『解析』と『再構築』で異世界すべてを最適化する ~「役立たず」と追放された素材鑑定士は、神話級の魔道具を量産して無自覚に世界を支配するようです~
@tamacco
第一章:追放と覚醒
第1話 転生、そして役立たずの烙印
視界が明滅していた。
目の前に広がるのは、何列にも重なる無機質なプログラムコードの羅列。
耳に届くのは、サーバールームの低い唸り声と、自身の心臓が早鐘を打つ不快な音。
「……納期、明日か……。ここで落ちたら、プロジェクトが……」
霞む意識の中で、キーボードを叩く指だけが動いていた。
日本のIT企業に勤めるシステムエンジニア、相沢透(あいざわとおる)。それが俺の名前だ。
デスマーチ。終わらないバグ修正。仕様変更の嵐。
三日間、ろくに寝ていない。カフェイン錠剤とエナジードリンクで無理やり脳を叩き起こし、身体を酷使し続けた代償は、唐突に訪れた。
バチン、と頭の中で何かが切れる音がした。
胸を鷲掴みにされたような激痛。
視界がブラックアウトする。
(あ、これ死ぬな)
客観的な事実として、俺は己の死を悟った。
悔いがないと言えば嘘になる。もっと自由な時間が欲しかった。誰に指図されることもなく、自分の思うままに何かを作り上げたかった。
バグだらけの仕様書に振り回されるのではなく、理路整然とした完璧な世界を構築したかった。
(もし、次があるなら……もっと効率的に、最適化された人生を……)
意識の最奥で願ったその言葉が、俺の最期の思考となった。
◇ ◇ ◇
次に目を覚ました時、俺はアレウス・ヴァン・ルークスになっていた。
赤子の泣き声ではなく、五歳児としての自我の目覚めだった。
そこは剣と魔法が存在する異世界であり、俺が生まれたルークス公爵家は、代々強力な魔導師や騎士を輩出する王国の名門だった。
前世の記憶を持ったまま転生した俺は、すぐにこの世界の言語を理解し、状況を把握した。
どうやら俺は、この家の三男坊らしい。
上の二人の兄は、幼い頃から規格外の魔力や剣才を示し、父である公爵から溺愛されていた。
一方で、俺はと言えば、魔力量は平凡、剣を持たせても平凡。
神童と謳われる兄たちと比較され、家臣たちからは「公爵家の面汚し」「出がらしの三男」と陰口を叩かれる日々を送っていた。
だが、俺にとってそんな評価はどうでもよかった。
この世界には「魔法」という未知の法則がある。
前世でエンジニアだった俺にとって、物理法則を無視して事象を改変する魔法は、解析し甲斐のある極上のブラックボックスだったからだ。
書庫にこもり、魔法理論を読み漁る俺を、父や兄たちは「陰気な奴だ」とさらに蔑んだ。
それでも俺は知識を蓄えた。
そして十五歳になった今日。
王国の全ての貴族が受けることになっている『天啓の儀』の日を迎えたのである。
◇
王都の中央に位置する大聖堂。
ステンドグラスから差し込む光が、祭壇に置かれた巨大な水晶を照らし出している。
『天啓の儀』とは、十五歳になった者が神より『スキル』を授かる儀式だ。
この世界において、スキルの有無と種類は、その後の人生を決定づけると言っても過言ではない。
「次、アレウス・ヴァン・ルークス」
神官の事務的な声が響く。
俺は一歩前に出た。背後には、腕を組んで仁王立ちする父、ガラルド公爵の威圧的な視線がある。
兄二人は既に儀式を終えていた。
長男は『剣聖』、次男は『大魔導』。
どちらも国を背負って立つに相応しい、稀代のレアスキルだ。会場にいた貴族たちからは、ルークス公爵家の繁栄を約束する称賛の嵐が巻き起こっていた。
(プレッシャーが半端じゃないな……)
俺は心の中で苦笑しながら、祭壇への階段を上った。
父の期待はしていないが、あまりに酷いスキルだと家での居場所が完全になくなる。せめて、生活に困らない程度の生産系スキルか、汎用性の高い魔法スキルがあればいいのだが。
「水晶に手を」
促されるまま、俺は冷やりとした水晶の表面に右手を乗せた。
ブォン、と低い音が鳴り、水晶の内部に光の文字が浮かび上がる。
会場中の視線が一点に集中する。
そこに表示された文字は――。
『物質解析』
一瞬の静寂。
そして、誰かが漏らした失笑が、波紋のように広がっていった。
「ぶ、物質解析? なんだそれは」
「聞いたことがないな。戦闘系ではないのか?」
「鑑定スキルの下位互換だろう。ただ単に、物が何でできているか分かるだけだとか」
「鑑定士なら平民でもなれるぞ。公爵家の人間が授かるスキルか?」
「『剣聖』と『大魔導』の弟が、ただの目利きとはな!」
クスクスという嘲笑、呆れを含んだ溜息。
神官もまた、気の毒そうな目で俺を見て言った。
「……アレウス様のスキルは『物質解析』です。対象の素材名や産地を知ることができる、いわゆる鑑定系の一種……ですが、状態異常を見抜くことも、魔力を測ることもできないようです。純粋に『物質』を見るだけの、非常に限定的なスキルかと」
決定打だった。
戦闘にも使えず、高度な鑑定もできない。ただの石ころを見て「これは石です」と分かるだけの能力。
それが、周囲が下した俺の評価だった。
「――下らん」
低く、地を這うような声が響いた。
父だ。
ガラルド公爵は、顔を真っ赤にして憤怒の形相で俺を睨みつけていた。
「我がルークス家の血筋から、これほどの『役立たず(ハズレ)』が出るとはな……! 恥を知れ、アレウス!」
大聖堂に怒号が轟く。
兄たちも冷ややかな目で俺を見下ろしていた。
「おいおい、俺たちの弟が素材係かよ」
「戦場には連れていけんね。後ろで剣の錆でもチェックしてもらうか?」
罵詈雑言の嵐。
だが。
その渦中にありながら、俺の内心は驚くほど冷静だった。
いや、むしろ歓喜に打ち震えていたと言ってもいい。
(……おい、嘘だろ?)
俺は水晶に表示された文字ではなく、その奥に見えている『情報』に釘付けになっていた。
スキルが発動した瞬間、俺の視界は劇的に変貌していたのだ。
水晶に触れている手を通して、膨大なデータが脳内に流れ込んでくる。
――構造定義:高純度魔力結晶体。
――分子配列:六方晶系・魔力伝導型。
――欠損率:0.03%。
――最適化可能領域:98%。
それだけではない。
俺の目には、この水晶を構成する原子レベルの結合、さらにはそこに流れる魔力の回路(パス)までもが、まるで『ソースコード』のように視覚化されていた。
前世で見慣れた、プログラム言語に似ている。いや、もっと直感的で、もっと根源的な『世界の記述言語』だ。
この『物質解析』というスキル。
ただ名前を知るだけの鑑定スキルじゃない。
対象の構造(コード)を完全に理解(デバッグ)し、あろうことか書き換える(コーディング)権限まで付与されている。
(見える……! この水晶の不純物を取り除き、魔力伝導率を百倍に引き上げるための『修正パッチ』が、頭の中で組み上がる!)
俺は理解した。
これは『解析』と表示されているが、その本質は『編集』であり『再構築』だ。
石ころをダイヤモンドの分子配列に書き換えれば、それはダイヤモンドになる。
ボロボロの剣でも、金属疲労という『バグ』を取り除き、炭素配列を最適化すれば、名刀をも凌ぐ切れ味になる。
神話級(ゴッズ)の魔道具?
そんなもの、構造さえ理解してしまえば、そこら辺のガラクタから量産できるじゃないか。
(とんでもないチートをもらってしまった……)
心臓が高鳴る。
だが、俺はすぐに表情を引き締めた。
この能力の真価を、ここで馬鹿正直に話すべきか?
いや、駄目だ。
父は成果主義の権化だ。もしこの力が「兵器を量産できる」ものだと知れれば、俺は一生、公爵家の道具として地下牢で剣を作り続けさせられるだろう。あるいは、王家や他国から危険視されて暗殺される可能性すらある。
何より、俺を「役立たず」と見下すこいつらに、この力を使ってやる義理は微塵もない。
俺はあえて、落胆したような表情を作って項垂れてみせた。
「……申し訳ありません、父上」
「ええい、私の視界に入るな! 帰ったら直ちに沙汰を言い渡す!」
父はマントを翻し、俺を置き去りにして大聖堂を出て行った。
兄たちも鼻で笑いながら後に続く。
残された俺に、同情する者は誰もいなかった。
だが、俯いた俺の口元には、誰にも見えないように微かな笑みが浮かんでいた。
◇
屋敷に戻ってからの展開は早かった。
その日のうちに、俺は父の執務室に呼び出された。
「アレウス。お前を本日付でルークス家から除籍する」
机に叩きつけられたのは、絶縁状と、わずかな路銀が入った革袋。
予期していた通りの通告だった。
「お前のような無能を置いておく余裕は我が家にはない。貴族の籍も剥奪だ。今後は平民として、そのくだらない鑑定スキルで細々と食いつなぐがいい」
「……はい」
「二度とルークスの名を名乗るな。王都に留まることも許さん。辺境の地へ去れ。魔物が跋扈する『死の森』の近くにある開拓村へ行け」
それは実質的な死刑宣告に等しかった。
身一つで、魔物の領域へ放り出されるのだから。
だが、俺は静かに頭を下げた。
「承知いたしました。今まで育てていただき、感謝いたします」
殊勝な態度に、父は拍子抜けしたような顔をした。泣いて縋り付いてくると思っていたのだろう。
俺は踵を返し、一度も振り返ることなく部屋を出た。
自室に戻り、最低限の荷物をまとめる。
と言っても、持ち出せるものは着替えと、机の引き出しに入っていた錆びついたナイフ一本だけだ。これは昔、庭で拾ったガラクタで、兄たちが捨てた失敗作の剣の欠片だったものだ。
「さて……」
俺は窓から夜空を見上げた。
不思議と、不安はなかった。
むしろ、肩の荷が下りたような開放感がある。
あの息苦しい家、理不尽な評価、終わらないデスマーチのような貴族社会。それら全てから、ようやく解放されたのだ。
俺は手元の錆びたナイフを見つめた。
スキル『物質解析』を発動する。
視界にナイフの『コード』が浮かび上がる。
――材質:低品質鉄。
――状態:酸化腐食(深刻)、刃こぼれ多数。
――強度:Eランク。
酷いものだ。これではスライム一匹倒せない。
だが、今の俺には見える。
この鉄の中に眠る、わずかな炭素と微量元素。そして大気中に漂う魔素(マナ)。
それらを結合させ、不純物を『削除』し、分子構造を『再構築』するイメージを練り上げる。
「……最適化(オプティマイズ)」
小さく呟き、魔力を注ぎ込む。
カッ、とナイフが淡い光を放った。
錆が瞬く間に剥がれ落ち、刀身が銀色から青白く透き通るような色へと変質していく。
歪んでいた刃は極限まで研ぎ澄まされ、その表面には複雑な幾何学模様の魔力回路が刻まれた。
光が収まった後、俺の手には、全く別の何かが握られていた。
――解析完了。
――再構築結果:ミスリル合金製・魔力伝導短剣。
――追加効果:切れ味強化(極)、自動修復、魔力増幅。
――強度:Sランク。
ただの鉄屑が、国宝級の業物へと生まれ変わっていた。
試しに、部屋にあった硬い黒檀の椅子に向けて、軽く振ってみる。
抵抗は皆無だった。
音もなく、椅子は真っ二つに両断されていた。断面は鏡のように滑らかだ。
「……ははっ、こりゃすごい」
思わず笑いがこみ上げる。
やはり、俺のスキルは『ただ見るだけ』なんかじゃない。
この世界のすべてを素材として、俺の望むままに作り替えることができる力だ。
俺は短剣を腰に差した。
荷物を背負い、誰もいない夜の廊下を歩く。
向かう先は辺境。何もない、魔物だらけの土地。
だが、そこは俺にとっての実験場(ラボ)だ。
誰にも邪魔されず、納期に追われることもなく、好きなだけモノづくりに没頭できる場所。
追放? まさか。
これは俺にとって、最高の『転職』だ。
屋敷の門を出て、俺は王都の外へと続く街道へ踏み出した。
夜風が心地よい。
かつて「役立たず」と烙印を押された男の、世界を最適化する旅が、今ここから始まる。
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