぺっと唾を吐きかけた。頭皮がむしれるような痛みと共に金色の髪が視界に入った。

「きゃあ。やめて、はなして。」

 高い声だ。どうやら自分は女の子であるらしい、と彼は心の隅でぼんやりと思った。

「おー、なかなかの上玉じゃないか。ちょっと味見してみるかな。」

首筋をペロリと舐められる。布越しに胸を弄られる不快感と嫌悪感に、恐怖が募った。

「いや、触らないで。」

「お、ガキのくせにいい体してるじゃねえか。はは、もっといい声で鳴けよ、ほら。」

「おいおい、商品を壊すなよ。」

 周りの男達が囃し立てる。

「お前がヤったら壊れちまう。その前にこっちにも回せ。」

くそたれっ。

どくどく流れる血のせいか、体に力が入らない。地面に転がされ衣服が破られる。その上に、男が馬乗りになった。

「ほら、泣け、叫んでみろ。どうせ誰も助けにはこねーぞ」

「はははは。」

下卑た笑いが男達から起こる。


ハァハァハァ


くそったれ。

抵抗しようとしても、男はそれ以上の力と体重で支配してくる。

忙しない息遣いが、耳元に荒く迫ったーーー。


◇◇◇◇◇◇◇


「いってーーー。」

 右肩に響く鈍い衝撃に唐突に目が覚めた。眩い光に照らされた見慣れた木の天井を見上げ、カイルは深くため息を付いた。

「はあぁ。最悪だ・・・。」

 自分には、TSの願望も趣味も無い。なのに、何故男に襲われる夢を見なくてはならないのか。

 無駄にリアルな夢見のせいで、かえって疲労感が増している気がする。更にベッドから落ちたせいで、体のあちこちが痛かった。

 初夏の日差しは、既に熱気をはらんでいた。額の汗を拭い、何気無く時計を見て固まる。

「やば。完全に遅刻じゃん。」

同室の寮生は既に出掛けている。アウトドアなルームメイトは、休日はほぼ朝一から出掛けていた。そして、今はもう昼も近い。

 急いで着替えを済ませ、寮を飛び出した。魔力を具現化しなくてはいけない魔法に比べれば身体強化の消費魔力はささやかだ。それでも節約を心掛けながら脚に魔力を回して第二区画を走り抜けた。第三区画の門から数分程、目的の建物は2階建の大きな店舗だ。扉を開け、幾つかある窓口の一番端に向かう。

「すみません、カイルですが寝坊しちゃって。」

「あー、カイルくんね。」

 受付の女性が、名前を反芻しながら手元の書類をめくった。最近就職した若い女性だ。ゆったりしたシャツのはずだが、強調される双丘に目が吸い付けられる。ほのかな花の香りは、多分香水の匂いだろう。

 一つに結い上げた髪から零れる後れ毛が長い項にかかり、艷やかな大人の色気が立ち込めている。学生仲間とは異なる色香に、カイルは視線を泳がせた。

「カイル・エリクトン。魔法学院の?」

「ええ、そうです。」

「今日は、第一区画の三番街の予定だったのね。あー、これ、もう車が出ちゃったわ。間に合わないからって他の人が、代行で出てる。」

「そう、です・・・か。」

 第一区画の仕事は高報酬だがノルマ厳守だ。ギリギリの時間設定だし、2時間の遅れは致命的だった。

 そして、仕事を失った損失も致命的だ。生活費は後僅か。今日の食費を払えばパンを買う金も残らない。授業料や寮費は無料でも、生活費は自腹だ。親が裕福であれば問題無い額だろうが、支援がない生徒は授業もそこそこにバイトをしなければ食べてはいけない。

 ここは、魔法省の管轄で主に魔法を使う仕事を請け負ったり斡旋したりしている。職安に近いイメージだが、日雇いの案件も多い。ただ、いい仕事は朝一で無くなるのが常だった。

「他に・・・何か残ってないですか。今、金欠で・・・」

若者にありがちな事情に女性は栗色の瞳を細めて、寝癖で跳ねた薄茶色の髪を見上げた。

「そうねー。今からとなるとー。」

首を傾げて、パラパラと書類をめくる。

「第三区画の常設の仕事はあるけど。魔灯の魔力の補充ね。急ぎじゃないから、報酬はかなり低いけど。」

 低いなんてもんじゃない。ほとんど子供の小遣い稼ぎだ。

「さすがにそれはちょっと。」

「そうよねー。そうすると後は・・・」

腕を組んで顎に手をやり、そして、はたと動きを止め、カイルの顔を覗き込んだ。

「カイル・エリクトン。確か君だよね、アレの補充も一人でいける人。」

「ええ、まあ。」

思わぬ圧にたじろぐ若者に、受付嬢はニッコリと微笑んだ。

「どう?今日の調子が良かっら、一発デカい仕事やってみない?」




 

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