第23話 王国騎士団の包囲網。最新鋭の魔導鎧VS木の棒

 王都での一夜が明け、俺は約束通り(勝手に決めた時間だが)王城へ向かうことにした。

 宿の朝食――ふわふわのオムレツと厚切りベーコン――を堪能し、優雅にコーヒーを飲んでからの出発だ。

 時刻は正午過ぎ。重役出勤にも程があるが、相手を待たせるのもSランクの特権ということにしておこう。


「……ねえ、アレウス。本当に行くの? 正面から」


 馬車の窓から見える王城の威容に、セリアが顔を青くしている。

 彼女にとって王城は、かつて父が忠誠を誓い、そして裏切られた因縁の場所だ。緊張するなと言う方が無理かもしれない。


「正面から堂々と行くさ。コソコソ裏口から入ったら、それこそやましいことがあるみたいだろ」

『主よ、昨日の騒ぎで警備が厳重になっているぞ。あの城全体から、ビリビリとした殺気を感じる』


 ポチが鼻を鳴らす。

 確かに、城門に近づくにつれて、衛兵の数が明らかに多い。しかも、通常の衛兵ではない。全身を機械的なフォルムの鎧で覆った、異様な集団が待ち構えている。


「止まれ! 貴様がアレウスか!」


 城門の前で、馬車が止められた。

 立ち塞がったのは、身長二メートルを超す巨漢の騎士だった。彼が身につけている鎧は、鈍い銀色に輝き、関節部分からは蒸気機関のような排気ガスと、赤い魔力の光が漏れ出している。

 見るからに重厚で、そして「最新鋭」を主張するデザインだ。


「……俺がアレウスだが。通してもらえるか?」


 俺が御者台から声をかけると、巨漢の騎士は兜の奥でニヤリと笑った気配がした。


「通すわけがなかろう。陛下からの命令だ。『アレウスの実力を試せ』とな。ここから先へ進みたければ、我ら『王立機動騎士団』を突破してみせよ」


 試練、という名目の私刑(リンチ)か。

 俺は周囲を見渡した。

 城門前の広場には、同じような魔導鎧を着込んだ騎士が百名近く展開している。

 完全包囲だ。


「俺は騎士団長、ゾルグ。昨日、剣聖クリス様を愚弄した罪、その体で償ってもらうぞ」

「剣聖が弱すぎただけだろ。……で、その大袈裟な鉄屑を着込んで、俺とやる気か?」


 俺が鎧を指差すと、ゾルグは激昂した。


「鉄屑だと!? 貴様、この『魔導鎧(マギ・アーマー)マークV』を知らんのか! ルークス公爵家の次男、大魔導ジュリアス様が設計し、王立工房が総力を挙げて開発した最新兵器だ! 着用者の魔力を十倍に増幅し、Aランク魔獣とも単独で渡り合える最強の鎧だぞ!」


 ジュリアス兄さんが作ったのか。

 俺はため息をついた。

 なるほど、あいつらしい。


 スキル『物質解析』発動。

 俺の視界に、魔導鎧の設計図(ブループリント)が浮かび上がる。


 ――対象:魔導鎧マークV(量産型)。

 ――構造:魔石駆動式強化外骨格。

 ――判定:設計ミス多数。

  ・魔力伝達ロス率:40%(配線が複雑すぎてエネルギーが無駄になっている)。

  ・冷却性能:不十分(あと十分稼働すれば熱暴走する)。

  ・関節可動域:60%(装甲が厚すぎて動きが制限されている)。


「……ひどいな」


 俺は思わず本音を漏らした。

 スペック上の数値だけを追い求めて、実用性を無視した典型的な「カタログスペック詐欺」の商品だ。こんなものを着て戦場に出たら、敵にやられる前に自重と熱で自滅するぞ。


「おい、降りてこい! それとも馬車ごと踏み潰されたいか!」


 ゾルグが巨大な戦鎚(ウォーハンマー)を構える。

 そのヘッド部分からは、ブォンブォンと不快な魔力音が響いている。


「セリア、ポチ。車内で待っててくれ。すぐに片付ける」

「あ、アレウス!? 武器は!?」

「いらない」


 俺は馬車から降りた。

 そして、広場の隅に落ちていた、衛兵の訓練用に使われていたであろう「木の棒」を拾い上げた。

 長さ一メートルほどの、何の変哲もない樫の木の棒だ。


「これで十分だ」


 俺が棒を構えると、騎士団全体がどっと沸いた。


「木の棒だと!? 我らを舐めるのもいい加減にしろ!」

「ミスリル合金の装甲に、そんな枯れ木が通じるものか!」

「ミンチにしてやる!」


 ゾルグの号令と共に、百人の機動騎士が一斉に襲いかかってきた。

 地響きが鳴る。

 重量級の鎧が集団で突進してくる様は、さながら重戦車の暴走だ。


 だが、遅い。

 あまりにも遅すぎる。

 俺の目には、彼らの動きがコマ送りのように見えていた。


「処理落ちしてるぞ。重すぎて演算が追いついてない」


 俺は突っ込んできた先頭の騎士の剣を、半歩ずれて躱した。

 そして、すれ違いざまに木の棒で、鎧の脇腹にある小さな突起をコンと叩いた。


 プシュッ……ガシャン!


 その一撃だけで、騎士の鎧がバラバラに分解され、中の人間が地面に転がった。


「な……ッ!?」

「次」


 俺は止まらない。

 右から迫る槍を屈んで避け、膝裏のジョイントを叩く。ガシャン。

 背後からのハンマーを棒で受け流し(再構築で棒の強度をダイヤ並みに強化済みだ)、背中の排熱ダクトを突く。ボンッ。


 俺が通り過ぎるたびに、最強のはずの魔導鎧が、まるで玩具のように崩れ去っていく。


「ば、馬鹿な! 叩いただけで鎧が壊れただと!?」

「壊してない。強制解除(パージ)スイッチを押しただけだ」


 俺は淡々と解説した。

 この鎧、緊急脱出用の機構が外側に露出しているのだ。整備性を重視したのだろうが、戦闘用としては致命的なセキュリティホールだ。ジュリアスの設計の甘さが露呈している。


「貴様ら! 距離を取れ! 魔法砲撃だ!」


 ゾルグが叫ぶ。

 残った騎士たちが距離を取り、掌に内蔵された魔導砲を俺に向けた。

 赤い光が収束する。


「消えろぉぉッ!」


 数十発の火球が一斉に発射された。

 逃げ場はない。

 普通なら。


「コード『反射(リフレクト)』」


 俺は木の棒をプロペラのように回転させた。

 先端に展開した魔力場が、飛来する火球を捉え、そのベクトルを反転させる。


 ヒュンヒュンヒュンッ!


 放たれた火球が、そのまま撃った本人たちの足元へと跳ね返った。


「うわぁぁぁッ!?」

「熱ッ! 熱いッ!」


 爆炎が広がる。

 鎧の冷却機能が低いせいで、内部は蒸し焼き状態だ。騎士たちはたまらず自分から鎧を脱ぎ捨て、パンツ一丁で転げ回る。

 ものの数分で、広場には金属片の山と、半裸の男たちの山が出来上がった。


「……さて」


 立っているのは、団長のゾルグただ一人。

 彼は信じられないものを見る目で、周囲の惨状を見回していた。


「お、俺の部隊が……最強の騎士団が、木の棒一本で……」

「最強っていうのは、道具に頼る奴のことじゃない。道具を使いこなす奴のことだ」


 俺は棒を肩に担ぎ、ゾルグに近づいた。


「おのれぇぇッ! アレウスゥゥッ!!」


 ゾルグが咆哮する。

 彼の鎧が、禍々しい赤黒い光を放ち始めた。


「リミッター解除! 最大出力(オーバードライブ)! この身が燃え尽きようとも、貴様だけは道連れにする!」


 暴走だ。

 鎧の魔力炉を臨界点まで暴走させ、自爆特攻を仕掛けるつもりだ。

 周囲の大気がビリビリと震える。

 このまま爆発すれば、王城の正門ごと吹き飛ぶ威力がある。


「させないよ」


 俺は一瞬で距離を詰めた。

 ゾルグが反応するよりも速く、懐に潜り込む。


「解析。エラー要因特定。……冷却回路のバイパス遮断」


 俺は木の棒を突き出し、ゾルグの鎧の胸部にあるコアパーツを正確に突いた。

 力任せの打撃ではない。

 魔力の波長を合わせ、暴走するエネルギーを逆流させる精密動作。


 バチィッ!!


 強烈なスパークが散った。

 鎧の輝きが一瞬で消え、ゾルグはその場に膝をついた。

 強制シャットダウンだ。


「ガ……ハッ……」


 ゾルグは動かなくなった重い鎧の中で、荒い息を吐いていた。

 爆発は防がれた。だが、魔力枯渇(ガス欠)で指一本動かせないだろう。


「……メンテナンス不足だ。出直してこい」


 俺は彼に背を向けた。

 手の中の木の棒は、役目を終えて灰となって崩れ落ちた。さすがに魔導鎧のエネルギー干渉には耐えきれなかったようだ。


 静まり返った広場を、俺はまっすぐに城門へと向かって歩いた。

 城壁の上から見ていた衛兵たちは、誰も俺を止めようとはしなかった。

 止める武器も、気力も残っていなかったからだ。


「アレウス!」


 馬車からセリアが顔を出す。

 その目はキラキラと輝いていた。


「すごい……! あんな最新兵器を、本当に棒きれ一本で……!」

『主よ、あやつらの鎧、溶かしてインゴットにすれば金になりそうだが?』

「今はいい。ゴミ拾いは後だ」


 俺たちは再び馬車を進め、開け放たれた城門をくぐった。


 ◇


 王城の中庭に入ると、そこには既に大勢の貴族や、軍の上層部が集まっていた。

 どうやら、城門での騒ぎを聞きつけて見物に来ていたらしい。

 彼らは俺を見ると、蜘蛛の子を散らすように道を開けた。

 恐怖と畏怖。

 「機動騎士団」が壊滅したという情報は、既に伝わっているようだ。


 その人垣の奥、玉座へと続く大階段の上に、数人の人影があった。

 国王。

 そしてその隣に立つ、威厳ある髭を蓄えた男――父、ガラルド公爵。

 さらに、青いローブを纏い、神経質そうな眼鏡をかけた青年――次男、ジュリアス。


 役者は揃ったようだ。


 俺は馬車を降り、セリアとポチを従えて階段の下に立った。

 跪きはしない。

 ただ、対等な視線で彼らを見上げた。


「……到着しましたよ。随分と熱烈な歓迎でしたね」


 俺が皮肉を言うと、ガラルド公爵が顔を歪めた。


「アレウス……! 貴様、王城の前で何たる狼藉を! 騎士団を壊滅させるなど、反逆罪に問われても文句は言えんぞ!」


「襲われたから払いのけただけです。それに、あんな欠陥品(鎧)を配備している方が罪深いのでは? 兄さん」


 俺は視線をジュリアスに向けた。

 ジュリアスはギリギリと歯噛みし、眼鏡の位置を直した。


「……欠陥品だと? 僕の最高傑作を、よくも愚弄してくれたな」

「事実だろ。冷却効率が悪すぎるし、安全装置もザルだ。あんなもの着せられる騎士たちが可哀想だ」


 俺の指摘に、ジュリアスは顔を紅潮させ、震える指で俺を指差した。


「黙れ! 鑑定しかできない無能が、魔導工学の何を知っている! たまたま相性が悪かっただけだ! 僕の魔法理論は完璧なんだ!」


 完璧。

 エンジニアが最も口にしてはいけない言葉だ。

 世界に完璧なシステムなど存在しない。あるのは常に改善の余地だけだ。


「まあいい。技術論争をしに来たわけじゃない」


 俺は国王に向き直った。


「Sランク冒険者アレウス、参上しました。ご用件を伺いましょうか」


 国王は興味深そうに俺を見ていた。

 怒っている様子はない。むしろ、俺の力を目の当たりにして、その価値を再評価しているようだ。


「うむ。遠路ご苦労であった。……まずは場所を変えよう。謁見の間へ」


 国王が踵を返す。

 父と兄は、射殺さんばかりの視線を俺に向けながら後に続いた。


 俺たちは大階段を上り、城の深部へと足を踏み入れた。

 ここからが本番だ。

 物理的な戦闘は終わった。次は、言葉と権謀術数が飛び交う政治の戦場だ。

 だが、俺の解析眼には、既に城内に漂う「異質な気配」が映っていた。


 ジュリアスの背後にまとわりつく、黒く淀んだ魔力の影。

 そして、父の目に見える、正気とは思えない狂信的な光。


(……やっぱり、入り込んでるな)


 ただの権力争いじゃない。

 この国の枢要は、既に『何か』に侵食されている。

 俺はポケットの中で拳を握りしめ、覚悟を決めた。


 徹底的に、デバッグしてやる。


 次回、黒幕の影。王国を操る古代魔族の存在。

 王城の地下深くに眠る、王国のタブーがいよいよ暴かれる。

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