第五章:最強の証明

第27話 王城突入。兄たちの誇る聖剣を指先でへし折る

 玉座の間は、濃密な死の気配と、甘ったるい腐臭に満たされていた。

 空間転移によって突入した俺たちを待ち受けていたのは、異形と化した古代魔族ザルクと、その足元に転がる家族の成れの果てだった。


『ククク……裏口カラ侵入トハ、鼠ノヨウナ奴メ。ダガ、飛ンデ火ニ入ル何トヤラダ。貴様ラノ魔力、ココデ全テ頂クゾ』


 ザルクが玉座から立ち上がる。

 その背中から伸びた無数の触手が、床に倒れていたクリスとジュリアスに突き刺さった。


「が、あぁぁぁ……ッ!?」

「や、やめろ……吸うな……これ以上……!」


 二人が苦悶の声を上げる。

 だが、ザルクは嘲笑うように触手を脈動させた。

 吸い上げているのではない。逆だ。

 城中に張り巡らせた結界から収集した、汚染された膨大な魔力を、無理やり二人の肉体に流し込んでいるのだ。


『使エヌ駒ニモ、最後ノ役目ヲ与エテヤロウ。我ガ手足トナリ、憎キ弟ヲ殺ス栄誉ダ』


 ズズズズズ……ッ!

 強制注入された魔力によって、クリスとジュリアスの体が風船のように膨張する。

 皮膚が裂け、その下から黒い甲殻が覗く。目は赤く発光し、口からは牙が生え揃う。

 人間としての尊厳を完全に蹂躙された、魔人化。


「ア……レウ……ス……コロ……ス……」

「僕ノ……魔法……最強……」


 二人はゆっくりと立ち上がった。

 意識は既にない。あるのはザルクによって植え付けられた殺意と、肥大化したエゴだけだ。


『サア、授ケヨウ。貴様ラガ欲シガッテイタ「最強ノ剣」ヲ』


 ザルクが指を鳴らすと、天井から黒いヘドロが滴り落ち、二人の手の中で凝固した。

 クリスの手には、禍々しいオーラを放つ漆黒の大剣。

 ジュリアスの手には、高密度の魔力を刃状に固定した魔法剣。


 かつて彼らが誇っていた聖剣や杖とは比較にならない、圧倒的なエネルギー量だ。


「……趣味が悪いな」


 俺は吐き捨てるように言った。

 セリアが聖剣『蒼穹』を構えて前に出ようとする。


「アレウス! 私がやるわ! あんな姿にされて……これ以上見ているのは辛すぎる!」

『主よ、我も手伝おう。あの黒いのは不味そうだが、噛み砕くくらいはできる』


 だが、俺は片手を上げて二人を制した。


「いいや。ここは俺に任せてくれ」

「でも!」

「これは『家族』の問題だ。俺がケジメをつける」


 俺は一歩、前に進み出た。

 武器は抜かない。愛刀『星砕き』は背中の鞘に納めたままだ。

 俺の行動に、ザルクが訝しげに目を細める。


『ホウ? 武器モ抜カズ、素手デ挑ムカ。舐メラレタモノダナ』

「道具を使うまでもない。バグだらけの不良品(プログラム)を廃棄するのに、ハンマーはいらないんだよ」


 俺の挑発に、魔人化したクリスが反応した。


「ウオオオオオォォッ!!」


 獣のような咆哮と共に、クリスが地面を蹴った。

 速い。

 先ほどの市街戦での比ではない。ザルクの魔力でリミッターを強制解除されたその速度は、音速に迫る勢いだ。


「死ネェェェッ!」


 クリスが大上段から漆黒の大剣を振り下ろす。

 その刃には、『物質崩壊』の呪いが付与されている。触れるもの全てを腐食させ、塵に変える必殺の剣。

 まともに受ければ、伝説級の防具さえも貫通するだろう。


 だが。

 俺は動かなかった。

 ただ、ゆっくりと右手を上げ、人差し指と親指を立てた。


 スキル『物質解析』、対象ロック。

 ――対象:擬似聖剣・黒騎士(ダークナイト)。

 ――構造:高密度魔力硬化体。

 ――弱点:強引な圧縮による分子結合の不安定さ。座標X24、Y56に構造上の亀裂あり。


(……脆いな)


 俺の目には、その剣がひび割れたガラス細工に見えていた。

 振り下ろされる刃の軌道。その一点を見極める。


 パシッ。


 乾いた音が、玉座の間に響いた。

 音速の斬撃が、ピタリと止まっていた。

 俺の指先によって。

 俺は人差し指と親指だけで、振り下ろされた大剣の側面を挟み込み、その運動エネルギーを完全に殺していたのだ。


「な……!?」

『バ、馬鹿ナ……ッ!?』


 クリスが、そして玉座のザルクが絶句する。

 魔力で強化された渾身の一撃を、素手で、しかも指先だけで受け止めるなど、物理法則を無視している。


「力が強ければ最強の剣になれると思ったか? 兄さん」


 俺は至近距離で、魔物と化した兄の目を見据えた。


「剣ってのはな、ただ硬くて重ければいいってもんじゃない。素材の特性を理解し、鍛え上げ、使い手と心を通わせて初めて『聖剣』になるんだ。こんな、他人の魔力で固めただけの泥人形みたいな剣……斬れるわけがないだろ」


 俺は指先に力を込めた。

 『分解(デコンパイル)』のコードを流し込む。

 魔力の結合を解き、強制的に物質としての定義を崩壊させる。


「砕けろ」


 パキィィィィィンッ!!!


 甲高い破砕音と共に、漆黒の大剣が粉々に弾け飛んだ。

 破片は床に落ちる前に黒い霧となって消滅する。


「ア、アァ……俺ノ、剣ガ……最強ノ……」


 クリスが呆然と自分の手を見る。

 武器を失った彼は、ただの大きな的だった。

 俺は流れるような動作で、彼のみぞおちに掌底を叩き込んだ。


 ドォォォンッ!


 衝撃波が背中へ突き抜ける。

 魔力の供給源である核(コア)を正確に撃ち抜いた一撃。

 クリスの魔人化が解け、白目を剥いてその場に崩れ落ちた。


「次」


 俺は間髪入れずに横を向いた。

 そこには、魔法剣を構えたジュリアスが迫っていた。


「兄サンヲ! 良クモォォッ! 消エロ、塵トナレ!」


 ジュリアスの魔法剣が輝く。

 それは物理的な刃ではない。数千度のプラズマと、空間切断魔法を複合させた、純粋なエネルギーの刃だ。

 触れれば指で摘むどころか、原子レベルで分解される。


「僕ノ魔法剣ハ無敵ダ! 物理干渉無効! 防御不能!」


 ジュリアスが狂喜の笑みを浮かべて横薙ぎに払う。

 確かに強力だ。普通の戦士なら防ぐ手立てはない。

 だが、俺はエンジニアだ。

 目の前の現象がどのようなロジックで動いているか、全て見えている。


 ――解析:複合魔法術式。

 ――構成:炎属性40%、空間属性30%、維持用魔力30%。

 ――エラー:属性間の干渉制御が甘い。維持用魔力のループ処理に遅延(ラグ)あり。


「コード『最適化(オプティマイズ)』。属性比率変更。維持魔力カット」


 俺は迫りくるエネルギーの刃に向かって、デコピンをするように中指を弾いた。

 パチンッ。

 俺の指先から放たれた微弱な魔力が、ジュリアスの魔法剣の術式に干渉する。

 計算式を書き換える。

 攻撃魔法としての定義を削除し、無害な『環境エフェクト』へと上書きする。


 シュウゥゥゥ……。


 ジュリアスの魔法剣が、俺の首に触れる寸前で霧散した。

 いや、消えたのではない。

 無数の美しい花びらと、シャボン玉へと変化して弾けたのだ。


「え……? 花……?」


 ジュリアスが固まる。

 必殺の魔法剣が、フラワーシャワーに変わってしまった現実に、彼の思考処理が追いつかない。


「魔法ってのは、世界を記述する言語だ。お前のコードは汚すぎる。もっとスマートに書けよ」


 俺は呆然とするジュリアスの額に、人差し指をトンと当てた。

 『強制終了(シャットダウン)』。

 脳内の魔力回路を一時的に遮断する。


「あ……」


 ジュリアスの目が虚ろになり、糸が切れた操り人形のように倒れた。

 魔人化の黒い甲殻がボロボロと剥がれ落ち、元の貧相な青年の姿に戻っていく。


 わずか数十秒。

 ザルクが最強の駒として差し向けた二人は、俺の指先一つで沈黙した。


 静寂が戻る。

 俺は倒れた二人を見下ろし、小さく息を吐いた。


「……悪いな。少し手荒だったか」


 殺してはいない。

 体内の魔族因子と、暴走していた魔力回路を焼き切っただけだ。

 これで彼らは二度と魔法を使えないかもしれないし、剣を振れないかもしれない。

 だが、人間として生きることはできる。

 それが、かつて家族だった者への、俺なりの最大限の慈悲だった。


『……ホウ』


 玉座から、感心したような、それでいて底冷えするような声が響いた。

 ザルクだ。

 手駒を一瞬で潰されたというのに、奴は余裕の笑みを崩していない。


『見事ダ。我ガ与エタ力ヲ、解析ト干渉ダケデ無力化スルカ。……黄金ノ錬金術師。貴様ノソノ瞳、実ニ興味深イ』


 ザルクがゆっくりと立ち上がり、階

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