第16話 商業ギルドからの招待状と、悪徳商人の末路
その日の朝、俺の屋敷に一通の招待状が届いた。
最高級の羊皮紙に、金粉を混ぜたインクで仰々しい装飾が施された封筒。
差出人は『エリュシオン商業ギルド連合理事長 ボルロックス』とある。
「……趣味が悪いな」
俺はリビングで手紙を広げながら、眉をひそめた。
封筒からは、安っぽい香水の匂いがプンプン漂ってくる。
内容は要約するとこうだ。
『貴殿の作ったポーションについて重要な話がある。至急、商業ギルド本部まで出頭されたし。拒否した場合、今後の商業活動において保証はしかねる』
「完全に脅迫状じゃない」
横から手紙を覗き込んだセリアが、呆れたように言った。
彼女は新しい装備の手入れをしながら、心配そうな表情を向ける。
「ボルロックスといえば、この街の経済を牛耳っている大商人よ。裏社会とも繋がりがあるって噂で、逆らった店は次々と潰されているわ」
「なるほど。俺が安くポーションをばら撒いたせいで、彼らの暴利が貪れなくなったわけか」
俺の『ソーダ味ポーション』は、原価が安いため、教会の協力もあってほぼタダ同然で市民に行き渡っている。
一本金貨十枚で劣悪な薬を売っていた連中からすれば、俺は商売敵どころか、市場を破壊する災害そのものだろう。
「どうするの? 無視する?」
「いや、行くよ。バグは放置するとシステム全体に悪影響を及ぼす。早めに『修正(フィックス)』しておかないとな」
俺は立ち上がり、足元で寝ていたポチ(偽装モード)を軽く蹴った。
「行くぞポチ。散歩だ」
『……主よ、その「散歩」という名の害虫駆除には、我も必要なのか?』
「威嚇用だ。舐められないようにな」
◇
商業ギルド本部は、街の中心広場に面した豪華な石造りの建物だった。
冒険者ギルドの無骨さとは対照的に、床には大理石が敷き詰められ、壁には高価な絵画が飾られている。だが、そのどれもが「金持ちアピール」のためだけに置かれたようで、統一感のかけらもない。
「お待ちしておりました、アレウス様」
受付の男に案内され、最上階の理事長室へと通された。
部屋の中央には巨大な執務机があり、その奥に、宝石で飾られた指輪を全ての指にはめた、脂肪の塊のような男が座っていた。
ボルロックスだ。
「やあやあ、よく来てくれたね、若き天才鑑定士くん」
ボルロックスは立ち上がりもせず、葉巻を燻らせながらニヤニヤと笑った。
「単刀直入に言おう。君が作っているポーションの『製造権』を、我々商業ギルドに譲っていただきたい」
彼は机の上に、契約書と革袋をドンと置いた。
「金貨百枚だ。君のような子供には一生遊んで暮らせる大金だろう? その代わり、今後君は一切のポーション製造・販売に関わらないと誓約してもらう」
金貨百枚。
先日俺がオークションで稼いだ額の、実に二百分の一以下だ。
俺は契約書を手に取った。
スキル『物質解析』発動。インクの成分を見る。
――対象:契約書。
――特記事項:文字の一部に『認識阻害魔法』が付与されている。
――隠された条項:『製造者の全財産および、身体の所有権もギルドに譲渡する』。
「……随分とふざけた契約書ですね。奴隷契約まで仕込んであるとは」
俺が指摘すると、ボルロックスの目が細められた。
「ほう、魔法の隠し文字が見えるのか。鑑定士というのは伊達ではないらしいな」
彼は悪びれる様子もなく、指をパチンと鳴らした。
すると、部屋の左右にある隠し扉が開き、武装した男たちがぞろぞろと現れた。
総勢十名。
全員が黒い革鎧に身を包み、殺気を隠そうともしない。
「交渉決裂というわけだ。残念だよ。これらは『黒蛇(ブラック・バイパー)』。金さえ積めば汚れ仕事も請け負う、プロの傭兵たちだ」
ボルロックスが勝ち誇ったように笑う。
「君をここで消して、屋敷にある研究資料を全て奪うというプランに変更させてもらおう。安心したまえ、死体は魔の森に捨てて、魔物に食われたことにしてやる」
典型的な悪役ムーブだ。
俺は溜息をついた。
エンジニアとして、こういう「力押しで論理を捻じ曲げようとする上司やクライアント」が一番嫌いだ。
「ポチ」
『うむ』
「全員、武装解除だ」
俺の言葉と同時に、ポチが吠えた。
「ワンッ!」
可愛らしい鳴き声だ。
だが、その声には俺が事前に仕込んでおいた『共振破壊(レゾナンス・ブレイク)』の音波コードが乗せられている。
特定の周波数で振動する音波は、傭兵たちが身につけている武器や防具の『結合分子』だけを揺さぶる。
ガシャァァァンッ!!
一斉に音が響いた。
傭兵たちが構えていた剣の刀身が、根元から粉々に砕け散ったのだ。
それだけではない。彼らの革鎧の留め具、ベルトのバックル、靴底の釘までもが弾け飛ぶ。
「な、なんだ!?」
「剣が……折れた!?」
「鎧が脱げる……!?」
一瞬にして、屈強な傭兵たちはパンツ一丁のマヌケな姿になり、武器の残骸の中に立ち尽くすことになった。
「な、ななな……!?」
ボルロックスが椅子から転げ落ちそうになる。
「何をした! 魔法か!? この部屋は魔法無効化(アンチ・マジック)の結界が張ってあるはずだぞ!」
「魔法じゃないですよ。ただの物理現象(きょうしん)です」
俺は傭兵たちを一瞥した。
「さて、次は君らの骨のカルシウム結合を解除しようか? それとも大人しく帰るか?」
傭兵たちは顔を見合わせ、悲鳴を上げて逃げ出した。
金で雇われただけの連中に、謎の現象に立ち向かう忠誠心などない。
部屋に残されたのは、俺とポチ、そして震えるボルロックスだけ。
「ひ、ひぃぃ……! ま、待て! 話せば分かる!」
ボルロックスが机の下に潜り込もうとする。
俺はゆっくりと彼に近づき、その豪華な机に手を置いた。
「話は終わりだ。だが、お前には『精算』してもらうことがある」
俺は机の上に置かれた、分厚い帳簿(ファイル)に触れた。
『物質解析』、全開。
紙の繊維、インクの染み込み具合、そして『改竄された痕跡』。全てがデータとして読み取れる。
――裏帳簿検知。
――脱税、横領、違法薬物の密輸、冒険者ギルドへの賄賂、そしてポーションの不当な価格操作。
――証拠隠滅魔法:あり(レベル3)。
「へえ、真っ黒だな。教会の寄付金まで着服してるのか」
俺が内容を読み上げると、ボルロックスの顔から血の気が引いた。
「な、なぜそれを……! その帳簿は魔法で白紙に見えるようにしてあるはずだ!」
「俺の目には、お前の悪事の履歴(ログ)が丸見えなんだよ」
俺は指先を帳簿に走らせた。
『再構築(リライト)』。
隠蔽されていた文字情報を、誰にでも読めるように顕在化させる。さらに、改竄されていた数字を正しい値に書き戻す。
帳簿がカッと光り、ページがパラパラとめくれ、全ての真実が黒インクで刻み込まれていく。
「や、やめろぉぉッ! それが表に出たら、私は終わりだ!」
「終わりにするんだよ。システムエラーの原因は削除(デリート)するのが基本だ」
さらに、俺は部屋の隅にある巨大な金庫に目を向けた。
「あの金庫の中身も、随分と汚れているみたいだな」
俺が金庫に手をかざす。
中には大量の金貨が詰まっているが……。
――解析:金貨(偽造)。
――成分:鉛70%、金メッキ30%。
「この街の経済を牛耳る商業ギルドの理事長が、偽金作りまでしていたとは」
俺は魔力を流し込んだ。
金庫の中で、物質変換が起こる。
メッキを剥がし、鉛をただの黒い炭素塊へと変える。
「あ、ああっ……私の財産が……!」
ボルロックスは涙と鼻水を垂らして崩れ落ちた。
金も、権力も、暴力装置も、全てを失った悪徳商人の末路だ。
その時、部屋の扉が乱暴に開かれた。
駆け込んできたのは、セリアと、武装した数名の騎士たち、そして教会の神官長だった。
「アレウス! 無事!?」
「セリアか。タイミングがいいな」
「心配で、神官長様に相談したら、領主様の騎士団を呼んでくれたの!」
神官長が厳しい表情でボルロックスを睨みつけた。
「ボルロックス殿。貴殿に、教会への背任および違法薬物所持の疑いがかかっている。同行願おうか」
「ま、待て! 証拠はあるのか! 私はハメられたんだ!」
ボルロックスが往生際悪く叫ぶ。
俺は机の上の帳簿を、騎士の一人に放り投げた。
「証拠ならここに。彼が丁寧に、自分の罪状を日記のように記録してくれてますよ」
「なっ……!?」
騎士が帳簿を開く。そこには、賄賂の送り先から密輸ルートまで、詳細な記録が(俺によって復元され)記されていた。
「……言い逃れはできんぞ、ボルロックス。連行しろ!」
騎士たちがボルロックスを取り押さえる。
かつて栄華を極めた理事長は、哀れな悲鳴を上げながら引きずられていった。
◇
騒動の後。
ギルドの前で、神官長が俺に深々と頭を下げた。
「アレウス殿、また助けられましたな。彼が裏で薬の流通を妨害していたとは……これで、正規の価格で薬が行き渡るでしょう」
「ええ。市場の健全化(クリーンアップ)ができて何よりです」
俺は肩をすくめた。
これで、俺のポーション事業の邪魔をする者はいなくなった。
商業ギルドも、今後は真っ当な組織へと再編されるだろう。
「それにしても、アレウス」
帰り道、セリアが呆れたように言った。
「またやったわね。傭兵の装備を一瞬で破壊するなんて。あれ、どうやったの?」
「企業秘密だ。まあ、安物の量産品だったから、構造が脆かっただけさ」
俺はとぼけた。
実際、彼らの装備には「安く仕上げるために工程を省いた箇所」が山ほどあった。そこを突いただけだ。
手抜き工事は、いつか必ず崩壊する。エンジニアとしての教訓だ。
『主よ、これで人間社会の掃除は終わったか?』
「ああ、当分は静かになるだろう」
そう思っていた。
だが、俺の予感(アラート)はまだ鳴り止んでいない。
人間たちの欲深き争いが片付いた直後、今度はそれとは比べ物にならない、純粋な『暴力』が迫っているのを感じていた。
ズズズズズ……。
遠く、北の空。
魔の森の方角から、不気味な地鳴りが微かに響いてくる。
鳥たちが一斉に飛び立ち、空が黒く染まり始めていた。
「……なんだ、あの雲は?」
セリアが空を見上げる。
俺は目を細め、スキルを発動した。
――広域索敵(ワイド・スキャン)。
――反応多数。測定不能。
――警告:ダンジョン・スタンピード(魔物の大氾濫)の兆候あり。
「……静かになるどころか、これからが本番みたいだな」
俺はポチを見た。
ポチもまた、毛を逆立てて森の方角を睨んでいた。
神獣ですら警戒する規模の「何か」が、エリュシオンに向かって進軍を開始していたのだ。
次回、ダンジョン・スタンピード発生。
俺が作った防衛設備が、いよいよ火を噴く時が来る。
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