第18話 防衛戦開始。アレウスの設置した自動防衛魔導具が火を噴く

 戦場に舞い降りた『鮮血の戦乙女』、エルザ・フォン・ローゼンバーグ侯爵の介入により、絶体絶命の窮地にあったセリアは死の包囲網から脱出した。


「ふん、無様ですわね。没落したとはいえ、レインバーグ家の娘が雑魚相手に囲まれるなんて」


 エルザは巨大な鎌を一閃させ、残っていたギガント・オーガの首を刈り取りながら、冷ややかな視線をセリアに向けた。

 だが、その言葉とは裏腹に、彼女の配下の騎士たちが素早くセリアを護衛し、城壁への退路を確保している。


「……感謝します、領主様!」

「勘違いしないで。私は私の領民を守る義務を果たしただけ。さあ、下がりなさい! ここは私の『鉄血騎士団』が引き受けます!」


 エルザの号令と共に、黒い鎧を纏った五十名の精鋭騎士たちが展開する。

 彼らは一糸乱れぬ連携で魔物の波に斬り込み、防波堤を築いた。さすがは辺境最強と謳われる私兵団だ。個々の戦闘レベルはCランク冒険者を凌駕している。


 セリアは城壁を駆け上がり、俺の元へと戻ってきた。

 息は上がっているが、怪我はない。


「アレウス! ごめん、助けられたわ」

「無事で何よりだ。だが、礼を言うのはまだ早いぞ」


 俺は眼下の戦況を見下ろしながら、表情を硬くした。

 エルザたちの加勢で前線は安定したように見える。しかし、俺の『解析』スキルが弾き出す戦況予測(シミュレーション)は、依然として『敗北』の可能性を示していた。


 ――敵戦力補充率:毎分500体。

 ――個体強化率:150%上昇(狂化・再生能力付与)。

 ――味方消耗率:急増中。


「あいつら、ゾンビみたいに蘇りやがるぞ!」


 ガンツが叫んだ。

 その言葉通り、騎士たちが倒したはずのオークが、黒い瘴気を吸い込んで傷を塞ぎ、再び立ち上がっていた。

 後方からは新たな魔物の群れが湧き出し、エルザの騎士団を物量で押し潰そうとしている。


「くっ、キリがありませんわね……! 一体どれだけいますの!?」


 エルザが鎌を振るい、広範囲の氷魔法で敵を凍結させるが、すぐに後続が氷を砕いて突進してくる。

 彼女の額に焦りの汗が滲む。

 精鋭とはいえ、人間には体力の限界がある。対して、魔物たちは疲れを知らない。このまま消耗戦が続けば、いずれ騎士団の陣形は崩壊する。


「……ギルマス、弾薬(マナ)の残量は?」

「もうカツカツだ! お前の設置した防衛ユニットも、砲身が真っ赤になってやがる! これ以上撃ったら爆発するぞ!」


 俺が設置した五十基のガトリング砲型ユニットも、連続射撃による熱で限界を迎えつつあった。

 冷却魔法が追いついていない。


「なるほど。汎用モデルの限界か」


 俺は冷静に頷いた。

 所詮は急造品だ。数千の雑魚を散らすには十分だが、再生能力持ちの数万の軍勢を相手にするにはスペック不足だったようだ。


「なら、バージョンアップ(仕様変更)といこうか」


 俺は城壁の最前部に立ち、両手を広げた。

 足元の城壁全体に張り巡らせた魔力回路にアクセスする。


「セリア、耳を塞いでろ。あと、目を保護するゴーグルをかけろ」

「えっ? また何かやる気!?」

「フェーズ2、移行。全ユニット、リミッター解除(オーバークロック)。冷却システム強制停止」


 俺の言葉と共に、並んでいた防衛ユニットの回転音が変わった。

 ヒュイイイィィン……という甲高い駆動音が、鼓膜をつんざくような低音の唸りへと変貌する。

 赤熱していた砲身が、さらに熱を帯びて白く輝き始めた。


「お、おいアレウス! 冷却停止って、溶けちまうぞ!?」

「溶ける前に撃ち尽くせばいい。それに、ただの魔力弾じゃ再生する奴らは止められない」


 俺はニヤリと笑い、最後のコマンドを入力した。


「弾種変更。属性:『プラズマ焼夷弾』。対象座標、前方500メートル全域」


 カッッッ!!!!


 瞬間、エリュシオンの夜が一瞬で昼へと変わった。

 五十基のユニットから一斉に放たれたのは、弾丸ではない。

 極限まで圧縮され、超高熱のプラズマと化した『青白い光の奔流』だった。


 ズドオォォォォォォォォォッ!!!


 もはや連射音ですらない。

 空気を焼き焦がす轟音と共に、光の帯が扇状に広がり、地上の魔物の群れを薙ぎ払った。

 再生能力? 硬い皮膚? 関係ない。

 数千度の熱量を持ったプラズマの前では、生物も装備も等しく蒸発するのみ。


「な、なん……だ、これは……!?」


 前線で戦っていたエルザが、目を見開いて立ち尽くす。

 彼女の目の前数メートルの場所を、光の奔流が通過していった。

 その先には、数千体の魔物がひしめいていたはずだった。

 だが、光が収まった後には、何もなかった。

 ただ、黒くガラス化した大地と、陽炎が揺らめく空間が広がっているだけ。


 一撃。

 たった一度の斉射で、スタンピードの前衛部隊三千体が消滅(デリート)した。


「……ふぅ。排熱処理完了」


 シュゥゥゥ……と白煙を上げ、役目を終えた防衛ユニットたちが崩れ落ちる。

 負荷に耐えきれず、完全にスクラップになったようだ。

 だが、コストに見合う戦果は挙げた。


「ば、馬鹿な……」


 ガンツが震える声で呟く。

 城壁の上の冒険者たちも、あまりの威力に歓声を上げることすら忘れ、呆然と焼け野原を見つめていた。

 これは魔法ではない。

 戦略級の兵器だ。


 しかし、俺の仕事はまだ終わっていない。

 前衛を一掃したことで、視界が開けた。

 その彼方、森の境界線付近に、ひときわ巨大な影と、禍々しい魔力の源が見える。


「……見つけた」


 俺は『遠見』の魔法を併用した解析眼で、その正体を捉えた。

 魔物の群れの後ろに鎮座するのは、全身が腐った肉と骨で構成された巨大な竜――『カース・ドラゴン(呪竜)』。

 そして、その頭上に立つ、黒いローブの人影。


 ――対象:上級魔族・ベルゼビュート配下、ネクロマンサー『グルゴス』。

 ――目的:エリュシオンの壊滅と、『負の感情(エネルギー)』の収集。


「なるほど。魔族が糸を引いていたか」

「ま、魔族だと!?」


 俺の独り言を聞きつけたセリアが顔色を変える。

 魔族。それは人類の天敵であり、数百年前に勇者によって封印されたはずの存在だ。それが現世に現れたとなれば、事態は一地方の防衛戦から、国家存亡の危機へと跳ね上がる。


「グルアァァァァッ!!」


 カース・ドラゴンが咆哮を上げた。

 プラズマ攻撃で前衛が消滅したことに激怒したのか、あるいは俺たちの存在に気づいたのか。

 ドラゴンの口が大きく開かれ、ドス黒い闇のブレスがチャージされる。


「まずい! あれは『腐食の吐息(アシッド・ブレス)』だ! 壁ごと街を溶かす気だ!」


 ガンツが絶叫する。

 射程距離は十分。今の強化された城壁でも、直撃すればただでは済まない。物理防御は完璧でも、状態異常系の魔法攻撃は透過する可能性がある。


「させないわ!」


 エルザが叫び、空中に飛び上がった。

 彼女は自身の魔力を限界まで練り上げ、巨大な氷の盾を展開しようとする。

 だが、間に合わない。

 ブレスの充填速度が速すぎる。


「ちっ……防衛ユニットは全部壊れちまった。迎撃手段が……」


 俺は周囲を見渡した。

 手持ちの魔道具は在庫切れ。

 俺自身が極大魔法を放てば相殺できるが、それでは周囲への被害が大きすぎるし、正体を隠すこともできなくなる。


(……いや、あるな)


 俺の視界が、一つの『素材』を捉えた。

 それは、街の広場に飾られている、かつての英雄の銅像――ではなく。

 俺の足元にある、この城壁そのものだ。


「ポチ!」

『なんだ!』

「城壁の魔力回路に、お前の魔力を流し込め! 全開でだ!」

『何をさせる気だ!?』

「この壁自体を、『ゴーレム』に変える!」


 俺の狂った提案に、ポチですら一瞬固まったが、すぐに理解して前足を壁に叩きつけた。神獣の膨大な魔力が石材に注入される。

 俺はそれを受け取り、構造変換のコードを書き込む。


 ――対象:多層強化コンクリート壁(全長500メートル区画)。

 ――処理:自律機動要塞(フォートレス・ゴーレム)への変形。


「起きろ! 『守護神(ガーディアン)』!!」


 ズズズズズズズズズッ!!!


 再びの大地震。

 今度は、俺たちが立っている地面そのものが持ち上がった。

 城壁の一部が分離し、石材が複雑に組み変わり、数十メートルの巨人の腕を形成する。

 さらに、壁面から巨大な顔が出現した。


 それは、壁そのものが意思を持って動き出したような、前代未聞の光景だった。


「グオォォォォ……」


 城壁ゴーレムが低く唸る。

 その巨大な左腕が、カース・ドラゴンが放ったブレスの軌道上に割り込んだ。

 ジュワァァァァッ!!

 腐食のブレスがゴーレムの腕を焼く。ミスリルコンクリートが溶解し、白煙を上げる。

 だが、貫通しない。

 厚さ十メートルの装甲が、身を挺して街を守り切ったのだ。


「か、壁が……動いて……防いだ……?」


 エルザは空中で呆然としていた。

 彼女の常識(魔法理論)では説明がつかない。物質に一時的な命を与える『ゴーレム生成』は高等技術だが、都市防衛用の巨大城壁をそのままゴーレム化するなど、神の御業に等しい。


「反撃だ! 右ストレート!」


 俺はゴーレムの肩(城壁の上)から指示を出した。

 ゴーレムの目が光る。

 無事な右腕が振りかぶられ、大気の魔素を吸着して巨大な岩石の拳を形成する。


「ロケットパーーーーンチッ!!」


 俺の叫び(趣味だ)と共に、ゴーレムの右腕が射出された。

 肘部分に仕込んだ爆裂魔法陣が起爆し、推進力を与える。

 音速を超えて放たれた数百トンの質量兵器。


 ドゴォォォォォォォォンッ!!!


 それはカース・ドラゴンの腹部に直撃した。

 骨と腐肉の体がくの字に折れ、衝撃波が周囲の森を円形に吹き飛ばす。

 ドラゴンは悲鳴を上げることもできず、遥か彼方まで吹き飛び、山肌に激突して爆発した。


 頭上にいたネクロマンサーの影も、巻き添えを食らって霧散したのが見えた。


「……よし、討伐完了」


 俺はパンパンと手の埃を払った。

 指令を失った魔物の残党たちは、統率を失って烏合の衆となり、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めていた。

 それらを、勢いを取り戻したエルザの騎士団と冒険者たちが掃討していく。


 勝負ありだ。


 俺はゴーレム化を解除し、元の城壁へと戻した。

 ブレスを受けた左腕部分はボロボロだが、壁としての機能は果たしている。後で修復すればいい。


「……終わった……のか?」


 ガンツがへたり込んだ。

 そして、ゆっくりと俺の方を向いた。

 彼の目には、感謝以上の『畏怖』が宿っていた。

 それは周囲の冒険者たちも、そして地上に降り立ったエルザも同じだった。


「貴方は……一体、何者ですの?」


 エルザが城壁に上がり、俺に詰め寄った。

 その美貌には、隠しきれない動揺と、強烈な好奇心が浮かんでいる。


「城壁を一瞬で修復し、神代の兵器のような光を放ち、最後には壁そのものを巨人に変えてドラゴンを殴り飛ばす……。王国の宮廷魔導師筆頭でも、こんな芸当は不可能ですわ」


 彼女の視線が痛い。

 これは言い逃れできないレベルでやってしまったかもしれない。


「ええと……たまたま、古代遺跡で見つけた魔道具を使っただけで……」


 俺が苦しい言い訳をすると、エルザは目を細めた。


「嘘はおよしなさい。その魔力制御、そしてあの『戦姫鎧』を着た少女……全て貴方の手の内にあることは明白です」


 彼女は一歩踏み出し、俺の胸元を扇子でトンと突いた。


「アレウス様、と言いましたわね。貴方、私が保護(確保)させていただきますわ。こんな危険な才能、野放しにしておくわけにはいきませんもの」


 保護という名の軟禁宣言。

 だが、その瞳の奥には、どこか楽しげな、新しい玩具を見つけた猫のような色が混じっていた。


「……やれやれ」


 俺は空を見上げて溜息をついた。

 スタンピードは防いだが、俺の「目立たず平穏に暮らす」という防衛ラインは、完全に決壊してしまったようだ。


 戦いは終わった。

 だが、魔族の影、そして俺に目をつけた最強の女領主。

 エリュシオンでの生活は、ここからさらに激流へと飲み込まれていくことになる。


 次回、たった一人の援軍。魔物の大群が瞬時に消滅する……ではなく、事後処理編か?

 いや、まだ残党がいるかもしれない。気を引き締めなければ。

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