第二章:辺境での成り上がり

第7話 冒険者ギルド登録、鑑定水晶を破壊してしまう

 辺境都市エリュシオンの冒険者ギルドは、街の中心部にある重厚な石造りの建物だった。

 二階建てのその外観は、長年の風雪と、幾多の荒くれ者たちの喧騒に耐えてきた歴史を感じさせる。もっとも、俺の『物質解析』の目には「耐震強度不足」「断熱性皆無」というタグ付きの欠陥建築に見えていたが。


「……行くぞ、ポチ」


『うむ。しかし主よ、この中からは獣の臭いと安酒の臭いがするぞ』


 小型犬サイズに偽装したポチが、鼻をひくつかせて文句を言う。

 俺たちは顔を見合わせ、重たい両開きの木製扉を押し開けた。


 ガヤガヤガヤ……。

 扉を開けた瞬間、熱気と共に大音量の話し声が押し寄せてきた。

 昼間だというのに、ギルド内の酒場スペースでは多くの冒険者がジョッキを傾けている。

 装備の手入れをする者、クエストボードの前で議論する者、賭け事に興じる者。

 その喧騒は、俺たちが足を踏み入れた瞬間、ピタリと止まった。


 数十の視線が俺に突き刺さる。

 好奇心、値踏み、嘲笑。


「おい見ろよ、ガキだぜ」

「またお上りさんの家出少年か?」

「犬連れてるぞ。ペットのお散歩かよ」

「おい坊主! ここはミルクを飲む場所じゃねぇぞ!」


 ドッと笑い声が起きる。

 予想通りの反応だ。

 今の俺は、一見するとただのひ弱な少年に過ぎない。着ている服はボロボロ(性能はSランクだが)、武器は腰の短剣一本(神話級だが)。

 舐められて当然だ。


『……主よ、あの薄汚い人間どもの喉笛を、端から順に噛み千切ってよいか?』


 足元のポチから、殺気という名の冷気が漏れ出している。

 俺は慌ててポチの頭を撫でて宥めた。


「ステイだ、ポチ。いちいち相手にするな。俺たちの目的は登録だけだ」


 俺は視線を無視して、正面奥にある受付カウンターへと真っ直ぐ進んだ。


 ◇


 受付には三つの窓口があり、その一つが空いていた。

 対応してくれたのは、茶色の髪を後ろで束ねた、理知的な雰囲気の女性職員だった。目の下には薄らと隈があり、激務を物語っている。


「いらっしゃいませ。依頼の報告ですか? それとも……」


 彼女は俺を見て、少しだけ眉をひそめた。


「……迷子、ではないわよね?」


「冒険者の登録に来ました」


 俺がそう告げると、受付嬢は小さく溜息をついた。


「あー……。君、ここがどういう場所か分かってる? ここは『魔の森』に一番近い最前線のギルドよ。腕自慢の傭兵や、犯罪者崩れが集まる場所。君みたいな子が来るところじゃ――」


「分かっています。登録をお願いします」


 俺は言葉を遮って、先ほど換金した金貨袋から、登録料として必要な銀貨をカウンターに置いた。

 受付嬢は俺の目を見た。

 俺も真っ直ぐに見返す。

 数秒の沈黙の後、彼女は根負けしたように肩をすくめた。


「……はぁ。分かったわ。死んでも文句は言わないでね」


 彼女は引き出しから羊皮紙を取り出した。


「私はミリエル。この用紙に名前、年齢、得意な武器や魔法を記入して。書けないなら代筆するけど」


「書けます」


 俺は羽ペンを受け取り、サラサラと必要事項を記入した。

 アレウス。十五歳。得意武器:短剣。魔法:少々。

 職業欄には、少し迷ってから『素材鑑定士』と書いた。ここで嘘をついても、どうせスキルの確認でバレる。それに「鑑定士」なら戦闘職ではないと油断させられるだろう。


「はい、書けました」


 ミリエルは用紙を受け取り、流れるような文字を見て少し驚いた顔をした。


「……綺麗な字ね。貴族の教育を受けてるみたい。で、職業は……鑑定士?」


 彼女の声が大きくなり、周囲の冒険者たちが聞き耳を立てる。


「おい聞いたか? 鑑定士だってよ」

「目利きか。戦闘はどうすんだ?」

「俺たちの荷物持ちでもやらせるか?」


 再びクスクスという笑いが漏れる。

 ミリエルも心配そうに俺を見た。


「あのね、アレウス君。鑑定士は貴重な職業だけど、ソロで活動するのは無理よ。どこかのパーティに入れてもらうか、商会に紹介状を書くこともできるけど……」


「いえ、ソロでやります。自分の身は自分で守れますから」


「……そう。忠告はしたわよ」


 彼女は席を立ち、奥の棚からバスケットボール大の水晶玉を持ってきた。

 見覚えがある。

 王都の大聖堂にあった『天啓の儀』の水晶に似ているが、それよりも幾分小さく、曇っている。


「これが『魔力測定水晶』よ。君の魔力量と、潜在能力(ランク)を測定するわ。これで君の初期ランクが決まるから」


 冒険者のランクは、下からG、F、E、D、C、B、A、そしてSの八段階。

 初心者は通常GかFからスタートする。


「この水晶に手を乗せて、魔力を流してちょうだい」


 俺は頷き、水晶の前に立った。

 またこれか。

 王都でのトラウマ……というほどではないが、忌々しい記憶が蘇る。あの時は『物質解析』と表示されただけで「役立たず」の烙印を押された。

 だが、今の俺は当時とは違う。


 俺は右手を水晶に乗せた。

 ひやりとした感触。

 同時に、スキル『物質解析』が自動的に起動(ブート)する。


 ――接続確立(コネクト)。

 ――対象:旧式魔力測定器(ver.3.0)。

 ――構造解析開始。


 俺の脳内に、水晶の構造図が青写真(ブループリント)として展開される。

 ……ひどい。

 王都の水晶も大概だったが、これはさらに酷い。

 魔力の通り道(パス)が目詰まりを起こしているし、演算処理の論理回路(ロジック)がスパゲッティのように絡まり合っている。


(こんな効率の悪い回路で、俺の魔力を測ろうってのか?)


 俺が少し魔力を流しただけで、水晶内部の処理が遅延(ラグ)を起こしているのが分かった。

 俺の魔力量は、転生特典と日々の『再構築』による鍛錬、そしてポチの近くにいる影響で、常人の数百倍に膨れ上がっている。

 この旧式マシンに、最新の高負荷データを流し込むようなものだ。


 ブゥゥゥン……。

 水晶が低く唸り始めた。

 内部の光が明滅し、赤、青、黄色と目まぐるしく色を変える。


「あら? 反応が遅いわね……。もう少し強く魔力を込めてくれる?」


 ミリエルが水晶を叩きながら言った。

 いや、これ以上込めたらマズい気がする。

 俺の視界には、水晶からの悲鳴のようなエラーログが滝のように流れていた。


 ――警告:メモリ不足。

 ――警告:処理速度限界超過。

 ――エラー:桁溢れ(オーバーフロー)発生。


(……このままじゃ熱暴走するな)


 エンジニアの性(さが)として、非効率なシステムを見過ごすことはできない。

 俺は無意識のうちに、水晶内部へ干渉していた。

 測定される側から、測定する側への逆アクセス。

 絡まった回路を整理し、滞っている魔力の流れをバイパス(迂回)させ、最適化(チューニング)を施す。


(ここをこう繋ぎ変えて、不要なループ処理を削除。キャッシュをクリアして……)


 俺が内部構造を書き換えた瞬間。

 水晶の処理速度が劇的に向上した。

 それまで詰まっていた俺の膨大な魔力が、一気に奔流となって水晶内を駆け巡る。


 キィィィィィィン!!


 甲高い音がギルド内に響き渡った。

 水晶が直視できないほどの強烈な光を放つ。


「きゃっ!? な、なに!?」


 ミリエルが悲鳴を上げて仰け反る。

 酒場の冒険者たちも、眩しさに目を覆った。


 ――システム警告:光量限界突破。

 ――システム警告:筐体耐久値ゼロ。


「あ」


 気づいた時には遅かった。

 最適化されたプログラムの高速処理に、ハードウェア(水晶そのもの)の物理的強度が追いつかなかったのだ。


 パァァァン!!


 乾いた破裂音と共に、水晶が内側から弾け飛んだ。

 キラキラと光る破片が、ダイヤモンドダストのようにカウンターに降り注ぐ。


 シーン……。

 静寂。

 ギルド内の時間が止まったかのように、全員が口を開けてこちらを見ていた。

 俺の手の下には、もはや粉々になったガラス屑しかない。


「…………」


 ミリエルが震える指で、その残骸を指差した。


「わ、私の……ギルドの備品が……」


 まずい。

 やってしまった。

 目立たず、穏便に登録するはずが、いきなり器物破損だ。

 俺は冷静さを装い(内心は冷や汗ダラダラだが)、手を引っ込めた。


「……すいません。少し古かったみたいですね」


「古かった!? これ、先月メンテナンスしたばかりよ!?」


 ミリエルが叫ぶ。

 俺は視線を逸らした。メンテナンスした奴の腕が悪かったんだ、きっと。


「ど、どういうことだ……?」

「あいつ、何をした?」

「水晶が爆発したぞ……魔法を使ったのか?」


 ざわめきが広がる。

 その時、ギルドの奥の扉がバンッと開いた。


「騒がしいぞ! 何事だ!」


 現れたのは、顔に大きな傷を持つ強面の巨漢だった。全身から歴戦のオーラを漂わせている。

 

「ギ、ギルドマスター!」


 ミリエルが助けを求めるように声を上げた。

 この男がギルドマスター、ガンダルか。

 ガンダルは大股でカウンターに近づくと、粉々になった水晶と、俺を交互に見た。


「……新入りの測定中か。水晶はどうした?」


「こ、この子が手を触れたら、いきなり光って弾け飛んだんです!」


「ほう?」


 ガンダルが俺を睨みつける。

 鋭い眼光。並の人間なら竦み上がるだろう威圧感だ。

 だが、フェンリルの「本気」を毎日浴びている俺には、そよ風程度にしか感じられない。

 俺は涼しい顔で彼を見返した。


「……ふん、肝は据わっているようだな」


 ガンダルはニヤリと笑うと、水晶の破片を指先でつまみ上げた。


「測定不能か。過去に水晶を割った奴は何人かいたが……ここまで粉々にした奴は初めてだ」


「弁償しますか?」


 俺が尋ねると、ガンダルは手を振った。


「いいや、測定中の事故はギルド持ちだ。それに、測定できない以上、正確なランクは分からんが……」


 彼は俺の全身をじろじろと観察した。

 俺は自身の魔力を完全に隠蔽(マスキング)している。彼の目には、魔力をほとんど持たない一般人にしか見えていないはずだ。


「魔力暴走(暴発)の一種だろう。魔力の制御が未熟な奴が、力任せに流し込むとこうなることがある。器だけデカくて、中身の蛇口が壊れているタイプだな」


 ガンダルはそう結論づけた。

 なるほど、そういう解釈か。

 制御不能の暴走扱いなら、「凄腕」とバレることはない。むしろ「扱いづらい素人」として見られる。好都合だ。


「そういうことです。まだ未熟なもので」


 俺が話を合わせると、ガンダルは鼻を鳴らした。


「よし、ミリエル。こいつの登録は許可する。だが、実力不明だ。規定通り最低ランクからのスタートだ」


「は、はい。分かりました」


 ミリエルは新しい羊皮紙を取り出し、素早く処理を進めた。

 やがて、一枚の銀色のプレートが手渡された。


「これがギルドカードよ。ランクは『F』。一番下の一つ上だけど、実質的な最下層だと思って」


 Gランクは依頼を受けられない見習い期間だが、俺はいきなり水晶を割るほどの魔力(暴走だが)を見せたため、Fランク認定されたようだ。


「Fランク……上等です」


 俺はカードを受け取った。

 そこには『アレウス・Fランク・素材鑑定士』と刻まれている。

 これで晴れて、俺はこの世界での身分を手に入れた。


「おい新人! 水晶割ったからっていい気になるなよ!」

「Fランクがお似合いだぜ!」


 野次が飛んでくるが、俺は気にも留めない。

 むしろ、過小評価されている方が動きやすい。実力を見せつけるのは、本当に必要な時だけでいいのだ。


「行くぞ、ポチ」


『……主よ、本当にそれでいいのか? あのような鈍ら男に「未熟」呼ばわりされて』


 ポチが不満げにテレパシーを送ってくる。


「いいんだよ。能ある鷹は爪を隠すってな」


 俺はギルドカードをポケットにしまい、依頼掲示板(クエストボード)の方へ向かった。

 まずは手頃な依頼をこなして、冒険者としての実績を作るとしよう。

 俺が掲示板の前で選んだのは、初心者向けの定番依頼『薬草採取』だった。

 だが、俺にとっての「採取」が、常人のそれとは次元が違うことを、まだ誰も知る由もなかった。

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