奇妙な隣人

あやお

奇妙な隣人


俺の隣の部屋には、奇妙な隣人が住んでいる。

都内某所にあるアパートで、俺はよく隣人とニアミスする。

彼女は俺と同じくらいの年頃で、毎日スーツ姿に髪の毛を後ろで纏めている。

俺より少しだけ早く部屋を出ているようで、毎朝廊下で遭遇する。

ここの廊下は異様に狭く、ドアを開かれると通り抜けるのが少し難しい。出来なくはないが、体が触れるか触れないかの距離感になってしまうのだ。

なので、俺は隣人がドアを閉めるまでいつも待っている。



その時の隣人の習慣が、どうにも奇妙なのだ。



隣人は毎回、部屋に向かってお辞儀をしてからドアを閉めるのだ。

一緒に住んでいる人への挨拶なのだろうか?とも思ったが、行ってきますなどの言葉はない。

……亭主関白な夫がいる、とか?頭を働かせるがこれだろうという答えは思いつかない。


何とも言えない違和感を感じながら、今日もその習慣を見守り、大学に向かった。



「うわ、最悪」


ある日、アパートのドアが、うまく閉まらなくなってしまい俺は舌打ちをする。

俺は大家さんの部屋に向かい、修理をお願いすることにした。


「あらあら、まぁこのアパートも少し古いしねぇ。わかったわ、後でお願いしておくわね」


大家のおばちゃんは、いそいそとその辺りにあった紙にメモをしていく。

俺はふと、隣人のことを思い出す。

……大家さんなら何か知ってるんじゃないか?おしゃべり好きだし、何かしゃべってくれるかも。


「あの、お隣さんて、その……どなたと暮らされてるんですか?」


なんて聞いたら情報を引き出せるのか……悩んで、家族構成を聞くことにした。

それさえわかれば、もう少し俺の推理……という名の暇つぶしが捗ると思ったからだ。


「あら、お隣さんは一人暮らしよ」


大家さんは、あっけらかんと答えた。



部屋に戻った後、俺は悶々と隣人の事を考えていた。一人暮らしなのに、なぜ家を出る時お辞儀をしているんだろう。

そもそも家を出る時お辞儀するって、なんなんだろう。



翌日の朝、俺は1つの決意をしていた。

それは、隣人の部屋を覗くことだ。


隣人について、色々なパターンを想像してみたが、どれもしっくりこなくて、それが俺の好奇心をさらに刺激した。

隣人がドアを開いてお辞儀をしている間。

その間に、後ろを通れば部屋の中が見えるはずだ。

急いでいる体にすれば、違和感なくいけるだろう。

時間になり、俺はすこしワクワクしながら、いつも通りの時間に廊下に出る。

隣人は、変わらず少し前に廊下に出ていた。

お辞儀をしようしたのを確認して、早歩きで歩いていく。

そして、隣人の後ろを通り過ぎる時、部屋の中を覗いた。


部屋の中は、足の踏み場がないほどゴミ袋で溢れていて、ツンと酸っぱい悪臭がした。

隣人の清潔感のある姿とのギャップに少し驚く。

しかし、それ以上に驚いたのは、ドアの前に誰も居なかったことだ。

じゃあ一体、誰にお辞儀をしているんだ?

そう思った時、部屋の奥から、妙な音がしているのに気がつく。


ギシ、ギシ


何の音だろう?

もう少し奥を覗こうとした時、視線を感じた。

隣人はいつの間にかお辞儀を辞めていた。

いつからだろうか、上から覗き込む俺の顔を、じっと見つめていた。

俺を見上げるその目は、丸く大きく、死んだ魚のように虚だった。


俺は思わず叫び声を出しそうになるのをぐっと堪え、ぺこっとお辞儀をして早々に立ち去った。



その日の夜、アパートに戻るとお隣さんの家には黄色いテープが貼られていた。


何かあったのだろうか?と考えると、あの隣人の目を思い出し、ゾクリと体が震えた。


部屋に戻り鞄を置いた時、俺の携帯電話に着信が入った。

着信元は大家さんで、電話に出ると少し慌てたような声がする。


「あっ!ごめんなさいね。こんな夜に」


「いえ、今家に帰ったところだったので」


電話の向こうで大家さんが、あらそう……と呟く。


「じゃあ、みたと思うけど……隣の部屋に警察が来たのよ」


「立ち入り禁止になってましたね。何かあったんですか?」


気になっていた話題を振られ、俺は少しソワソワしながら問いかける。

大家さんは、それがねぇ……と呟く。


「首吊り死体があったのよ」


「……え?」


俺は、想定外の答えに動揺する。

そして、朝みた光景を思い出す。

あのゴミ屋敷の奥、閉じた扉の奥で、ギシギシと聞こえてきた音を。


きゅうに吐き気を催し、俺はうっとえずく。

……隣人は、死体にお辞儀していたのか?何のために?


大家さんはそんな俺に気がつかないのか、誰かに話したいのか、喋るのを辞めない。


「お隣さん、大柄だったでしょ?もう、ご遺体を運ぶの本当大変そうだったわよ。死後数日経ってるとかで、臭いもひどかったんだから」


隣の部屋で、臭わなかったの?と聞かれるが、俺の頭には疑問が浮かんでいた。


「え、大柄?えっと、隣で死んでたのって誰だったんですか?」


「だから、そこに住んでた大野武さんよ。会ったことあるんでしょ?」


大家さんはその後も何かを話していたが、俺の反応が曖昧になったからか、挨拶をして電話を切った。



俺の頭の中は、困惑していた。

死んでいたのは、お隣さん……そして、お隣さんは男の人だった。


ーーじゃあ、あの女の人は?



ピンポーン



その時、俺の部屋のインターホンが鳴った。

俺は、動くことができなかった。


ドアののぞき穴の向こうには、きっとあのギョロッと大きい目があるに違いない。



ピンポンピンポンピンポンピンポン



「やめてくれ……やめてくれ……」


俺は布団を頭に被り、自分の好奇心を呪った。


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奇妙な隣人 あやお @ayao-novel

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