神宮寺霊異探偵事務所 ──50歳からの再出発──

あちゅ和尚

第1話 神に選ばれた男

 バックミラーの中で、トラックの荷台が闇に溶けていく。

 国道沿いの街灯はまばらで、ヘッドライトだけがアスファルトを淡く照らしていた。


 神宮寺篤志は、ハンドルを握ったままデジタルタコグラフに目を落とす。

 時刻は深夜2時過ぎ。神戸の港を出てから、すでに3時間ほど走っている。


 乗っているのは10tウイング車。

 体に馴染んだシートのきしみと、ディーゼルエンジンの低い唸りが、一定のリズムで背骨に伝わってくる。


 ラジオから、深夜帯独特のくだけた声が流れていた。


『今夜の投稿は、ハンドルネーム“闇市のパンダ”さんから。

 ──うちの近所のトンネルには、決して止まってはいけない“ゼロ番カーブ”があるそうです。そこでは……』


「ゼロ番カーブ、ねぇ」


 篤志は、片方の口角だけで小さく笑う。

 オカルト、心霊、都市伝説、陰謀論。

 そういった話は、昔から妙に好きだった。


 スナック「夜更かし」のカウンターで、そんな話を延々としているうちに、ママや常連から「あっちゃん」と呼ばれるようになった。

 「霊の話が好きなくせに、自分はまったく見えない男」とからかわれ、そのたびに「見えないからこそ面白いんだ」と返してきた。


 今思えば、その頃の自分は、まだ世界の片側しか知らなかった。


 フロントガラスの向こう、遠くの山影が黒い塊となって横たわっている。

 その斜面のどこかに、あるものがあったことを、ふいに思い出した。


 ──子供の頃、家の近くに小さな祠があった。


 住宅街の端、竹林の手前。

 木の柱は腐り、屋根瓦は落ち、扉は外れて斜めに立てかけられているだけ。

 同級生たちは、肝試しのつもりで石を投げつけたり、蹴飛ばしたりして遊んでいた。


 あの日、篤志はひとりで、その祠の前に立っていた。


「……なんか、かわいそうだな」


 祠の中には、かろうじて形を保った小さな木彫りの像があった。

 ほこりにまみれ、誰からも忘れ去られたようなその姿が、妙に胸に引っかかった。


 家から釘と金槌を持ち出し、父の工具箱から木ネジを拝借し、工事現場から余った板材を分けてもらい──小学生なりに精一杯、祠を修理した。


 瓦の代わりに波板を載せ、外れていた扉には蝶番を付け直し、倒れかけた柱を補強する。

 全てが終わった時、額の汗を袖で拭った篤志の耳に、風とは少し違う響きが届いた。


『ありがとう』


 確かに、そう聞こえた。

 振り向いても誰もいない。

 それでも、あの瞬間だけは、「何か」がそこにいたと信じている。


 ──その出来事も、いつしか日常の中に埋もれ、ただの思い出として心の奥に沈んでいた。


 今夜、その祠のことをふと思い出したのは、ただの偶然のはずだった。


 篤志は軽く首を回し、こわばった肩をほぐす。

 長距離の運転は嫌いではないが、50歳を過ぎると、さすがに疲労の蓄積を無視できなくなる。


「……あと1時間も走れば、パーキングだな」


 独り言のように呟いた、その瞬間だった。


 対向車線のずっと先で、異様な光が弾けた。

 白い閃光が闇の中で花火のように散り、続いて、金属が激しくぶつかり合う音が遅れて届く。


「……事故か?」


 アクセルを緩め、前方に意識を集中させる。

 次の瞬間、闇の中から、ひしゃげたヘッドライトの光がこちらへ向かって突っ込んできた。


 ガードレールをなぎ倒し、対向車線からはみ出してきた大型トラック。

 フロントは紙のように潰れ、運転席側は原形を留めていない。


「──ッ!」


 反射的にハンドルを切り、ブレーキを踏み込む。

 だが、荷を積んだ車体は簡単には止まらない。


 タイヤがアスファルトをこする甲高い音。

 シートベルトが胸に食い込み、荷台が激しく左右に振れる。


 逃げ場はない。

 避けきれないと悟った瞬間、時間の流れが、不自然なほど引き伸ばされた。


 対向車のヘッドライト越しに、運転手らしき男の顔が見えた。

 恐怖と後悔に歪んだ、その目。


──なんだよ、これ……完全にもらい事故じゃないか。


 心の中で呟いた時、ラジオから流れるパーソナリティの声だけが、やけにはっきりと耳に残った。


『──ゼロ番カーブで、決して止まってはいけない理由は──』


 衝突。


 激しい衝撃が、世界のすべてを真っ白に塗り潰した。


     *


 静寂。

 耳鳴りも、エンジンの音も、ラジオも消えた世界に、篤志は浮かんでいた。


 冷たい暗闇。

 自分という輪郭だけが、かろうじてそこにある。


 手も足も感じない。

 身体の重さも温度も分からないのに、意識だけが「ここ」にあるという確かな感覚。


 どれほど時間が経ったのか、見当もつかない。

 やがて、その闇の中に、小さな灯がともった。


 ぼんやりとした淡い光が、ゆっくりと形を帯びていく。

 それは、やがて小さな祠の姿となって浮かび上がった。


「……あぁ」


 見覚えのある祠だった。

 幼い頃、自分が修理した、あの祠。


 ただし、記憶の中よりもずっと整っている。

 木材は新しく、屋根も壁もきれいに修繕され、周囲には白い玉砂利が敷かれている。

 注連縄は張り替えられ、紙垂が静かに揺れていた。


 祠の前に、誰かが立っていた。


 年齢も性別も判別できない。

 人の形をしているが、その輪郭は薄い霧のように揺らぎ、顔だちもはっきりしない。

 ただ、その存在から放たれる気配だけが、圧倒的だった。


『神宮寺篤志』


 声が、直接頭の中に響く。

 柔らかくも深い、どこか古びた響きを持つ声。


「……あんたは、誰だ」


 口を動かした感覚はない。

 それでも、自分の言葉が闇ににじむように広がった。


『名を問うか。よい。

 我は、この祠に宿る神──

 **神流大神(かんながれのおおかみ)**と呼ばれている』


 その名を告げた瞬間、祠の周囲の空気が、すっと澄んだように感じられた。


『お前が幼き日に、朽ちた我が社を修理してくれた時から、ずっとここにいる』


 神流大神──そう名乗った存在の輪郭が、ふっと笑ったように揺れる。


『あの時、お前は“かわいそうだ”と口にした。

 壊れていることではなく、放っておかれていることに心を痛めた。

 それは、我にとって何よりの救いであった』


「あの“ありがとう”って声は……」


『あれは紛れもなく我の声だ』


 胸の奥が、不思議な熱を帯びる。

 あの時の違和感が、ようやく形を持った気がした。


「……それで、今、俺はどういう状態なんだ」


『お前は今、生と死の境にいる』


 神の声は淡々としていた。


『お前の肉体は深く傷つき、心臓も一度止まった。

 このまま何もせねば、お前の魂は完全にこちら側へ渡るだろう』


「ってことは、死ぬ寸前ってことか」


『そう解釈してもよい』


 言葉は静かだが、突きつけられた現実は重い。


『問うぞ、神宮寺篤志。

 お前は、まだ生きたいか』


 答えは、考えるまでもなかった。


「……生きたい。

 まだ、やりたいことが山ほどある」


『そうか』


 神流大神の気配が、わずかに温度を増した気がした。


『ならば、我はかつての恩に報いよう。

 お前の命を繋ぎ、力を与える』


「力?」


『この世ならざるものを視る目と、それに対峙するための力だ。

 お前の智慧は冴え、身体は研ぎ澄まされ、洞察は常人の域を超えるだろう。

 それらは、霊力によって引き出される、お前自身の可能性だ』


 暗闇の中に、薄い影がいくつも浮かび上がった。

 人の形にも獣の形にも見える、不定形な黒い靄。

 それらが、ゆらゆらと揺れながら、また闇に溶けていく。


『人の世には、目には見えぬものが満ちている。

 祈り、怨み、恐れ、願い。

 重なり、淀み、形を持ちかけるものたち』


 声は静かだが、その内容は現実離れしている。


『お前は、それらを視ることができるようになる。

 人の言葉の裏にある感情や、場に満ちる気配も、より深く感じ取れるだろう』


「……そんなものを、俺に渡して、どうさせたい」


『選ぶのはお前だ』


 神流大神は、きっぱりと言い切った。


『その力をどう使うか、どこまで関わるか。

 全ては、お前自身が決めること』


 少し間を置いてから、言葉を継ぐ。


『ただ、ひとつだけ言わせてもらうなら──

 お前は昔から、人の裏側に興味を持つ者だった』


 オカルト話に耳を傾け、都市伝説を調べ、陰に隠れたものを想像するのが好きだった自分。

 その姿を、遠くから見てきた者の言葉だった。


「……まあ、否定はできないな」


『人の心や出来事の裏側を覗き込む者は、やがて“本物”に出会う。

 その時、目を閉じて見なかったふりをするか、正面から向き合うか。

 お前は、どちらを選ぶ』


 問いかけは重く、しかし強制的ではなかった。


『命を繋ぐ代わりに約束しろ、とは言わぬ。

 ただ、生き延びたあとで、自分の目で視て、自分の足で選べ。

 そのための力を授けよう』


 少しの沈黙の後、神はさらに続けた。


『もっとも、全てをお前ひとりに背負わせるつもりはない。

 我の眷属を2体、お前につけよう』


 闇が揺らぎ、祠の左右にふたつの影が現れる。


 ひとつは、古い甲冑をまとった武者の姿。

 髷を結い、鋭い眼光を持ちながら、その瞳には不思議な落ち着きが宿っている。

 もうひとつは、白い狩衣をまとった女。

 長い黒髪を後ろで束ね、手には紙扇を持っていた。


『武の眷属──朧(おぼろ)。

 術の眷属──白妙(しろたえ)。

 この2体が、お前の守護となる。

 お前を護り、ともに在る者だ』


 武者が無言で片膝をつき、深く頭を垂れた。

 女は柔らかく微笑み、扇を胸元で静かに掲げる。


「どうぞ、お導きください、神宮寺殿」


 澄んだ声が、暗闇に広がった。


「……待てよ。

 俺はただの、10tトラックの運転手だ。

 特別な修行をしたわけでもないし、何かの“選ばれた者”ってわけでもない」


『選ばれたのではない。

 お前が“選んだ”のだ』


 神流大神の声は、静かに、しかしはっきりと告げる。


『朽ちた祠を見て、最初に浮かんだ言葉は“かわいそうだ”だった。

 誰も見向きもしなかったものに、心を向けた。

 その目を持つ者が、何も知らぬままこの世を去るのは、あまりに惜しい』


 言葉は柔らかいが、そこには強い意志が感じられた。


『生きるか、ここで終わるか。

 最後に決めるのは、やはりお前だ』


 問いは、最初と同じだった。

 だが今度は、「どう生きるか」という意味も含まれている気がした。


 トラック運転手としての生活。

 スナック「夜更かし」での他愛もない会話。

 港で働く仲間たちの笑い声。


 そして──


 子供の頃に夢中で読んだ推理小説。

 事件の真相を解き明かしていく探偵という存在に、ひそかに憧れていた少年時代。


「……生きる」


 篤志は、はっきりと答えた。


「まだ終わりたくない。

 もう1回、ちゃんと自分の足で生きてみたい」


『よい』


 神流大神の気配が、柔らかく膨らむ。


『では、契約は成った。

 霊力を、お前の魂と肉体に刻もう。

 だが、忘れるな』


 わずかに声の調子が変わる。


『命はお前のものだ。

 ただ、その使い道は、お前だけのためではないことを、どこかで覚えておけ』


 祠も、神も、眷属も、強い光に包まれていく。

 視界が白に染まり、意識が急速に現実へと引き戻される。


『目を開けよ、神宮寺篤志。

 お前の第2の人生は、ここからだ』


     *


 消毒液の匂いが、鼻をついた。

 規則的な電子音と、遠くから聞こえる人の話し声。

 微かに冷たい空気。


 瞼を持ち上げると、白い天井が視界に広がった。

 蛍光灯の光はカバーに柔らかく遮られ、目に刺さるような眩しさはない。


「……ここは」


 掠れた声が喉から漏れる。


 すぐそばで動きがあり、白衣の女性が視界に入ってきた。

 首から下げた名札と、慣れた所作から、看護師だと分かる。


「あ、目が覚めましたね。分かりますか? お名前、言えますか」


「……神宮寺……篤志。

 ここは……病院、ですよね」


「はい。交通事故で運ばれてきたんですよ。覚えてますか?」


 脳裏に、白い閃光と、対向車の歪んだヘッドライトが蘇る。

 胸の奥がざわつき、思わず手を動かそうとして、全身を走る痛みに息を呑んだ。


「っ……」


「無理に動かさないでくださいね。

 骨折も内臓の損傷もありましたから。

 でも、大きな峠は越えています。お医者さん呼んできますね」


 看護師が病室を出て行き、足音が遠ざかる。


 篤志は天井を見つめながら、ゆっくりと呼吸を整えた。

 心電図の音と、自分の鼓動が重なって響く。


「……生きてる、ってことか」


 あの祠。

 神流大神。

 朧と白妙。


 夢にしては、あまりに鮮明だった。

 だが夢であろうと現実であろうと、結果として自分はこうして息をしている。


 ふと、病室の端に視線を向けた瞬間、篤志は息を止めた。


 カーテンの向こうに、不自然な“影”が立っていた。


 人間のような輪郭をしているが、薄い靄のように揺らぎ、顔の部分は真っ黒な穴のように見える。

 その影は、ベッドに横たわる別の患者の周囲をゆっくり回っていた。


「……なんだ、あれ」


 思わず漏れた声に反応したのか、出入口から別の看護師が顔をのぞかせたが、影にはまったく気づいていない様子だ。

 看護師の身体を、その影がすり抜けていくのを、篤志はただ見ているしかなかった。


 影はやがて、ふわりと天井の方へと昇り、そのまま壁の向こうへ消え去った。


 自分にだけ、見えている。


 その事実に気づいた瞬間、背筋を冷たいものが走る。


「……霊、なのか、今のは」


 掠れた声で呟きながら、自分の指を見つめる。

 震えている。

 恐怖だけではない。現実がひしゃげていく感覚に、頭が追いつかない。


 そこへ、白髪混じりの医師が入ってきた。

 カルテを手に、穏やかな笑みを浮かべている。


「神宮寺さん、目が覚めましたか。気分はどうです?」


「……正直、あまり良いとは言えませんね」


 冗談めかして返すと、医師は小さく笑った。


「それはそうでしょうね。

 あれだけの事故でしたから。

救急隊の話では、一時心肺停止状態だったそうですよ」


「心肺……停止」


「ええ。おおよそ3分ほど心臓が止まっていました。

 そこから蘇生して、手術にこぎつけた。

 なかなかないケースです。かなり運が良かったと言っていいでしょう」


 運が良かった──

 神流大神の言葉が、脳裏をよぎる。


「ただ、いい話ばかりでもなくてですね」


 医師はカルテを見つめ、表情を引き締めた。


「右足の大腿骨と脛骨が複雑骨折していました。手術は成功しましたが、完全に元どおりというわけにはいきません。

 リハビリをしっかりやれば、歩行や日常生活に大きな支障はない程度には回復する見込みです。

 ですが──」


 その先の言葉は、言われる前から想像がついた。


「トラックの運転手は、難しい……ってことですよね」


「はい。長時間の運転や、荷物の積み下ろしなど、負担の大きい作業はおすすめできません。

 申し訳ないですが、仕事の方は見直しが必要になると思います」


「……そう、ですか」


 覚悟していたとはいえ、言葉として突きつけられると、胸の奥に重いものが沈んだ。


 50歳。

 10tトラックの運転しか知らない男が、突然その職を失う。


 医師はそれ以上深くは踏み込まず、「リハビリは少し大変ですが、一緒に頑張りましょう」とだけ告げて病室を後にした。


 静けさが戻る。


 天井を見つめながら、篤志は長く息を吐いた。


「……さて、どうしたもんかな」


 この歳から新しい仕事を探すのは、簡単ではない。

 身体にも制約がついた。

 現実的に考えれば、不安材料はいくらでも挙げられる。


 それでも──胸の奥のどこかで、別の感情が顔を出していた。


 “せっかく生き延びたんだ。どうせなら、前からやってみたかったことをやれ”


 少年の頃、推理小説に夢中になった日々。

 人の心の裏側を読み解き、事件の真相を暴いていく探偵という存在に、密かに憧れていた自分。


「……探偵、か」


 口に出してみると、その響きは意外なほど違和感がなかった。


 この世ならざるものが見える目。

 常人を超えた洞察力と、研ぎ澄まされた身体能力。


 それは、人が引き起こす事件の裏側を追うのにも、きっと役に立つはずだ。

 人の感情の淀みと、霊的な“何か”は、どこかでつながっている気がする。


「人の闇も、見えない闇も、両方まとめて相手にする探偵……悪くないかもしれないな」


 思わず笑いそうになった時、視界の端に動く影があった。


 病室の入口付近。

 そこに、ふたつの姿が立っていた。


 ひとりは甲冑姿の武者。

 もうひとりは白い狩衣をまとった女。


 朧と、白妙。


 現実の光の中でも、その姿ははっきりと見える。

 だが、看護師や通りかかる人は、誰ひとりとして彼らの存在に気づいていない。


「ようやく、目覚められましたね、神宮寺殿」


 白妙が、扇をたたみながら静かに言った。


「ここから先は、我らも共にあります」


 朧の低く落ち着いた声が続く。


「運転手としての道は閉ざされたかもしれません。

 ですが、それは新たな道の始まりでもありましょう」


「……あんたたち、本当に現実にいるのか」


「少なくとも、今のあなたには見えているはずです」


 白妙が、軽く微笑む。


「それで十分です。見える者にとって、それは“在る”ということですから」


 窓の外に目をやる。

 まだ夜明け前で、遠くの街の灯が小さく瞬いている。


 その光のひとつひとつの下に、人の生活があり、感情があり、そしてきっと、目に見えない“影”も潜んでいる。


「……決めた」


 篤志は、シーツの上で拳を握りしめた。


「退院したら、勉強する。

 必要な資格を取って、探偵になる。

 人の闇も、見えない闇も、全部この目で追ってやる」


 そう口にした瞬間、胸の奥で、静かな炎が灯ったような感覚があった。


 恐怖も、不安も、ゼロではない。

 50歳からの再出発が軽いものではないことくらい、分かっている。


 それでも──


 あの祠の神、神流大神が与えた力と、2体の眷属がいる。


「神宮寺篤志、50歳。

 元10tトラック運転手、これから探偵志望」


 自分自身に名乗るように呟き、微かに笑う。


「どうせなら、面白い人生にしてやる」


 窓の外、遠くのビルの上に、薄い靄のような影が浮かんでいるのが見えた。

 普通の人間なら決して気づかないほど微かな、その“影”。


 それが何なのか、まだはっきりとは分からない。

 ただひとつだけ確かなのは──


 もらい事故で奪われかけた命は、今、まったく別の意味を帯び始めているということだ。


 神宮寺篤志という男の第2の人生。

 霊と、人の心の闇に向き合う物語は、静かに動き出していた。

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