裏切りの渦中 ~寝取られし男の冷徹な復讐劇~

@flameflame

第一話 出会いの予感と甘い罠

大学三年生の春、凛太郎は就職活動の渦中にいた。毎日のように企業説明会に足を運び、スーツ姿で電車に揺られ、面接の練習を繰り返す日々。鏡の前で何度も自己PRを口にし、ノートに志望動機を書き連ねる。テニスサークルの幹部として後輩の面倒を見ながら、そんな忙しさに追われていた。


そんな中、唯一の癒しが彼女の澪だった。大学二年生の澪は、サークルの後輩で、一年半前に付き合い始めた。出会いはサークルの新歓コンパ。澪は少し内気そうな笑顔でテニスラケットを握り、凛太郎に声をかけられたのをきっかけに、徐々に距離が縮まった。あの頃の澪は、凛太郎の先輩らしい頼もしさに惹かれていたようだった。


今朝も、凛太郎の学生アパートで目覚めた澪は、ベッドから起き上がってキッチンに立つ。凛太郎は就活の準備をしながら、彼女の後ろ姿を眺めていた。澪は週に三、四回ここに泊まるようになっていた。正式な同棲ではないが、互いの部屋を行き来する関係は、自然とそんな形になっていた。


「おはよう、凛太郎くん。今日も就活?」


澪が振り返って微笑む。彼女の髪は少し乱れていて、朝の柔らかな光がその輪郭を優しく照らしていた。


「ああ、午後から説明会があるよ。澪は授業だっけ?」


「うん。でも午後はサークルの練習。颯くんたち新入生が入ってきて、賑やかになってきたよね。」


颯の名前が出て、凛太郎は少し眉を寄せた。颯は今年の新入生で、テニスサークルに加入したばかりの一年生。派手な髪型と軽いノリで、すぐに目立つ存在になった。サークルの飲み会では、女の子たちを笑わせて回るタイプだ。凛太郎は幹部として彼を迎え入れたが、正直、あのチャラチャラした感じは苦手だった。


「そうだな。あいつ、テニスは上手いけど、ちょっと調子に乗ってるよな。」


凛太郎がそう言うと、澪は小さく笑った。


「まあ、颯くんは明るいから、サークルが活気づくよ。凛太郎くんみたいに真面目な先輩がいると、バランス取れてるんじゃない?」


澪の言葉に、凛太郎は苦笑した。彼女の笑顔を見ていると、就活のストレスが少し和らぐ。朝食を一緒に食べ、澪を送り出す前に、軽くキスを交わした。あの柔らかな感触が、凛太郎の心を温かくした。


大学に着くと、凛太郎はすぐに就活の準備に取りかかった。キャリアセンターで履歴書をチェックし、友人の蓮司に相談する。蓮司は同じ三年生で、サークルの親友だ。テニスサークルでは副幹部を務め、凛太郎のよき相談相手だった。


「凛太郎、最近澪とどうよ? 就活で忙しくて、構えてやってんの?」


蓮司がコーヒーを片手に尋ねてきた。キャンパスのベンチで、二人並んで座っていた。


「まあ、なんとか。澪も理解してくれるよ。でも、確かに最近デート減ってるかもな。」


「気をつけろよ。ああいう可愛い子は、寂しくなると他の男に目がいっちゃうぜ。」


蓮司の冗談めかした言葉に、凛太郎は笑って返した。でも、心のどこかで少し引っかかるものがあった。就活が本格化してから、澪との時間は確かに減っていた。週末のデートも、凛太郎の疲労でキャンセルになることが多かった。


一方、澪はその頃、サークルのテニスコートにいた。新入生の颯が、ラケットを振り回しながら周りを笑わせている。颯は金持ちの家柄らしく、ブランド物のテニスウェアを着て、自信たっぷりだ。テニスの腕前も悪くなく、すぐにサークルの中心に躍り出た。


「澪先輩、今日の練習、俺とペア組んでよ! 絶対勝てるコンビだぜ。」


颯が明るく声をかけてきた。澪は少し照れながら頷いた。


「え、いいけど……凛太郎くんが来ない日だから、仕方ないよね。」


「凛太郎先輩、就活で忙しいんだろ? あの人、真面目すぎてつまんないよな。俺みたいに遊べる男のほうが、澪先輩に合ってるかもよ。」


颯の軽いジョークに、澪は笑った。でも、その言葉が少し心に残った。凛太郎は確かに真面目で優しい。でも、最近の彼は就活の話ばかりで、澪の気持ちをあまり考えてくれていない気がした。颯の明るさは、そんな澪の心の隙間をくすぐるものがあった。


練習が終わると、澪は颯と一緒にコートサイドで休憩を取った。周りの後輩たちが集まってきて、賑やかな輪ができる。颯はスマホを取り出して、面白い動画を見せながら皆を笑わせる。澪もその輪に加わり、自然と颯の隣に座っていた。


「澪先輩、俺のインスタ見てよ。旅行の写真がいっぱいなんだ。」


颯がスマホを差し出してきた。画面には、海外のビーチで颯がポーズを取る写真が並んでいる。澪は感心したように目を細めた。


「すごいね、颯くん。凛太郎くんとは全然違う世界だわ。」


「だろ? 澪先輩も一緒に旅行行こうよ。凛太郎先輩抜きでさ。」


颯の言葉は冗談めかしていたが、澪の胸に小さな波紋を広げた。彼女は笑ってかわしたが、心の中で少しドキドキしていた。凛太郎との関係は安定しているはずなのに、颯のような刺激的な存在が、澪の日常を少し色づけ始めていた。


その日の夕方、凛太郎は説明会を終えてアパートに戻った。疲れ切った体でベッドに倒れ込み、スマホをチェックする。澪からメッセージが来ていた。


「今日の練習、楽しかったよ。凛太郎くんも早く就活終わらせて、一緒にテニスしようね。」


凛太郎は微笑んで返信した。でも、澪のメッセージに、いつもより少し明るい感じがしたのを不思議に思った。就活のストレスで、気のせいだろうか。


回想が凛太郎の頭をよぎった。一年半前、澪と付き合い始めた頃のこと。あの新歓コンパで、澪は少し酔って凛太郎に寄りかかってきた。


「凛太郎先輩、テニス教えてください。私、初心者なんですけど……。」


あの時の澪の目は、純粋に凛太郎を慕っているようだった。翌週、コートで手取り足取りテニスを教え、練習後のカフェで自然とデートになった。付き合い始めてからは、毎週のように二人で過ごした。澪の部屋で映画を見たり、凛太郎のアパートで手料理を振る舞ったり。澪の作るオムライスは、凛太郎のお気に入りだった。


「凛太郎くん、私のこと、ずっと好きでいてくれる?」


ある夜、ベッドで澪がそう尋ねてきた。凛太郎は彼女を抱きしめて頷いた。


「もちろん。澪がいれば、俺は何でも頑張れるよ。」


あの約束は、今も凛太郎の心にあった。就活の忙しさで澪を寂しくさせているのは自覚していた。だからこそ、早く内定を取って、もっと二人で過ごす時間を増やしたいと思っていた。


数日後、サークルの飲み会が開かれた。新入生歓迎の二次会で、居酒屋は賑わっていた。凛太郎は就活の合間を縫って参加した。澪は隣に座り、楽しげにビールを飲んでいる。颯は対面の席で、皆を巻き込んで盛り上げていた。


「よし、皆でゲームしようぜ! 負けたら罰ゲームな。」


颯の提案に、皆が盛り上がる。澪も笑顔で参加し、ゲームが進む中で、颯と澪が何度か目が合うのを凛太郎は気づいた。でも、それはサークルの仲間として当然のことだと思っていた。


飲み会が終わると、凛太郎は澪をアパートまで送った。夜風が心地よく、二人は手をつないで歩く。


「今日は楽しかったね。颯くんのおかげで、サークルが活気づいてるよ。」


澪が言った。凛太郎は頷きながら、彼女の横顔を見た。


「ああ。でも、俺ももっと時間作るよ。就活終わったら、旅行でも行こうか。」


「本当? 楽しみ!」


澪の笑顔に、凛太郎は安心した。でも、その夜、澪がスマホをいじっている姿が、少し気になった。画面に映るのは、颯からのメッセージだったのかもしれない。凛太郎は知る由もなかったが、澪の心に小さな罠が仕掛けられ始めていた。


翌週、凛太郎の就活はさらに忙しくなった。面接が連日続き、澪との連絡も減った。そんな中、澪はサークルの練習後に、颯と二人でカフェに行くことになった。颯が「テニスのアドバイスが欲しい」と誘ってきたのだ。


カフェの席で、颯はコーヒーをすすりながら澪に近づく。


「澪先輩、凛太郎先輩って本当に澪先輩のこと大事にしてんの? 最近、寂しそうに見えるけど。」


颯の言葉に、澪は少し動揺した。


「そんなことないよ。でも、就活で忙しいのは仕方ないし……。」


「じゃあ、俺が代わりに遊びに連れてってあげようか。澪先輩みたいな可愛い人、放っておけないよ。」


颯の軽い口調に、澪は笑った。でも、その笑顔の裏で、心が少し揺れていた。凛太郎の不在が、澪の心に甘い罠を広げ始めていた。


凛太郎はその頃、面接の帰り道で澪に電話をかけた。繋がらず、メッセージを送る。


「今日、遅くなるけど、待ってる?」


返事はすぐに来た。「うん、待ってるよ。」


でも、澪の心はすでに、少しずつ遠ざかり始めていた。出会いの予感は、甘い罠として、二人の関係に忍び寄っていた。


数日後のサークル練習。凛太郎は珍しく早く終わった就活の合間に顔を出した。コートでは、澪と颯がペアを組んで練習している。颯の動きは派手で、澪をリードするようにラケットを振る。澪の笑い声が、コートに響いていた。


凛太郎はそれを見て、少し胸がざわついた。就活の疲れが、そんな感情を増幅させる。でも、まだそれは小さな予感に過ぎなかった。


「凛太郎くん、来たの?」


澪が気づいて駆け寄ってきた。颯も後ろから笑顔で手を振る。


「ああ、ちょっとだけ。澪、調子どう?」


「いいよ。颯くんが上手く教えてくれるから。」


颯が近づいてきて、凛太郎に声をかけた。


「先輩、就活お疲れ様です。俺たち、後輩がサークル守ってるんで、安心してくださいよ。」


颯の言葉は明るかったが、凛太郎の目には、少し挑発的に映った。でも、気のせいだと自分に言い聞かせた。


その夜、凛太郎と澪はアパートで夕食を取った。澪の作ったパスタを食べながら、凛太郎は就活の話をした。


「内定取れたら、澪と一緒に暮らそうか。正式に。」


澪は少し驚いた顔をしたが、微笑んだ。


「うん、いいね。でも、今のままで十分幸せだよ。」


澪の言葉に、凛太郎は安心した。でも、彼女の目が少し遠くを見ていることに気づかなかった。


サークルの合宿が近づいていた。一泊二日のテニス合宿で、皆が楽しみにしている。凛太郎は就活のスケジュールで参加を迷っていたが、澪の勧めで決めた。


「一緒にいこうよ。リフレッシュになるよ。」


澪の言葉に、凛太郎は頷いた。でも、合宿で何かが起こる予感が、心の片隅にあった。


合宿当日、バスで山奥の施設に向かう。澪は颯の隣に座り、楽しげに話している。凛太郎は後ろの席からそれを見ていた。就活の疲れで、眠気に襲われながら。


合宿の夜、皆でバーベキューをする。火を囲んでの飲み会で、颯がまた皆を笑わせる。澪もその輪に加わり、颯の肩に軽く触れる場面があった。凛太郎はそれを見て、少し酒を煽った。


「澪、ちょっと来いよ。」


凛太郎が澪を呼んで、施設の外に出た。星空の下で、二人は並んで立った。


「どうしたの?」


澪が尋ねる。凛太郎は彼女の手を握った。


「いや、ただ……澪が楽しそうでよかったよ。俺、最近構えてなくてごめん。」


澪は優しく微笑んだ。


「ううん、大丈夫。凛太郎くんがいれば、それでいいよ。」


二人はキスを交わした。でも、澪の心に、颯の影が少しずつ忍び寄っていた。甘い罠は、静かにその網を広げ始めていた。


合宿の翌朝、凛太郎は早朝のジョギングに出かけた。澪はまだ寝ているはずだった。戻ってくると、施設のロビーで颯と澪が二人で話している姿を見かけた。颯が澪の肩に手を置き、何かを囁いている。澪は笑ってそれを払いのけていたが、凛太郎の胸に小さな棘が刺さった。


「あれ、凛太郎くん。おはよう。」


澪が気づいて声をかけた。颯も笑顔で挨拶する。


「おはようございます、先輩。澪先輩に、テニスのフォームの相談してたんですよ。」


凛太郎は頷いたが、心の中で疑問が膨らんだ。就活の忙しさと、こうした小さな出来事が、関係の亀裂を少しずつ広げていく。


第一話の終わりは、そんな予感に満ちていた。凛太郎はまだ気づいていなかったが、裏切りの影はすでに忍び寄っていた。甘い恋愛の日常が、ゆっくりと崩れ始める予兆として。

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