第22話 王都召喚命令と、アレウスの拒絶

 王都グランドリア。

 王国の心臓部であり、大陸有数の巨大都市。

 堅牢な城壁に囲まれたその街は、中心にそびえる白亜の王城と、それを取り巻く貴族街、そして広大な市街地からなる繁栄の象徴だ。


 俺たちの乗った特注馬車は、西の大門に到着していた。

 門の前には長蛇の列ができていたが、俺の馬車を見るなり、周囲の空気がざわめき始めた。

 無理もない。流線型のフォルムに、サスペンション付きの車輪、そして魔力エンジンによる静音走行。この世界の技術レベルから数百年は進んだオーパーツのような馬車だ。


「……空気が悪いわね」


 御者台の隣に座るセリアが、不安げに呟いた。

 彼女の碧眼は、門を守る衛兵たちのピリピリとした緊張感を感じ取っているようだ。


「王都の魔素濃度が異常だ。澱んでいる」


 俺は『魔力視』で街全体を覆う薄い膜のような瘴気を見ていた。

 人々は気づいていないが、精神に微弱な干渉を与えるノイズが走っている。魔族の影響か、あるいは国政の腐敗が具現化したものか。


『主よ、ここからは獣の臭いよりも、もっとタチの悪い欲望の臭いがするぞ』


 車内でくつろいでいたポチ(大型犬サイズ)が、鼻をひくつかせて顔を出した。


「ああ。魔の森の方がよほど空気が綺麗だったな」


 俺たちが門番にギルドカード(Sランクの輝きに門番が卒倒しかけた)を見せて通過しようとした、その時だった。


 カシャン、カシャン、カシャン……。


 統率の取れた足音が響き、門の内側から武装した集団が現れた。

 白銀の鎧に、王家の紋章が入ったマント。

 近衛騎士団だ。

 彼らは俺たちの馬車を取り囲むと、槍を構えて進行を阻んだ。


「Sランク冒険者、『黄金の錬金術師』アレウス殿とお見受けする!」


 先頭に立つ隊長格の男が、威圧的な声を張り上げた。


「国王陛下より勅命が下っている! 直ちに登城せよ! 陛下およびルークス公爵閣下が謁見の間にてお待ちである!」


 周囲の群衆がどよめく。

 入国審査もパスして、いきなり王城への連行命令だ。

 普通の冒険者なら、光栄に震えて跪く場面だろう。


 だが、俺は御者台から動かなかった。

 ただ気怠げに頬杖をつき、騎士を見下ろす。


「……断る」


 短く言い放った。

 騎士隊長の顔が強張る。


「こ、断るだと……? 貴様、王命であるぞ! Sランクといえども、王国の民ならば従う義務が――」


「俺は疲れてるんだ。長旅でな。それに、俺はまだ宿も取っていない。まずは風呂に入って、飯を食って、泥のように眠りたい気分なんだよ」


 俺はあくびをした。

 これは半分本音で、半分は交渉術(駆け引き)だ。

 ここで唯々諾々と従えば、俺は「使い勝手のいい駒」として扱われる。

 最初にマウントを取るのは、交渉の基本だ。


「ふざけるな! 陛下一同をお待たせする気か! これより強制連行する!」


 隊長が剣に手をかけた。

 部下たちも一斉に殺気を放つ。

 セリアが即座に反応し、聖剣の柄を握る。

 一触即発の空気。


 その時。


「――下がれ、無能ども」


 冷徹な声が響き渡った。

 騎士たちが割れ、その奥から一人の青年が歩み出てきた。

 金髪をなびかせ、宝石をちりばめた豪華な剣を腰に差した美丈夫。

 その全身からは、周囲を圧倒するような鋭利な魔力が立ち昇っている。


 俺の長兄。

 『剣聖』クリス・ヴァン・ルークスだ。


「久しぶりだな、アレウス。……相変わらず、間の抜けた顔をしている」


 クリスは俺を見上げ、鼻で笑った。

 かつて俺を「出がらし」と呼び、屋敷の庭で木剣で滅多打ちにした兄。

 その眼差しは、数年経った今も変わらず、絶対的な強者としての驕りに満ちていた。


「兄上か。わざわざ出迎えご苦労様」

「勘違いするな。父上が『お前のような礼儀知らずは、誰かが首に縄をつけてでも連れて来なければならん』と仰せでな。私が来てやったのだ」


 クリスは一歩踏み出した。

 ドッ! と圧力が放たれる。

 『剣聖の威圧』。

 並の戦士なら、この場に立っているだけで膝を折るほどのプレッシャーだ。


「Sランクになったと聞いて、少しはマシになったかと思ったが……所詮は錬金術師か。戦士としての覇気がまるで感じられん」


 クリスは俺の魔力を探ろうとしているようだが、俺の『隠蔽』スキルは彼ごときの感知能力では見破れない。

 彼に見えているのは、魔力を持たないただの一般人の姿だけだ。


「おい、アレウス。馬車から降りて跪け。そして靴を舐めろ。そうすれば、弟としての不敬は見逃してやる」

「……嫌だと言ったら?」

「ならば、手足を切り落としてでも連れて行く。陛下には『治療(ポーション)で治るから問題ない』と言っておけばいい」


 クリスが腰の剣を抜いた。

 シャラァン……と美しい音が鳴る。

 王家より賜った国宝級の剣、『聖剣・輝光(きこう)』だ。


「セリア、手を出すな」


 俺は飛び出そうとしたセリアを制し、ゆっくりと馬車から降りた。

 丸腰のまま、剣聖の前に立つ。


「ほう、武器も持たずに降りてくるとは。死にたいのか?」

「いや、解析(チェック)だ」


 俺はクリスの剣をじっと見つめた。

 スキル『物質解析』発動。


 ――対象:聖剣・輝光(レプリカ)。

 ――判定:外見は模造されているが、核となる魔石の純度が低い。

 ――状態:金属疲労蓄積。重心バランスに0.5ミリのズレ。


「……なんだ、それ」

「何?」

「お前が持ってるその剣、偽物(レプリカ)じゃないか」


 俺の一言に、その場が凍りついた。

 クリスの顔が引きつる。


「き、貴様……何を言っている! これは王家から賜った本物の聖剣だ! 『物質解析』ごときの鑑定眼で、聖剣の真偽が分かるものか!」


「分かるさ。刀身の光り方が安っぽい。本来の輝光はオリハルコン製だが、それはミスリルに金メッキをした合金だ。それに、重心がずれてる。お前、最近その剣で硬いものを無理やり叩いたろ? 刃の内部にマイクロクラックが入ってるぞ」


 俺は淡々と事実を列挙した。

 クリスは顔を真っ赤にして激昂した。


「黙れッ! この無能が、知ったような口を利くなァッ!」


 剣聖の神速の斬撃。

 目にも止まらぬ速さで、俺の首を狙って振り抜かれる。

 だが。


 キンッ。


 軽い音がして、クリスの剣が止まった。

 俺が、人差し指と中指の二本だけで、その刃を白刃取りしていたからだ。


「な……!?」


 クリスの目が限界まで見開かれる。

 周囲の騎士たちも絶句した。

 剣聖の一撃を、防具もなしに、指先だけで止めるなど、人間業ではない。


「重心がずれてるから、軌道が読みやすいんだよ。それに……」


 俺は指に力を込めた。

 『分解』の魔力を流し込む。


 パキィィィンッ!


 聖剣(レプリカ)の刀身が、俺の指の接触点から砕け散った。

 破片がキラキラと舞い散る。


「素材も脆い。やっぱり偽物だな」


「あ、あ、あぁぁ……ッ!? 俺の、聖剣が……ッ!?」


 クリスは折れた剣の柄を握りしめ、ガタガタと震えだした。

 剣士にとって、剣を折られることは死以上の屈辱。ましてや、「無能」と見下していた弟に、指先一つでへし折られたのだ。

 プライドの崩壊音は、剣が砕ける音よりも大きかっただろう。


「兄上。剣聖の称号が泣くぞ。道具の手入れくらい自分でやれ」


 俺は冷ややかに言い捨て、背を向けた。


「国王陛下には伝えておけ。『今日は疲れたので休む。話があるなら、そちらから出向いてくるのが筋だろう』とな」


 俺は呆然とする騎士たちの間を悠々と歩き、再び馬車に乗り込んだ。


「行くぞ、セリア。いい宿を探そう」

「う、うん……。相変わらず、滅茶苦茶ね」


 セリアも苦笑しながら手綱を握る。

 馬車が動き出し、俺たちは静まり返る近衛騎士団を置き去りにして、王都の目抜き通りへと消えていった。


 ◇


 王都中心部にある最高級宿屋『金獅子の鬣(たてがみ)亭』。

 その最上階のスイートルームにチェックインした俺は、ようやくソファに身を沈めた。


「ふぅ……。到着早々、一仕事だったな」


 窓の外には、夕暮れに染まる王都の街並みと、その中心に鎮座する王城が見える。

 さっきの騒動は、今頃城内で大問題になっているはずだ。


「アレウス、本当に良かったの? あんな挑発して」


 セリアが荷物を解きながら心配そうに聞いてくる。

 ポチは既にルームサービスの高級ステーキにかぶりついていた。


「いいんだよ。向こうは俺の力を欲しがっている。殺しはしない。それに、あそこで折れていたら、一生奴らの下僕扱いだ」

「それはそうだけど……でも、お兄さんの剣、本当に偽物だったの?」

「ああ。だが、問題は『誰がすり替えたか』だ」


 俺は目を細めた。

 クリスは本物だと信じていた。つまり、王家か、あるいは公爵家の誰かが、本物の聖剣を横領し、偽物を持たせていたことになる。

 そして、その本物の聖剣が持つ強大な聖なる魔力は、ある種の儀式や、魔族に対抗する(あるいは利用する)ために不可欠なリソースだ。


「王都の闇は深そうだな」


 俺が呟いた時、部屋の扉がノックされた。

 騎士の乱入ではない。丁寧で、控えめなノックだ。


「……誰だ?」


 俺が警戒しつつ解析眼を飛ばすと、扉の向こうには一人の初老の男性が立っていた。

 身なりは執事風だが、その内包する魔力は洗練されている。


「エリュシオンの英雄、アレウス様でいらっしゃいますか? 私は冒険者ギルド王都本部のギルドマスター、サイモンと申します」


 ギルド側の人間か。

 俺はセリアに目配せをして、扉を開けさせた。

 入ってきたのは、白髪を綺麗に撫で付けた紳士だった。


「突然の訪問、失礼いたします。西門での一件、既に耳に入っております。剣聖様の剣をへし折ったとか……痛快な話ですな」


 サイモンは悪戯っぽく笑った。

 どうやら敵ではないらしい。


「何の用ですか? 説教なら聞きませんよ」

「滅相もございません。Sランク冒険者に対し、ギルドが意見するなど不敬にあたります。私はただ、貴方様に『味方』がいることをお伝えに来たのです」


 サイモンは懐から一通の手紙を取り出した。


「これは、あるお方からの書状です。貴方様が王家や公爵家と対立した場合、後ろ盾になると仰っております」


 手紙を受け取る。

 差出人の名前を見て、俺は少し驚いた。


『第三王女 アイリス・フォン・グランドリア』


 王族だ。

 しかも、病弱で離宮に隠居していると噂の末姫。


「……王女殿下が、俺に?」

「はい。アイリス様は、現在の王国の腐敗、そして影に潜む魔族の気配にいち早く気づき、対抗策を探しておられました。貴方様のポーションで命を救われた一人でもあります」


 なるほど。俺がばら撒いた『神の涙(エリクサー・改)』が、巡り巡って王女の元に届いていたのか。


「アイリス様は仰っています。『王城には魔物が棲んでいる。どうか、その黄金の瞳で真実を暴いてほしい』と」


 サイモンは真剣な眼差しで俺を見た。

 冒険者ギルドもまた、王家の中枢に入り込んだ異物に危機感を抱いているようだ。


「……厄介ごとは御免なんだがな」


 俺は手紙をテーブルに置いた。

 だが、断る理由はなかった。

 俺の実家、そして王国を蝕む元凶。それらを排除しなければ、俺の求めている「最適化された世界」は実現しない。


「分かった。王女殿下には『善処する』と伝えてくれ」

「感謝いたします。ギルドも総力を挙げて貴方様をサポートいたしましょう。宿代も、全てギルド持ちにさせていただきますので」


 サイモンは深々と一礼し、部屋を去っていった。

 宿代タダ。それが一番嬉しい報告だったかもしれない。


「アレウス……これ、完全に国を巻き込んだ戦いになるわね」

「ああ。乗りかかった船だ。とことんやるさ」


 俺は窓の外、闇に包まれ始めた王城を見上げた。

 あの中に、俺を追放した父と、もう一人の兄ジュリアス、そして魔族の手先が潜んでいる。


 明日、俺は自分から王城へ乗り込む。

 呼び出しに応じるのではない。

 Sランク冒険者として、腐ったシステムをデバッグするために。


 次回、王国騎士団の包囲網。

 最新鋭の魔導鎧VS木の棒。

 技術力の差をまざまざと見せつけてやろう。

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