『解析』と『再構築』で異世界すべてを最適化する ~「役立たず」と追放された素材鑑定士は、神話級の魔道具を量産して無自覚に世界を支配するようです~
第15話 ポーション革命。不治の病が風邪薬レベルで治る
第15話 ポーション革命。不治の病が風邪薬レベルで治る
王都でのオークション騒動から数日が過ぎた。
俺が作った失敗作『神の涙(エリクサー・改)』が宰相に落札されたというニュースは、風の噂でエリュシオンにも届いていたが、幸いにも出品者が俺だということはバレていない。
俺は屋敷の地下工房で、新たな課題に取り組んでいた。
「……味だ」
俺はビーカーに入った蛍光色の液体を睨みつけて呟いた。
先日売ったエリクサーは、効果は絶大だが味は「腐った靴下」レベルだった。エンジニアとして、機能要件は満たしていても、ユーザーエクスペリエンス(UX)を軽視するのは二流の仕事だ。
良薬口に苦し、とは言うが、飲めるに越したことはない。
「ポチ、味見頼む」
『……主よ。我は神獣であって実験動物ではないのだが』
足元で寝そべっていたポチが、嫌そうに顔を上げた。
だが、俺が「新作のジャーキー(ドラゴン肉製)をつける」と言うと、即座に尻尾を振って液体を舐めた。
『……ふむ。甘いな。シュワシュワするぞ』
「炭酸の配合比率は成功か。フルーツの香料はどうだ?」
『悪くない。これならガブ飲みできる』
実験成功だ。
俺が開発していたのは『味付きポーション』である。
素材の苦味成分を『分解』し、糖度と香料のデータを『再構築』で組み込むことで、ジュース感覚で飲める回復薬を目指していた。
そこへ、外出していたセリアが帰ってきた。
いつもなら元気な足音が、今日は重い。
リビングに入ってきた彼女の表情は、深刻そのものだった。
「ただいま、アレウス。……ちょっと、相談があるの」
「どうした? また変な貴族からの求婚状でも届いたか?」
「違うわよ。街で……『黒サビ病』が流行り始めているの」
黒サビ病。
その名を聞いた瞬間、俺の脳内データベースが検索結果を表示した。
――検索:黒サビ病。
――概要:皮膚が黒く変色し、徐々に硬化して鉄のサビのように剥がれ落ちる奇病。
――致死率:40%。
――治療法:不明。聖教会の高位浄化魔法でのみ進行遅延が可能。
「貧民街(スラム)を中心に広がっているわ。ギルドの職員や、私の知り合いの子供も罹ってしまって……。教会の神父様たちが回っているけど、患者の数が多すぎて魔力が追いつかないって」
セリアが唇を噛む。
彼女は元貴族だが、没落してからは貧民街で暮らしていた時期がある。他人事ではないのだろう。
「特効薬はないのか?」
「ないわ。王都から高い薬を取り寄せれば治るらしいけど、一本金貨十枚もするのよ? 貧民街の人たちに買えるわけがない」
金貨十枚。俺にとっては端金だが、一般市民にとっては年収に匹敵する大金だ。
つまり、金持ちだけが助かり、貧乏人は死ぬ。
よくある話だが、俺が住む街で疫病が蔓延するのは、衛生管理上(セキュリティ的に)よろしくない。
「……見に行くか」
「えっ、行ってくれるの!?」
「街の空気が悪いと、飯が不味くなるからな」
俺はポチを連れ、出来上がったばかりの『試作品』を数本持って立ち上がった。
◇
エリュシオンの東区画、通称『下町』は、重苦しい空気に包まれていた。
路地裏には咳き込む声が響き、簡易的な治療所として開放された倉庫には、多くの人々が横たわっていた。
皮膚が黒ずみ、苦しそうに呼吸をする患者たち。
その間を、数人の神官たちが駆け回っている。
「神父様! こちらの子供が息を……!」
「くっ、私の魔力も限界だ……! ポーションはないか!?」
「在庫切れです! 商人たちが値を吊り上げて、手が出せません!」
地獄絵図だ。
俺は倉庫の入り口で足を止め、スキル『物質解析』を発動した。
視界にグリッド線が走り、患者たちの体表をスキャンする。
――対象:人間(感染状態)。
――病原体:変異型魔力真菌(マジック・モールド)。
――特性:肺および皮膚に寄生し、魔力を吸って増殖。代謝阻害毒素を排出。
「……なるほど。ウイルスじゃなくて、カビの一種か」
俺は冷静に分析した。
この世界の医療は『魔法』に頼りきっている。
「浄化」魔法は、体内の異物を無差別に排除しようとするが、この真菌は魔力を餌にする性質がある。
だから、中途半端な回復魔法やポーションを使うと、逆に菌が活性化して悪化するのだ。
「原因が分かれば、デバッグ(治療)は簡単だ」
俺はセリアに言った。
「セリア、そこの苦しんでいる子供を一人、こっちへ」
「え、ええ。分かったわ」
セリアが抱きかかえてきたのは、肌の半分が黒く変色した少年だった。
高熱でうなされ、意識が朦朧としている。
「おい、何をする気だ!」
初老の神官が気づいて飛んできた。
「ここは隔離病棟だ。素人が入ってきていい場所じゃない! 感染するぞ!」
「治療をするんです。あんたらのやり方じゃ、その子は朝まで持たない」
「なっ……我々の神聖術を愚弄するか! 医学の心得もない若造が!」
神官が激昂するが、無視する。
俺はポケットから、先ほど作った『試作ポーション』を取り出した。
透き通るような青色で、シュワシュワと炭酸の泡が立っている液体だ。
「なんだそれは? ジュースか?」
「特効薬ですよ」
俺は少年の口元に瓶を運び、ゆっくりと流し込んだ。
ゴクリ、と少年が喉を鳴らす。
「ん……? あまい……?」
少年の目がうっすらと開いた。
そして次の瞬間。
ボシュッ!
少年の体から、黒い煙のようなものが噴き出した。
菌が死滅し、体外へ排出されたのだ。
同時に、黒ずんでいた肌がボロボロと剥がれ落ち、その下からピンク色の健康的な肌が現れた。
荒かった呼吸が整い、高熱が嘘のように引いていく。
「……あれ? 痛くない」
少年は起き上がり、自分の手を見て不思議そうに首を傾げた。
そして、「ぷはーっ!」と爽快なゲップをした。
「…………は?」
神官が眼鏡をずり落として固まった。
セリアも目を丸くしている。
「あ、アレウス? 今、何飲ませたの? 王都の特級薬?」
「いや、ただの風邪薬だ」
俺は嘘をついた。
正確には、『対魔力真菌用・構造分解酵素入りポーション(ソーダ味)』だ。
真菌の細胞壁だけを破壊するようにプログラムしたナノマシン的な魔力液である。
原料は、その辺の雑草と水。原価は銅貨三枚くらいだ。
「か、風邪薬で黒サビ病が治るわけがあるかぁぁッ!!」
神官が絶叫した。
無理もない。彼らが数人がかりで必死に祈っても治せなかった難病が、炭酸ジュース一本で完治したのだから。
「ま、事実治ったんで。これ、残りも置いておきますね」
俺は持ってきた数本のポーションを木箱の上に置いた。
「これを水で百倍に薄めて、患者たちに飲ませてください。薄めても効果は十分あるはずです」
このポーションの有効成分は、自己増殖する触媒のようなものだ。微量でも体内に入れば、連鎖的に菌を駆逐する。
「ひゃ、百倍……!? 正気か!?」
「試せば分かります。セリア、手伝ってやってくれ」
「う、うん! 分かった!」
セリアはすぐに動き出し、樽の水にポーションを混ぜ始めた。
薄い水色になった水を、コップに注いで患者たちに配る。
奇跡の光景が広がった。
水を飲んだ患者たちが、次々と黒い煙を吐き出し、回復していく。
「美味い!」「体が軽いぞ!」「サビが落ちた!」
倉庫内は、苦痛の呻き声から、歓喜の声へと変わっていった。
◇
一時間後。
治療所にいた五十人近い患者全員が、完治してしまった。
神官たちは祭壇に向かって感謝の祈りを捧げているが、感謝すべき対象は俺の『物質解析』スキルだ。
「……信じられん」
神官長が、俺の前に跪いた。
「貴方は……もしや、神の使いですか? それとも王都から来た賢者様で?」
「ただの素材鑑定士ですよ。通りすがりの」
「鑑定士……? そんな馬鹿な」
神官長は困惑していたが、俺の手を握りしめて涙を流した。
「何にせよ、貴方はこの街の救世主です。この薬の製法、どうか教えていただけませんか? 多くの命を救うために!」
製法か。
教えるのは構わないが、俺のスキルがないと作れない工程がある。
だが、簡易版(劣化版)なら、錬金術師ギルドの設備で作れるかもしれない。
「レシピはギルドに寄付しますよ。ただし、特許料とかは要りませんが、一つだけ条件があります」
「条件?」
「この薬を『安く』売ること。子供が小遣いで買えるくらいの値段でね」
俺は釘を刺した。
商人が独占して高値で売るような真似はさせない。
インフラとしての医療は、安価で安定しているのが一番だ。
「も、もちろんです! 教会が責任を持って管理し、広く民に配りましょう!」
神官長は深く頭を下げた。
◇
帰り道。
夕焼けに染まる街を、俺たちは歩いていた。
セリアが尊敬の眼差しで俺を見ている。
「アレウス、本当にすごかったわ。あんな魔法みたいな薬、どうやって作ったの?」
「魔法じゃない。科学(りくつ)だよ」
「またそれ? でも、本当にありがとう。あの子たちの笑顔が見れて、私……嬉しかった」
セリアが微笑む。
その笑顔は、聖剣を振るう時とはまた違う、慈愛に満ちたものだった。
『主よ、またやったな』
ポチが念話を送ってきた。
『不治の病を駆逐したとなれば、教会の連中が黙っていないぞ。「聖人」として祭り上げられるのがオチだ』
「勘弁してくれ。俺はただ、快適な街づくりをしたかっただけだ」
そう。俺の目的は『世界全体の最適化』だ。
バグ(病気)があれば直す。非効率(高額医療)があれば改善する。
エンジニアとして当たり前のことをしたまでだ。
だが、翌日。
エリュシオンの広場には『青い奇跡の薬』を求める行列ができ、冒険者ギルドには「謎の鑑定士」への感謝状が山のように届くことになった。
さらに悪いことに、この『ソーダ味のポーション』が、「美味しくて元気になる」という理由で、子供たちの間で爆発的に流行してしまった。
ジュース感覚でポーションを飲む子供たち。
結果、街の子供たちの健康レベルが異常に向上し、風邪一つ引かない強靭な肉体を持つ『エリュシオン世代』が誕生することになるのだが……それは数年後の話である。
そして、このニュースは当然、王都の薬師ギルドや、利権を貪っていた悪徳商人たちの耳にも入ることになる。
彼らにとって、安価で高性能なポーションの出現は、自分たちの商売を脅かす『破壊的イノベーション』以外の何物でもなかった。
「……なんか、背中がムズムズするな」
屋敷のソファで寛いでいた俺は、不吉な予感に身震いした。
平穏な日常を守るための行動が、皮肉にも俺を争いの中心へと押し上げていく。
次回、商業ギルドからの招待状。
金の匂いに敏感なハイエナたちが、俺の前に現れる。
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