第5話 初めての生産品は、神話級(ゴッズ)ランクでした

 神獣フェンリル改め、ポチが我が家の番犬になってから数日が過ぎた。

 拠点の生活環境は劇的に向上していた。

 何しろ、ポチは優秀だ。俺が素材採取に出かけている間、近づく魔物を威圧だけで追い払ってくれるし、時には狩りをして食料を調達してくることもある。


「はぐ、はぐ……うまい! なんだこの肉は! 口の中で溶けるぞ!」


 今日の朝食時、ポチは皿に盛られたオーク肉のステーキを猛烈な勢いで平らげていた。

 俺が『物質解析』で筋繊維の結合を解きほぐし、肉質をA5ランクの和牛並みに再構築した特製ステーキだ。


「味わって食えよ。……さて」


 俺は空になった木皿を片付けながら、今後の計画を練っていた。

 住居はある。食料もある。最強の武器(星砕き)と、最強の番犬(ポチ)もいる。

 だが、圧倒的に足りないものがあった。

 それは『生産設備』だ。


 俺のスキル『物質解析』と『再構築』は万能に近いが、魔力を消費する。

 手先だけでチマチマと物質変換を行うのは、小規模なものならいいが、大規模な家具や複雑な魔道具を作るとなると効率が悪い。

 エンジニアとして、作業環境(開発環境)の整備は最優先事項だ。


「まずは、まともな工具(ツール)が必要だな」


 俺は立ち上がり、マジックバッグの中身を確認した。

 先日、川辺で採取したオリハルコンの残りがまだある。鉄や銅も十分だ。

 だが、ハンマーの柄や、作業台に使う木材が心許ない。


「おいポチ。この辺に、硬くて魔力伝導率の良い木が生えている場所を知らないか?」


 俺が尋ねると、ポチは口周りを肉汁で汚したまま顔を上げた。


『木か? ふむ……それなら、北の谷に「千年樹」と呼ばれる巨木群があるが……あそこは精霊が宿る神聖な場所だぞ。おいそれと手を出せるものでは――』


「案内してくれ」


『……話を聞け、主よ』


 ◇


 ポチの背に乗って数分(移動も快適だ)、俺たちはその谷に到着した。

 そこには、白銀の樹皮を持つ巨大な木々が立ち並んでいた。

 葉の一枚一枚が淡い光を放ち、周囲には光の精霊らしき小さな球体が漂っている。


 ――解析対象:ミスト・エルダー・トレント(千年樹)。

 ――材質:Sランク。

 ――特性:高魔力耐性、自動修復、精霊の加護。


「素晴らしい」


 俺は思わず拍手した。

 前世のゲームで言えば、ラストダンジョンで手に入る最高級の木材だ。

 俺は躊躇なく『星砕き』を抜いた。


『ま、待て! あれは森の守り神の一柱だぞ!? 切るつもりか!?』


「必要なリソースだ。それに、全部は切らない。枝を一本もらうだけだ」


 俺は手頃な太さの枝――といっても、大人の胴回りほどある太い枝に狙いを定めた。

 一閃。

 スパァン! という軽快な音が響き、枝が切断された。

 直後、切り口から樹液が溢れ出し、瞬く間に傷口が塞がっていく。さすがは再生能力持ちだ。本体へのダメージは皆無に近い。


「よし、回収完了」


 俺は地面に落ちた巨大な枝をマジックバッグに収納した。

 ポチが口をあんぐりと開けている。


『……精霊たちが、恐怖で逃げ惑っているのだが』


「気のせいだろ。さあ、帰って作業だ」


 ◇


 拠点に戻った俺は、早速工具の作成に取り掛かった。

 まずは鍛冶仕事の基本、ハンマー(金槌)だ。

 これがないと始まらない。

 俺は、採取した『千年樹の枝』を柄に使い、ヘッド部分には贅沢にも『オリハルコン』を使用することにした。


「贅沢すぎる……」


 横で見学していたポチが呆れたように呟く。

 オリハルコンといえば、爪の先ほどの量でも国宝扱いされる金属だ。それを、俺は拳二つ分ほどの塊で惜しげもなく使用する。


「道具は良いものを使わないと、良い製品(プロダクト)は作れないからな」


 俺は素材を地面に並べ、両手をかざした。

 スキル発動。

 頭の中で設計図(コード)を組み上げる。

 ただ叩くだけの道具ではない。

 対象に触れた瞬間、その物質構造を一時的に流動化させ、自在に形を変えるための『編集権限(アドミニストレータ)』を付与するデバイス。


 ――柄には衝撃吸収と魔力供給の回路を。

 ――ヘッドには『形状記憶』と『品質向上補正』の術式を。

 ――さらに、打撃時に発生する熱エネルギーを魔力に変換して還元するエコシステムを搭載。


「再構築(ビルド)!」


 カッ!!

 本日二度目の閃光が森を照らす。

 光の中から現れたのは、黄金色のヘッドに、白銀の柄を持つ美しいハンマーだった。

 見た目は武骨な工具だが、そこから溢れ出るオーラは聖剣の類を遥かに凌駕している。


 ――生成完了。

 ――名称:創世の槌(ジェネシス・ハンマー)。

 ――ランク:神話級(ゴッズ)。

 ――効果:加工成功率100%、全素材品質ランクアップ(極)、打撃対象の形状・性質を任意に変更可能。


「……うん、いい出来だ」


 俺はハンマーを握りしめた。

 手に吸い付くようなフィット感。重さを全く感じないバランスの良さ。

 これなら、どんな硬い素材でも粘土細工のように扱えるだろう。


『……おい、主よ。今、とんでもない鑑定結果が見えた気がするんだが』


 ポチが冷や汗を流しながら後ずさりしている。


『「創世」って何だ? 神話級って何だ? それはただの金槌ではないのか?』


「金槌だよ。ちょっと性能が良いだけのな」


 俺は試し打ちをすることにした。

 手元にあった、ただの鉄塊を作業台(これも先ほど石材で作った即席のものだ)に乗せる。

 コン、と軽く叩く。

 その瞬間、鉄塊がアメーバのように変形し、不純物を吐き出しながら、俺がイメージした通りの「スプーン」の形に凝固した。


 ――完成品:ミスリル銀のスプーン(品質S)。


 ただの鉄が、叩いただけでミスリルに進化した。

 物質変換のプロセスが、打撃の一瞬に圧縮されて行われたのだ。


「成功だな。これなら、いちいち魔力を大量消費して『再構築』しなくても、叩くだけで量産ができる」


 これは革命的だ。

 自動化(オートメーション)への第一歩である。


「よし、この調子で生活用品を揃えるぞ」


 俺は楽しくなって、次々と素材を台に乗せてはハンマーを振るった。

 コン、コン、コン、と軽快な音が響くたびに、神話級の輝きを放つ日用品が生み出されていく。


 千年樹の余り木材を叩く。

 →『世界樹の木皿』完成。

 効果:料理の鮮度維持(永久)、毒素分解。


 川で拾った砂をガラスにして叩く。

 →『浄化のコップ』完成。

 効果:注いだ液体を最高級聖水に変換、温度固定。


 余ったウルフの毛皮を叩く。

 →『天狼のラグマット』完成。

 効果:自動温度調整、HP・MP回復促進、ダニ・ノミ完全駆除。


「ふぅ……こんなものか」


 一通り作り終えて、俺は額の汗を拭った。

 目の前には、王侯貴族でも見たことがないような最高級の食器や家具が並んでいる。

 だが、俺にとってはただの「暮らしを良くするための道具」だ。


「おいポチ。お前の食器も作ったぞ」


 俺は最後に作った、少し大きめの深皿をポチの前に置いた。

 素材はオリハルコンと千年樹のハイブリッドだ。頑丈さには自信がある。


『……これか?』


 ポチが恐る恐る皿を覗き込む。

 

「ああ。食べた後、自動的に汚れを分解して洗浄する機能付きだ。あと、中の餌が腐らない」


『……主よ。我は長く生きているが、犬の餌皿から「聖遺物(アーティファクト)」の気配を感じたのは初めてだ』


 ポチは遠い目をしていた。

 だが、俺がその皿に干し肉を入れてやると、嬉しそうに尻尾を振って食べ始めた。

 食欲には勝てないらしい。


「よし、早速使ってみよう」


 俺たちは、完成したばかりのテーブルセットで遅めの昼食をとることにした。

 『浄化のコップ』にただの川水を注ぐ。

 一瞬で水が黄金色に輝き、芳醇な香りを放つ聖水へと変わった。

 一口飲む。

 全身の細胞が活性化し、魔力が溢れ出てくるのが分かった。疲労など一瞬で吹き飛ぶ。


「うまい。これならエナジードリンクいらずだな」


『……主よ、その水、一口もらっただけで我のレベルが上がった気がするのだが』


 ポチが震えながら言った。

 

「気にするな。効率的に栄養補給ができている証拠だ」


 俺は『世界樹の木皿』に乗せた木の実を齧った。

 森で拾った渋い木の実だったはずだが、完熟フルーツのような甘味に変わっている。皿の「美味化補正」が効いているらしい。


 快適だ。

 最高に効率的(オプティマイズ)された生活だ。

 俺は満足感に浸っていた。

 だが、ポチは深刻そうな顔で、俺と、散乱する神話級アイテムたちを交互に見つめていた。


『これ……もし人間社会に流出したら、戦争が起きるぞ』


「ん? 売るつもりはないから大丈夫だ。これは俺たちの生活用だからな」


 俺はのんきに答えた。

 市場価値など関係ない。自分が使う道具は、自分が使いやすいように作る。それがエンジニアの流儀だ。

 

 だが、俺はまだ気づいていなかった。

 俺が「失敗作」として無造作に庭に捨てた木片や、試作品の残骸が、後にこの森に迷い込んだ冒険者たちによって発見され、国中を揺るがす大騒動になることを。


「次は風呂だな。日本人の魂として、風呂だけは譲れない」


 俺は『創世の槌』を肩に担ぎ、新たな野望に燃えていた。

 異世界でのモノづくり生活は、まだ始まったばかりである。

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