プロジェクト・アマテラス ― 三貴機神再生計画 ―
狐月華
第1話 名を呼ばれた日
与島――
瀬戸大橋のほぼ中ほどに浮かぶその島は、かつて橋を渡る人々のためのパーキングエリアとして整備され、
瀬戸内海を一望できる観光地として賑わいを見せていた。
本州と四国を結ぶ巨大な吊橋。
そのメインケーブルを繋ぎ止める巨大なコンクリート塊――
アンカレイジが鎮座する、数少ない「立ち寄れる島」。 かつては土産物店と展望台、短い散策路が整備された、旅の途中でひと息つくための穏やかな場所だった。
だが――
現在では、その役割は完全に失われている。
民間利用はすべて停止。
立ち入りは厳重に制限され、島全体が一つの巨大な軍事基地として再構築された。
地上、地下、そして沿岸部に至るまで、与島は物理的にも完全に軍事用途へと作り替えられている。
かつて観光客が行き交った岸壁は艦艇用ドックへと姿を変え、島の内部には、複数層にわたる作戦指揮区画と整備ハンガーが張り巡らされている。
今の与島は、休憩所でも観光地でもない。
瀬戸大橋の直下に位置するその島は、本州と四国を隔てる防衛線の要として位置づけられた、戦略上の最重要拠点だった。
橋の下に据えられたこの基地は、橋を渡り本州へ侵入する外敵を遮断する防壁であると同時に、封鎖された四国へ戦力を送り込むための中継点でもある。
防衛と進出、その両方を担うがゆえに、ここは失えない。
与島基地は、引くことも越えることも許されない境界線の上に置かれた、最前線拠点だった。
与島基地地下三層、ブリーフィングルーム。
篠宮美桜は、無意識に拳を握り締めていた。
今日ここで告げられる任務は――死者が出る。
それだけは、はっきりしている。
壁面の照明は落とされ、室内は薄闇に沈んでいた。
無数の端末が発する低い駆動音だけが、静まり返った空間をわずかに満たしている。
今日は、空気が違った。
作戦前特有のざわめきも、軽口も、ここにはない。
前列に座るパイロットたちは皆、背筋を伸ばしている。
私語は一切ない。
理由は明白だった。
――基地司令が、自ら登壇する。
それだけで、この任務が“通常ではない”ことを示していた。
司令が前に立つということは、これは現場判断ではない。
内閣が、日本という国が全責任を負うと決めた作戦だ。
美桜は、静かに息を整えた。
この場にいる誰よりも若い自覚は、嫌でも意識に上る。
十八歳。
スサノヲ計画始動以来、最年少での入隊。
そして――実戦配備から、まだ一年しか経っていない。
それでも、彼女はここに座っている。
同じ制服を着て、同じ任務を告げられる立場として。
やがて、部屋の奥の扉が開く。
硬質な足音が、薄闇に反響する。
現れた男に、誰もが息を呑んだ。
小田桐基地司令。
歴戦の指揮官らしい無駄のない動作で演台に立つと、彼は一度、全員を見渡した。
司令のかけた眼鏡が、プロジェクターの光を受けてギラリと反射する。
その視線には、叱責も鼓舞もなかった。
ただ、事実を告げる者の目だった。
天井から起動音が鳴り、プロジェクターに四国全域の地図が投影される。
赤く染まった領域が、じわじわと脈動している。
「――これより、作戦概要を説明する」
小田桐の声は低く、しかしよく通った。
「今回の任務は、敵――カルナの懐に潜り込む作戦だ」
ざわり、と空気が揺れる。
「今回は、回線越しの安全なチェスではない。諸君らの肉体を――直接、地獄の真っ只中に放り込む」
地図が拡大され、カルナが最も密集する四国東北側のエリアが強調表示される。
「編成は通常通り、装甲車一台につきスサノヲ四機」
小田桐は淡々と続けた。
「本隊として三隊。
サポートとして四隊。
総勢二十八機による浸透作戦だ」
それは、与島基地の戦力構成を知る者ほど、息を呑む数字だった。
誰かが、喉を鳴らした音がした。
ここは、前線だ。
CL歴五年七月。
――カルナが地球に襲来してから、すでに五年。
その半分以上を、美桜は「戦争のある世界」で過ごしてきた。
CL歴。
それは、カルナ襲来の年を起点として刻まれる、新たな年代だった。
当初、カルナはただの隕石として観測されていた。
突如出現した複数の落下予測軌道に、日本政府は対応を迫られたが、迎撃も誘導も間に合わなかった。
そして、隕石は四国北東部へと落下する。
衝撃と閃光が去った後、クレーターの中心から芽吹いたのは、巨大な“植物”だった。
岩塊ではない。
異星由来のカルナ植物――カルナ・フロラ。
それは根を張り、胞子を散らし、瞬く間に周辺一帯を侵食していった。
大地は白化し、生態系は書き換えられ、人の立ち入ることすら許されない領域が広がっていく。
やがて、カルナ・フロラの成長とともに、カルナ従属生物――カルナ・サーヴィターが出現した。
空域と地上は急速に人類の管理を離れ、都市は孤立し、補給線は寸断される。
四国は、事実上の戦域と化した。
本州と四国を結んでいた交通の大動脈は、もはや地図の上にしか存在しない。
明石海峡大橋は政府自らの決断によって分断され、しまなみ海道も来島海峡大橋の崩壊によって失われた。
白化した大地とカルナの侵食を前に、人類は「繋がり」を断ち切ることでしか生き延びる術を持たなかったのだ。
その中で、唯一残されたのが瀬戸大橋だった。
鉄道を内包するこの橋は、避難、補給、戦力移動――すべての要を担う、人類最後の生命線。
そして同時に、ここを失えば四国は完全に切り離されるという、絶対に退けない防衛線でもあった。
政府主導のもと発足したスサノヲプロジェクト。
明石海峡大橋を政府自らの判断で爆破したことにより地に落ちた政権への信用を取り戻すために行われた、失敗の許されない賭け――それがこの計画だった。
その名は、日本神話において荒ぶる神として語られるスサノヲノミコトに由来する。
政府はその名に、「混沌を切り裂く力」という意味を重ねた。
そして、その最前線基地として設置されたのが、瀬戸大橋のただ中にある与島基地だ。
最重要拠点であるがゆえに、スサノヲの配備は他基地に比べ優先されてきた。
それでもなお、今回の作戦は異例だった。
投入される戦力は、基地戦力のおよそ半数。
一基地の防衛力を大きく削ってまで行われる、一大作戦。
それはすなわち――
政府が、再び一線を越える覚悟を決めたという証でもある。
「目的は殲滅ではない」
小田桐は言った。
「カルナ中枢構造の観測と、情報の持ち帰りだ」
資料が切り替えられ、名簿が表示される。
「本体第一隊」
一人、また一人と名前が読み上げられていく。
その中で――
「――篠宮美桜」
空気が、凍りついた。
美桜は、思わず息を止めた。
指先が、わずかに震える。
“本隊”。
それは、これまでに欠員を出さなかったことのない編成だった。
前に出る。
敵の核心に、最も近づく。
――そして、帰ってこられない可能性が、最も高い。
だが、小田桐の視線は揺れなかった。
「質問と異論は受け付けない」
一拍置き、司令は告げる。
「明朝〇六〇〇。――日の出と同時に出航する」
「先ほど名前を呼ばれた者は、〇四〇〇にハンガー集合。
装甲車に搭乗後、戦艦『暁』へ移動する」
「艦上で最終準備を行い、そのまま出航だ。
遅刻は認めない。以上」
そう言って、小田桐は演台を降りた。
薄暗いブリーフィングルームに残されたのは、四国の赤い地図と、沈黙。
そして――
篠宮美桜は、その名前を呼ばれた瞬間から、
逃げるという選択肢を、誰にも与えられていなかった。
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