第13話 セリアの覚醒。アレウス製の装備がおかしい件
エリュシオンの街から徒歩で一時間ほどの場所にある岩場。そこにぽっかりと口を開けた洞窟が、今回の俺たちの目的地だった。
通称『ゴブリンの巣穴』。
FランクからEランクの冒険者が、小銭稼ぎのために訪れる初心者向けのダンジョンだ。
「……ねえ、アレウス」
洞窟の入り口で、セリアが不安そうな声を上げた。
彼女は新調した『飛竜の戦姫鎧(ワイバーン・ヴァルキリースーツ)』に身を包み、背中には聖剣『蒼穹』を背負っている。白と緑のコントラストが美しいその姿は、薄暗い洞窟の前では浮いているほど神々しい。
「なんだ? 緊張してるのか?」
「緊張もしてるけど……この鎧、なんかおかしくない?」
「どこかサイズが合わないか? 自動調整機能を入れたはずだが」
「そうじゃなくて! さっきから、勝手に動くのよ!」
セリアが自分の腕を指差した。
彼女が何もしなくても、腕の装甲部分にある小さな翼のようなパーツがパタパタと動き、周囲の空気の流れを整えている。
「ああ、それは『エアロ・アシスト』だ。風の抵抗を計算して、常に最適(ベスト)な動作ができるように姿勢制御してるんだ」
「姿勢制御って……私が転ばないように鎧がバランス取ってるってこと? 過保護すぎない!?」
「安全性(セキュリティ)は重要だ。さあ、行くぞ」
俺はポチ(偽装中)を連れて、暗い穴の中へと足を踏み入れた。
◇
洞窟の中は湿っぽく、カビと獣の臭いが充満していた。
松明は持っていない。俺には暗視の魔法があるし、セリアの兜(ヘッドギア)には暗視モードが搭載されているからだ。
「ギャギャッ!」
進んで数分もしないうちに、最初の洗礼があった。
岩陰から飛び出してきたのは、三匹のゴブリンだ。
錆びた短剣と、粗末な木の棍棒を持っている。
「ひっ……!」
セリアが身を強張らせる。
過去のトラウマか、彼女は反射的に防御の姿勢を取ろうとした。
だが、ゴブリンの方が速かった。
先頭の一匹が振り上げた棍棒が、セリアの肩口を直撃する。
ドゴッ!
鈍い音が響いた。
普通なら、骨にヒビが入るか、激痛で動けなくなる一撃だ。
「あ……っ?」
セリアは恐る恐る目を開けた。
痛みがない。
それどころか、衝撃すら感じなかった。
棍棒が当たった瞬間、肩の装甲が緑色に発光し、柔らかな膜のようなフィールドを展開して衝撃を完全に『吸収』したのだ。
「ギャ?」
攻撃したゴブリンの方が驚いて固まっている。
それもそのはず。渾身の一撃を叩き込んだはずが、まるでゴムまりを叩いたかのように跳ね返されたのだから。
「物理無効化(フィジカル・ヌル)。Aランク以下の打撃は、その鎧の表面張力だけで無効化できる」
「む、無効化って……ゴブリンの攻撃がなかったことに!?」
「呆けてる場合か。反撃しろ」
俺の指示に、セリアはハッと我に返った。
彼女は腰の聖剣を抜いた。
「は、はいッ!」
気合いと共に横薙ぎの一閃。
彼女自身は、ゴブリンを牽制するために軽く振ったつもりだった。
だが。
ヒュンッ――ズバァァァァァッ!!
剣を振った軌跡に沿って、真空の刃(ソニックブーム)が発生した。
それは目の前のゴブリン三匹を纏めて両断し、さらにその後ろにあった岩壁に深さ数メートルの亀裂を刻み込んだ。
「…………へ?」
セリアが固まった。
ゴブリンたちは悲鳴を上げる間もなく上半身と下半身が泣き別れになり、光の粒子となって消滅していく。
「い、今、私……軽く振っただけよね? 魔力も込めてないわよね?」
「聖剣『蒼穹』の特性、『真空刃』だ。さらに俺が『切れ味補正』と『範囲拡大』のコードを書き加えておいた。雑魚掃除(ファーム)には便利だろ?」
「便利の次元を超えてるわよ! こんなの、洞窟ごと崩落させる気!?」
セリアが涙目で叫ぶ。
だが、その手には確かな感触が残っていた。
軽い。恐ろしいほどに剣が手に馴染む。自分の意志がそのまま刃に乗る感覚。
『主よ、あの娘、ビビりながらもニヤついているぞ』
「力の味を知ったな。いい傾向だ」
俺とポチは悠々とその後ろをついていく。
その後も、ゴブリンの群れが現れるたびに、セリアによる一方的な蹂躙劇が繰り広げられた。
矢が飛んでくれば、鎧が自動的に風を巻き起こして撃ち落とす。
背後から襲われれば、索敵機能(レーダー)が警告音を鳴らして知らせる。
そして聖剣の一振りで、敵は塵となる。
「すごい……私、強い……?」
十匹目を倒した頃には、セリアの動きから迷いが消えていた。
彼女の中で、装備への信頼と、自分自身の技量が噛み合い始めていたのだ。
◇
そして、洞窟の最奥部。
広くなった空間に、ひときわ大きな影が鎮座していた。
「グオォォォッ!!」
ホブゴブリン・ジェネラル。
通常のゴブリンより二回りは巨大で、筋肉質の体に鉄の鎧を纏っている。手には巨大な戦斧。
このダンジョンのボスだ。推定レベルは30前後。Fランク冒険者にとっては絶望的な相手だ。
「ボス……!」
セリアが足を止める。
ホブゴブリンの周囲には、護衛のゴブリン・アーチャーやメイジが十匹ほど控えている。
多勢に無勢。
セリアの手が微かに震えた。装備が強くても、数で圧殺される恐怖が蘇る。
「アレウス、どうする? 一旦引いて、作戦を……」
「必要ない」
俺は即答した。
「セリア、お前の『目』を使え。昨日の特訓を思い出せ」
「目……?」
「装備(ハード)の性能は十分だ。あとはお前というOS(オペレーティングシステム)が、情報をどう処理するかだ。敵の数、配置、攻撃予測。全て見えているはずだ」
セリアは深呼吸をした。
碧眼を閉じ、そして開く。
スキル『魔力感知』、最大展開。
世界が変わった。
薄暗い洞窟が、光の線で満たされる。
敵の体内を流れる魔力、筋肉の収縮予兆、放たれようとしている魔法の構成。
それらが全て『情報』として頭に流れ込んでくる。
そして、彼女が身につけている『飛竜の戦姫鎧』が、その膨大な情報処理をサポートし、脳への負担を肩代わりしてくれた。
(……見える。止まって見える)
セリアは一歩踏み出した。
「グガァッ! 殺セェェッ!」
ボスの号令と共に、部下たちが一斉に襲いかかる。
矢の雨、火魔法、そして突撃。
だが、セリアの視界には、それらの『安全地帯』が明確にラインとして表示されていた。
「シリアルコード『舞踏(ダンス)』」
誰に言われたわけでもなく、彼女の口からその言葉が漏れた。
体が光の粒子を纏い、加速する。
ヒュン、ヒュン、ヒュンッ!
矢を最小限の動きで躱し、火の玉を剣の腹で受け流して敵に跳ね返す。
すれ違いざまにアーチャーの首を刎ね、返す刀でメイジを両断する。
その動きは、まるで予め決められた演舞のように美しく、無駄がなかった。
「な……ッ!?」
ホブゴブリン・ジェネラルが驚愕に目を見開く。
部下たちが一瞬で全滅したからだ。
残るは自分一人。
怒り狂ったボスが、戦斧を振り上げ、咆哮と共に突っ込んでくる。
「ウオォォォッ!!」
単純だが、強烈な一撃。
まともに受ければ、いくらドラゴンの鎧でも衝撃で吹き飛ばされるだろう。
だが、セリアは逃げなかった。
(斧の重さ、振り下ろす速度、重心の位置……解析完了)
彼女は剣を構えず、脱力した。
そして、斧が振り下ろされる瞬間に、一歩前へ。
カウンターのタイミング。
「そこっ!」
セリアは斧の柄を剣の峰で叩き、軌道を逸らした。
ドゴォォォンッ!
必殺の一撃が地面を砕く。
体勢を崩したボスの懐(ふところ)は、がら空きだった。
「これで……終わり!」
セリアは聖剣に魔力を込めた。
青い光が刀身を超えて伸び、巨大な光の刃を形成する。
逆袈裟に斬り上げる。
ズバァァァッ!!
音すら置き去りにする一閃。
ホブゴブリン・ジェネラルの巨体が、宙に舞った。
鎧ごと、骨ごと、魔石ごと。
綺麗に真っ二つに切断されていた。
ドサッ、ドサッ。
二つになった肉塊が地面に落ち、遅れて黒い霧となって消滅した。
静寂が戻る。
「はぁ……はぁ……」
セリアは剣を下ろし、肩で息をした。
疲労はある。だが、心地よい疲労だった。
自分の手で、自分の力で、格上の敵を倒したという実感。
「やった……私、勝った……」
彼女は自分の手を見つめ、そして振り返った。
そこには、腕を組んで満足げに頷く俺と、欠伸をしているポチがいた。
「合格だ、セリア。いい動きだった」
「あ、アレウス……!」
セリアが駆け寄ってくる。その顔は興奮で紅潮していた。
「見た!? 私、全部見えたの! 体が勝手に動いて、剣が吸い込まれるみたいに当たって……!」
「ああ。お前のスキル『魔力感知』と、鎧の演算補助がリンクした結果だ。それがお前の本当の実力だよ」
「私の……実力」
セリアは胸の鎧に手を当てた。
ただ守られるだけじゃない。自分の感覚を拡張し、可能性を引き出してくれる装備。
そして、それを与えてくれた少年。
「ありがとう、アレウス。私、やっと自信が持てた気がする」
「そいつは良かった。これなら、次はドラゴンの巣でもいけそうだな」
「えっ、それはちょっと待って!? 段階を踏ませて!」
セリアが慌てて手を振る。
俺は笑いながら、ボスのドロップアイテムを拾い上げた。
巨大な魔石と、戦斧の欠片だ。
「さて、戦利品の回収だ。この戦斧、鉄の質は悪いが……再構築すればフライパンくらいにはなるか」
「ボスの武器を調理器具にしないで!」
セリアのツッコミが洞窟に響く。
いいコンビになってきた。
◇
洞窟を出ると、外はまだ昼過ぎだった。
心地よい風が吹いている。
セリアは兜(ヘッドギア)を解除し、汗ばんだ赤髪を風になびかせた。
その表情は憑き物が落ちたように晴れやかだ。
「さて、街に戻って報告だ。腹も減ったしな」
「うん! 私、今日はすごくお腹が空いたわ」
『我もだ。今日は焼肉がいいぞ』
俺たちが和やかに歩き出した時だった。
ふと、セリアが自分の鎧を見て、顔を青くした。
「……あ、あれ? アレウス、ちょっと待って」
「ん?」
「この鎧、さっきボスの斧を弾いた時に、少し傷がついた気がしたんだけど……」
彼女が指差した胸の装甲板。
そこには、傷一つなかった。ピカピカの新品同様だ。
「ないわね。傷が消えてる」
「ああ、それは『自己修復(オート・リペア)』機能だ。大気中のマナを吸収して、破損箇所を自動的に埋めるように設定してある。メンテナンスフリー設計だ」
「じ、自己修復……!? 伝説の武具にしかない機能じゃない!」
セリアが再び戦慄する。
さらに俺は追い打ちをかけた。
「ちなみに、その聖剣の方もだ。斬れば斬るほど切れ味が増す『学習機能(ディープ・ラーニング)』も付いてるから、大事に育ててやれよ」
「が、学習する剣……? 魔剣の間違いじゃ……」
セリアは遠い目をして、背中の剣を撫でた。
「……ねえ、アレウス。この装備一式、普通に買ったらいくらするの?」
「んー……国が二つ買えるくらいか?」
「ひぃぃぃッ!?」
セリアが悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。
「そ、そんな高価なもの着て歩けない! 傷つけたらどうしよう!?」
「だから勝手に直るって言ってるだろ」
「精神的な問題よぉぉッ!」
セリアの叫び声が森にこだまする。
どうやら、彼女の心臓(メンタル)の強化パッチを当てるには、もう少し時間がかかりそうだった。
ともあれ、初の実戦テストは成功だ。
没落騎士セリアは覚醒し、俺の『解析』と『再構築』で作った装備の性能も実証された。
これで、俺の身辺警護と、素材収集の効率は格段に上がる。
だが、この日の俺たちは知らなかった。
セリアがゴブリンの群れを一瞬で殲滅した光景を、遠くから目撃していた冒険者たちがいたことを。
そして、「謎の美少女騎士が、見たこともない装備で無双している」という噂が、翌日のエリュシオンを駆け巡ることになるのを。
平穏な日常(スローライフ)への道のりは、相変わらず遠いようだ。
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