第11話 没落騎士の少女・セリアとの出会い

 白亜の豪邸――元・幽霊屋敷を手に入れ、快適な生活基盤を築いた俺だったが、一つだけ計算外のことがあった。

 それは、家が広すぎるということだ。


「……掃除が大変だな」


 俺はリビングのソファでコーヒーを飲みながら、広大なフロアを見渡して呟いた。

 『自動清浄(オート・クリーン)』の魔道具は設置してあるので埃はたまらないが、庭の手入れや、買い出し、それに増え続ける素材の整理など、物理的な労働力が不足している。

 同居人のポチは、戦闘と番犬としては最強だが、家事能力はゼロだ。今も暖炉の前で腹を出して爆睡している。


「使用人を雇うか? いや、俺の能力や設備の秘密を知られるのはリスクが高い」


 普通のメイドを雇っても、俺が『再構築』でゴミを金塊に変えているところを見られたら、翌日には通報されるか、誘拐組織に情報が売られるだろう。

 口が堅く、信用でき、かつ俺の「異常性」についてこられる人材。

 そんな都合のいい人間が、そうそう転がっているはずも――。


「……まあ、考えても仕方ない。ギルドに行くか」


 俺は思考を切り替え、ポチを叩き起こして街へと向かった。

 今日は、先日持ち込んだドラゴンの素材の一部を受け取りに行く予定だ。


 ◇


 冒険者ギルドは、相変わらずの喧騒に包まれていた。

 だが、俺が扉を開けて中に入った瞬間、一瞬だけ静寂が走った。

 ここ数日で、「ドラゴンを持ち込んだ規格外の新人」の噂は広まりきっていたのだ。

 畏怖と、嫉妬と、好奇の視線。

 俺はそれらを『ノイズ』として脳内処理し、カウンターへと向かった。


 その時だった。

 ギルドの隅にある掲示板の前で、怒号が響いた。


「だ・か・ら! お前に回す依頼なんざねぇって言ってるだろ!」


 声の主は、強面の男性職員だ。

 彼が怒鳴りつけている相手は、一人の少女だった。


「頼みます! Fランクの薬草採取でいいんです! お金を稼がないと、宿代も払えない……!」


 少女の声は必死だった。

 年齢は俺と同じ十五、六歳だろうか。

 燃えるような真紅の髪を短く切り揃え、意志の強そうな碧眼を持っている。

 だが、その身なりは酷いものだった。

 着ている革鎧は継ぎ接ぎだらけで、マントはボロボロ。何より目を引くのは、腰に帯びた剣だ。

 鞘は傷だらけで、柄の革巻きは剥がれ落ちている。


「しつけぇな! お前、その剣を見ろよ。そんな錆びついた鉄屑で森に入ったら、ゴブリンに笑い殺されるぞ!」

「こ、これは鉄屑じゃない! 父様から受け継いだ、名家の剣だ!」

「名家だぁ? 『没落』の間違いだろ? 汚職で騎士団を追放された一族が、今更騎士気取りかよ」


 職員の心ない言葉に、周囲の冒険者たちからクスクスと失笑が漏れる。


「おい見ろよ、またあの嬢ちゃんだ」

「セリア・フォン・レインバーグ……だったか? 親父が国庫横領の罪で処刑されたって噂だぜ」

「家名は剥奪、財産没収。残ったのはプライドと、あのボロ剣だけってか」


 少女――セリアは唇を噛み締め、拳を震わせていた。

 悔しさに顔を歪めながらも、涙だけは見せまいと必死に堪えている。

 その姿に、俺の足が止まった。


(……ふむ)


 俺は興味を惹かれた。

 可哀想だからではない。彼女の放つ『データ』が、異常な数値を示していたからだ。


 スキル『物質解析』発動。


 ――対象:セリア(人間・女性)。

 ――身体能力:Bランク(栄養失調により低下中)。

 ――潜在能力(ポテンシャル):Sランク。

 ――保有スキル:剣術(天性)、魔力感知、不屈の心。


(スペックが高いな。今はデバフまみれで性能が出せていないが、適切にメンテナンスすれば化けるぞ)


 そして何より、俺の目を引いたのは彼女自身ではなく、その腰にある『ボロ剣』の方だった。


 ――対象:劣化騎士剣。

 ――表面状態:深刻な腐食、刃こぼれ。

 ――内部構造:ミスリル・オリハルコン積層鋼。

 ――判定:封印状態。表面の錆は、強力な魔力を隠蔽するための『偽装コーティング』。


「……なるほど」


 俺は思わず口元を緩めた。

 あの剣、ただのゴミじゃない。

 過去の何者かが、剣の真価を隠すためにあえて汚れた鉄でコーティングし、封印を施している。中身は国宝級の聖剣だ。

 職員や周囲の冒険者たちは、表面の汚れしか見ていないから気づかない。

 だが、俺には『中身』が見える。


 素材(セリア)も、装備(剣)も、磨けば光る原石だ。

 そして何より、あの「見返してやりたい」というハングリー精神。

 今の俺に必要なのは、こういう人材かもしれない。


「……おいポチ。スカウトの時間だ」

『主よ、また拾い物か? お前の悪い癖だぞ』


 俺は人垣をかき分け、少女のもとへと歩み寄った。


 ◇


「帰れ帰れ! 邪魔だ!」


 職員が手を振り、セリアを追い払おうとする。

 セリアは俯き、肩を震わせて踵を返そうとした。

 その時だ。


「その依頼、俺が受けてもいいか? 彼女をポーター(荷物持ち)として雇う条件で」


 俺が声をかけると、場が静まり返った。

 職員がギョッとして顔を上げる。


「あ、アレウス様!? いや、しかし……こいつは役立たずの没落騎士で……」

「役立たずかどうかは、俺が決める」


 俺は職員を黙らせ、セリアに向き直った。

 近くで見ると、栄養不足で痩せてはいるが、整った顔立ちをしている。碧眼が驚きに見開かれ、俺を見つめていた。


「き、君は……?」

「俺はアレウス。ただの素材鑑定士だ」

「鑑定士……? 私を笑いに来たの? それとも同情?」


 セリアが警戒心を露わにする。野良猫のような鋭さだ。

 俺は首を振った。


「同情で金は出さない。ビジネスの話だ。俺は今、人手が足りていない。屋敷の管理と、素材採取の護衛ができる人材を探している」

「護衛……?」


 セリアは自嘲気味に笑った。


「見ての通り、私はまともな剣も買えない貧乏人よ。誰もが私を『剣を持った物乞い』と笑うわ。そんな私に護衛が務まるとでも?」

「務まるさ。その剣、いい剣だ」


 俺が彼女の腰の剣を指差すと、セリアの表情が凍りついた。


「……馬鹿にしてるの?」

「本気だ。手入れは最悪だが、芯は死んでない。使い手の素質も悪くない」


 俺は彼女の目を見て、はっきりと言った。


「俺なら、その剣を直せる。お前の『汚名』ごと、ピカピカにな」


 セリアの瞳が揺れた。

 直せる。その言葉は、彼女が一番欲しくて、一番信じられない言葉だったはずだ。


「……嘘よ。どこの鍛冶屋に見せても、買い換えろと言われたわ。父の形見だから捨てられないけど……もう、寿命だって」

「他の奴らの目は節穴だ。俺には見える。その剣がまだ戦いたがっているのがな」


 俺はポケットから、金貨一枚を取り出して弾いた。

 キラリと光るコインを、セリアが咄嗟にキャッチする。


「契約金だ。とりあえず俺についてこい。テストをして、合格なら正式採用する。衣食住と、装備のメンテナンスは保証しよう」


 金貨一枚。今の彼女にとっては大金だ。

 セリアはコインと、俺の顔を交互に見た。

 迷い、葛藤、そして微かな希望。

 やがて、彼女は決意したように顔を上げた。


「……分かったわ。もし本当にこの剣を直せるなら、私の剣はお前のものよ。でも、もし口だけだったら……その時は斬るわよ」

「怖いね。まあ、期待しててくれ」


 交渉成立だ。

 俺は職員に目配せをして(職員は慌てて書類を引っ込めた)、セリアを連れてギルドを出た。


 ◇


 帰り道。

 俺の後ろを歩くセリアは、足元のポチ(偽装中)を怪訝そうに見ていた。


「……その犬、なんかおかしくない? 気配が猛獣みたいなんだけど」

『ほう、鋭い小娘だ。主よりは見込みがあるかもしれん』


 ポチが念話を送るが、セリアには聞こえていない。

 俺は適当に誤魔化した。


「ただの雑種だ。ちょっと育ちがいいだけだよ」

「ふーん……。で、どこへ行くの? 鍛冶屋?」

「いや、俺の家だ。工房はそこにある」


 俺たちは街の北区画へ向かい、例の白亜の豪邸の前で立ち止まった。


「……え?」


 セリアが口を開けて固まった。

 無理もない。貴族街の一角に、王城の離宮のような建物がそびえ立っているのだから。


「こ、ここ? 貴族の屋敷じゃない。君、鑑定士って言ったわよね?」

「ああ。廃墟を安く買ってリフォームしたんだ」

「リフォームのレベルがおかしいわよ!?」


 俺は生体認証ゲートを開き、彼女を招き入れた。

 広々としたエントランス。最高級の調度品(全て俺の手作り)。

 セリアは借りてきた猫のように縮こまりながら、恐る恐るついてくる。


「とりあえず、リビングで話そう」


 俺は彼女をソファに座らせ、温かい紅茶を出した。

 セリアはカップを両手で包み込み、一口飲むと、ほっとしたように息を吐いた。久しぶりの温かい飲み物だったのかもしれない。


「さて、セリア。早速だが仕事の話だ」


 俺は向かいに座り、単刀直入に切り出した。


「俺は素材を集めて加工し、魔道具を作るのが仕事だ。だが、自分ですべてやるのは効率が悪い。お前には、俺のサポートをしてほしい」

「サポートって、具体的には?」

「森での護衛、荷物持ち、あとは……この家の警備だな。最近、変な輩が嗅ぎ回っているから」


 ドラゴンの件以来、俺の正体を探ろうとする視線が増えている。ポチだけでも撃退は可能だが、対外的な「人間の窓口」が必要だった。


「条件は悪くないわ。でも……本当に、私の剣を直せるの?」


 セリアの手が、腰の剣に伸びる。

 彼女にとって、それが全てなのだ。


「ああ。今すぐ証明してやる」


 俺は立ち上がり、手を差し出した。


「その剣、貸してみろ」


 セリアは躊躇いながらも、ボロボロの剣を鞘ごと俺に手渡した。

 ずしり、と重い。

 見た目はただの錆びた鉄塊だが、その内側には凄まじい密度の魔力が眠っている。


「工房へ行こう」


 俺は彼女を連れて、地下に作った工房へと降りた。

 そこには、俺が作った『神話級』の工具たちが並んでいる。

 炉には火が入っていないが、俺の魔力に反応して自動的にスタンバイ状態になった。


「こ、ここは……何なの? 空気が、濃い……」


 セリアが呻く。

 工房内に充満する高濃度の魔素に当てられたようだ。

 俺は作業台に剣を置いた。


「よく見ておけ。これが、俺の『鑑定』と『再構築』だ」


 俺は剣に右手をかざした。

 スキル発動。

 視界に、剣の構造図(ブループリント)が浮かび上がる。

 何層にも塗り固められた不純物の層。その奥にある、白銀の輝き。


(……この錆、ただの汚れじゃないな。『封印術式』の一種か。持ち主の魔力が一定値に達するまで、力を封じ込めるための安全装置だ)


 だが、今のセリアにはその封印を解くだけの魔力がない。

 だから剣は眠り続け、ただの鈍(なまくら)として扱われていたのだ。


「解除(アンロック)コード解析……承認(アクセス)」


 俺は指先で空中に光の文字を描く。

 パキィッ、と小さな音が剣から響いた。


「えっ?」


 セリアが声を上げる。

 俺はマジックバッグから『創世の槌』を取り出した。


「少し眩しいぞ。目を瞑ってなくていいが、瞬きはするなよ」


 俺はニヤリと笑い、ハンマーを振り上げた。

 狙うは、剣の表面を覆う『錆の鎧』の一点。


「砕けろ、そして目覚めろ」


 カァァァァァァンッ!!


 清冽な打撃音が地下室に轟いた。

 衝撃波が走り、セリアの赤髪が舞い上がる。


 打撃を受けた場所から、ボロボロの鉄片が剥がれ落ちていく。

 まるで蛹(さなぎ)が羽化するように。

 ひび割れの間から溢れ出したのは、目が潰れるほどの蒼い光だった。


「な、なに……これ……!?」


 セリアが手で顔を覆いながら叫ぶ。

 錆が完全に弾け飛び、そこに現れたのは――透き通るような水晶の刃を持つ、細身の長剣だった。

 柄には紋章が刻まれ、刀身自体が微かに脈動している。


 ――再構築完了。

 ――封印解除:聖剣・蒼穹(セレスティア)。

 ――ランク:聖級(ホーリー)上位。

 ――特性:魔力増幅、真空刃、所有者成長補正。


「……これが、お前の剣の本当の姿だ」


 俺は輝く剣を手に取り、呆然と立ち尽くすセリアに差し出した。


「父上が残したのは、ゴミじゃなかった。お前が一人前になる時を待っていた、最高のパートナーだ」


 セリアは震える手で剣を受け取った。

 彼女の指が柄に触れた瞬間、剣がフォンと鳴り、光が優しく彼女を包み込んだ。

 まるで、ずっと待っていた主人の帰還を喜ぶように。


「う、そ……これが、父様の剣……?」


 セリアの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。

 今まで受けた屈辱、嘲笑、悔しさ。それらが全て報われた瞬間だった。

 彼女は剣を抱きしめ、その場に泣き崩れた。


「ありがとう……っ! ありがとう……!」


 俺は黙って彼女が泣き止むのを待った。

 やれやれ、これで彼女も逃げられなくなったな。

 俺は心の中で苦笑した。

 最強の剣を手に入れた「没落騎士」と、最強の生産能力を持つ「役立たず」。

 このコンビが組めば、辺境どころか王国中をひっくり返す騒ぎになるのは目に見えていたが……まあ、それも悪くないか。


 俺は泣きじゃくる少女の頭を、ポンと軽く叩いてやった。

 こうして、俺の屋敷に、新たな住人(兼、最強の剣士候補)が加わったのである。

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