第20話 Sランク昇格。辺境に「黄金の錬金術師」あり
未曾有の危機『ダンジョン・スタンピード』から一夜が明けた。
エリュシオンの街は、奇妙な熱狂と静寂が入り混じった朝を迎えていた。
多くの冒険者や騎士が傷つき、城壁の一部は損壊したが、民間人の死傷者はゼロ。
一万五千を超える魔物の大群と、ドラゴン、そしてネクロマンサーを相手にしてのこの戦果は、歴史に残る奇跡と言ってよかった。
そして、その奇跡の中心にいたのが誰なのか、今や街中の誰もが知っていた。
「……出られないな」
俺は屋敷のリビングで、カーテンの隙間から外を覗いて溜息をついた。
屋敷の正門前には、早朝から黒山の人だかりができていた。
市民、商人、貴族の使者、そして吟遊詩人たち。
彼らは手に手に花束や貢ぎ物を持ち、「救世主様にお目通りを!」「英雄アレウス万歳!」とシュプレヒコールを上げている。
「完全に包囲されてるわね」
セリアが苦笑しながら、冷めた紅茶を淹れ直してくれた。
彼女も昨日の戦闘でボロボロだったはずだが、俺が作った『飛竜の戦姫鎧』の回復機能とポーションのおかげで、すっかり元気を取り戻している。
「これじゃ素材採取にも行けない。ポチ、威嚇して追い払ってくれ」
『断る。あの人間ども、美味そうな肉を供えているぞ。我にとっては良い餌場だ』
ポチは窓の外を眺めながら、尻尾を振っていた。
神獣のプライドはどこへ行ったのか。餌付けされかけている。
その時、屋敷のインターホン(魔導式通話機)が鳴った。
生体認証をパスできる数少ない人物からの来訪だ。
『アレウス殿、冒険者ギルドのガンツだ。……入ってもいいか?』
モニター越しに、疲労困憊といった様子のギルドマスターの顔が映った。
俺はゲートを開けた。
◇
リビングに通されたガンツは、ふかふかのソファに深々と沈み込み、長い息を吐いた。
「……いい家だな。外の騒ぎが嘘のように静かだ」
「防音結界を張ってますからね。それで、今日は何の用で? まさか、壊した城壁の弁償請求じゃないでしょうね?」
俺が冗談めかして言うと、ガンツは真顔で首を振った。
「逆だ。街を救った礼と、報酬の支払い、そして……『昇格』の通達だ」
ガンツは懐から、一枚のカードを取り出してテーブルに置いた。
それは、鈍い輝きを放つ黒金のプレートだった。
刻まれた文字は『Rank : S』。
そして、その下には新たな称号が刻まれていた。
『黄金の錬金術師(ゴールド・アルケミスト)』
「……なんだこれ」
俺は眉をひそめた。
俺の今のランクはFだ。いくら活躍したからといって、いきなりSランクというのは飛び級にも程がある。
「ギルド本部と、領主であるローゼンバーグ侯爵との連名による特例措置だ」
ガンツは重々しく言った。
「カース・ドラゴンを含む三万の魔物を単独で殲滅。さらに城壁を一瞬で修復し、ゴーレム化させる超常の技術。……これを『Fランク』の枠に留めておくことは、ギルドとしての信用問題に関わる」
彼は身を乗り出した。
「お前はもう、一個人の冒険者じゃない。国家戦力に匹敵する存在だ。Sランクというのは、そういう連中のための枠だ」
Sランク冒険者。
世界に数人しかいないとされる、伝説級の強者たち。
国王と同等の発言権を持ち、あらゆる法的な拘束を受けず、ギルドの全施設を無料で利用できる特権階級。
「それに、その二つ名。『黄金の錬金術師』」
ガンツがニヤリと笑った。
「お前が城壁を直した時の光、そしてポーションや装備を作る時の光。それがいつも黄金色に輝いていることから、市民たちが勝手に呼び始めた。……悪くない響きだろ?」
「錬金術師じゃないんですけどね。ただの素材鑑定士で」
「今更そんな言い訳が通じるか。世間はお前をそう認識したんだ」
俺は頭を抱えた。
黄金の錬金術師。
中二病全開のネーミングだが、確かに俺の『再構築』の光は金色の粒子を放つ。否定しきれないのが辛い。
「受けるしかないのか?」
「拒否すれば、お前を狙って国内外からさらに有象無象が押し寄せるぞ。『Sランク』の看板があれば、雑魚は寄ってこない。貴族たちも下手な手出しはできなくなる」
防波堤としてのSランクか。
確かに、いちいち決闘を申し込まれたり、勧誘されたりするのは面倒だ。Sランクの威光で黙らせられるなら、それも悪くない選択肢(オプション)かもしれない。
「分かりました。受けますよ」
俺は黒金のプレートを手に取った。
ずしりと重い。
「賢明な判断だ。……それともう一つ。捕縛したネクロマンサー、グルゴスの件だ」
ガンツの声が低くなった。
「地下牢で尋問を行った。奴は、魔王軍の幹部『暴食のベルゼビュート』の配下だと自白した」
「ベルゼビュート……七つの大罪の名を冠する上位魔族か」
「ああ。奴らの目的は、この辺境にあるとされる『古代遺跡』の封印を解くことらしい。今回のスタンピードも、そのための陽動と、封印解除に必要な『死のエネルギー』を集めるための儀式だった」
古代遺跡。
俺が屋敷を買った時に感じた違和感、そしてこの土地に眠る異常な魔力濃度の高さ。
どうやら、このエリュシオンの地下には、俺の想像を超える「何か」が埋まっているらしい。
「魔族はまだ諦めていないだろう。グルゴスは先兵に過ぎない。いずれ、本隊が来る」
「その時は、俺がまた『掃除』しますよ。ここ(マイホーム)を壊されるのは困るんでね」
俺が淡々と答えると、ガンツは頼もしそうに笑った。
「ハッ、違いない。……頼んだぞ、Sランク様」
◇
その日の午後。
俺は屋敷のテラスで、セリアと向かい合っていた。
彼女もまた、昨日の功績によりBランクへの昇格が決まっていた。没落騎士の汚名を返上し、若きエースとして期待されている。
「Sランク……本当になっちゃったのね」
セリアが俺のプレートをまじまじと見つめる。
「雲の上の存在だと思ってたけど、アレウスを見てると……なんか、実感がないわ」
「俺自身も実感はないさ。ただの肩書き(ラベル)だ」
「でも、これで貴方は有名人よ。王都にも名前が届くわ」
王都。
その言葉に、俺は少しだけ表情を曇らせた。
王都グランドリアには、俺の実家であるルークス公爵家がある。
俺を「役立たず」と追放した父や兄たち。彼らがこのニュースを聞いたら、どう思うだろうか。
「……まあ、今更関係ないか」
俺はコーヒーを啜った。
追放された時点で、縁は切れている。向こうが関わってこない限り、俺から接触するつもりはない。
だが、運命とは皮肉なものだ。
俺がそう思った矢先、空から一羽の使い魔(フクロウ)が飛来した。
フクロウはテラスの手すりに止まると、足に結ばれていた手紙を落とし、魔法のように消え失せた。
「使い魔……? 誰から?」
セリアが警戒する。
俺は落ちた手紙を拾い上げた。
封蝋に押された紋章。
それを見た瞬間、俺の目は冷たく細められた。
剣と杖が交差する紋章。
ルークス公爵家の家紋だ。
「……実家からだ」
俺は封を切った。
中に入っていたのは、簡潔な命令書だった。
『親愛なる息子アレウスへ。
辺境での活躍、聞き及んでいる。
我が家の血筋が、かの地で花開いたことを誇りに思う。
つきましては、至急王都へ帰還せよ。
国王陛下が、新たなSランク冒険者に謁見を望んでおられる。
また、お前のスキルについて、改めて話がしたい。
――父、ガラルド・ヴァン・ルークスより』
「……はっ」
俺は鼻で笑った。
親愛なる息子? 誇りに思う?
どの口が言うんだ。
散々「役立たず」「面汚し」と罵って捨てたくせに、俺が利用価値があると分かった途端、手のひらを返して擦り寄ってきたわけだ。
「アレウス……?」
「ゴミだな」
俺は手紙を握りつぶした。
そのまま燃やしてしまおうかと思ったが、一文だけ気になる箇所があった。
『国王陛下が謁見を望んでおられる』
王命だ。
Sランク冒険者は王と同格の特権を持つが、公式な召喚を無視すれば、エリュシオンという街自体に迷惑がかかる可能性がある。
それに、魔族の動きも気になる。王都の中枢に魔族の手が伸びているとしたら……。
「セリア、ポチ。……出張の準備だ」
俺は立ち上がった。
逃げるのは終わりだ。
俺の平穏を脅かす元凶が実家にあるなら、直接行って『最適化(わからせ)』してやるしかない。
「えっ、出張って……まさか、王都に行くの!?」
「ああ。凱旋帰国といこうじゃないか」
『ほう、人間の巣の中心か。美味いものはあるのか?』
ポチが期待に目を輝かせる。
俺はニヤリと笑った。
「さあな。だが、退屈はしないはずだ」
辺境の「黄金の錬金術師」が、王都へ還る。
それは、腐敗した王国の上層部と、俺を捨てた家族に対する、最大級のカウンターとなるはずだ。
◇
数日後。王都グランドリア。
ルークス公爵家の執務室にて。
ガラルド公爵は、報告書を読んで満足げに頷いていた。
「……フン、あのアレウスがSランクとはな。信じられんが、事実ならば我が家の益になる」
「父上、本当にあいつを呼び戻すのですか?」
側に控えていた長男、剣聖のクリスが不満げに言った。
「あいつは『物質解析』しか能のない出来損ないですよ。どうせ、魔道具か何かを拾って使っただけでしょう」
「それでもだ。Sランクという称号には政治的価値がある。それに、あの『黄金の光』……もしや、あいつのスキルには我々の知らない秘密があるのかもしれん」
次男、大魔導のジュリアスが眼鏡を押し上げた。
「僕も興味がありますね。先日のオークションの出品者『A』……あれもエリュシオンからでした。もしアレウスが関わっているなら、その技術、僕が全て搾り取ってやりますよ」
公爵たちは嗤った。
彼らはまだ知らなかった。
彼らが呼び寄せようとしているのが、従順な息子ではなく、世界をひっくり返す力を持った『怪物』であることを。
王国の危機。魔族の陰謀。そして家族との対峙。
全ての因縁が交錯する王都編、開幕。
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