カルテの余白に、君を記す

蓮条

第1章 

静かすぎる死 前編

「また“自然死”かよ。最近多いな、こういうの」


 警視庁刑事部・第一捜査課の刑事、佐久間さくま れんが溜息まじりに言いながら、規制線が貼られているマンションの一室に足を踏み入れた。

 白い布に覆われた遺体。整然とした室内。窓は閉じられ、エアコンは静かに稼働している。


「28歳、女性独身。出版社勤務。今朝、出社しないのを不審に思った同僚が訪ねてきて発見。死後24時間以内。目立った外傷なし。現場に荒らされた形跡もない」


 同じく第一捜査課の刑事、朝比奈あさひな 千尋ちひろは、現場資料を読み上げながら、部屋を見渡した。


「遺書はなし。薬はあるけど、これ、処方薬だし。毒物反応も今のところなしか」

「じゃあ、心不全かなんかだろ。若くても、突然死になることもあるしな」


 千尋は、被害者の机の上に置かれたていた手帳の一文に目を留めた。

 そこには、震えるような文字でこう書かれていた。


『昨日のことが思い出せない。私の中で、何かが壊れている。でも、検査では“異常なし”って言われた』


「……蓮さん。なんか、変じゃないですか?」

「変って、何が?」

「部屋が綺麗すぎる。生活感が全然ない。冷蔵庫の中も空っぽで、スケジュール帳の予定が全部、線で消されてるんです。しかも、日付がない。……彼女、何かを察してたんじゃないですか?」

「お、また“違和感センサー”反応した?」


 佐久間があきれ気味に苦笑する。


「たぶん、これ“自然死”じゃないですよ」


 千尋の目が、静かに鋭く光った。


 ♢ ♢ ♢


「……で、また“違和感センサー”か」


 警視庁・刑事課のフロア。朝比奈 千尋の報告を聞いた石田いしだ課長が、デスク越しに渋い顔をした。


「課長っ、部屋が異様に綺麗で、スケジュール帳の予定が全部消されてたんです。 それに、手帳には“昨日のことが思い出せない”“検査では異常なし”と言われたと書かれてます」

「……つまり?」

「本人は軽度の認知障害があることに気づいてたけど、医師の診断は異常なしだと。……ただの心不全じゃない気がします」

「……司法解剖の結果は?」

「まだ出てませんが、毒物反応は今のところ無いそうです」

「……ん~」


 千尋が即答すると、石田は渋い顔で唸った、その時。


「また始まった、朝比奈の“センサー”」


 仕切り越しに、捜査二課の村瀬むらせ刑事が顔を覗かせた。

 コーヒー片手に、にやりと笑う。


「あんた、声が大きいのよ。隣の課まで丸聞こえ」


 そう言いながら、ゆっくりと千尋の方へ歩いて来る。


「前も“違和感がある”って言って、結局ただの事故だったでしょ?」

「今回は違います」


 千尋は口を真一文字に引き結んだ。


「証拠が揃ってからじゃ遅いんです!」

「へぇ、言うようになったじゃない」

「……お前らなぁ」


 千尋が噛みつくように村瀬に言い返すと、村瀬は肩を竦め、石田は深い溜息をついた。


「とりあえず、司法解剖の結果を待て。正式な動きはそれからだ」

「……了解です」


 千尋は軽く敬礼のポーズをし、自席に戻った。


 ♢ ♢ ♢


 翌日、司法解剖の結果が第一捜査課に届いた。

 死因は急性心不全、外傷なし。毒物反応も陰性。

 だが、千尋の中の“違和感”は、残ったまま。


「……やっぱり、何かがおかしい」


 千尋は被害者の通院履歴を再確認し、ふとある名称に目を留めた。


KARESカレス……?!」


 千尋は過去に何度か訪れたことのあるKARESを思い出した。


 

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