ヒー
「遅いじゃないか」
自宅のアパートのドアを開けたら、キリカ先輩がいた。
僕は合鍵を渡したことはない。いつも勝手に開けて勝手に入っている。
「身体検査させられてたんですよ」
僕は
ただ、遅くなったのは施設に行っていたからだけではない。3日前に左足首を切られたせいで、うまく歩けないからだ。義足は支給されたけど、まだ使い方は慣れない。
「というか、何しに来たんですか」
「ギターの教育をするからに決まってるだろ」
「僕の都合は聞かないんですか?」
「どうせ予定なんか無いだろう? 友人もいないんだし」
「ほっといてくださいよ……」
自分だって友達いないじゃないですか、とは言わなかった。言おうとする前に、良い香りが鼻腔を刺激したからだ。
「……何をしてたんすか?」
「トリデ君の帰りがあまりにも遅いから、夕食を作っておいたんだ。感謝したまえ」
「ありがとうございます!」
これは心からの感謝だ。僕は普段はレトルトのものしか食べていない。
僕は政府に包丁を使うことを禁止されている。少しの切り傷でも「変身」してしまうからだ。
生まれて初めての「変身」は、小学校四年生の調理実習のときだ。人参をイチョウ切りにしようとして「変身」してしまい、家庭科室とクラスメイトを木っ端微塵にした。
僕はその日から「ヒーロー05号」になり、この国に迫る凶悪な怪獣と戦うことを強制され、家族と友達から距離を置かれた。
「さあ、まずは腹ごしらえだ」
今はこのド変人でド美人の先輩しか僕の相手をしてくれない。
食卓に並んだのはカレーライスだ。僕の心は踊る。
「でも、うちにカレー作れるような材料置いてましたっけ?」
「ルーは買ってきたが、他は缶詰とかレトルトとか色々使わせてもらった」
「……何入ってるんすか?」
カレーをすくってみるけど、具材らしい具材は見当たらなかった。全体的にどろりとしている。
「コンビーフとマンゴーとパパイヤとチリコンカンだ」
「……なるほど」
僕は恐る恐る口に運ぶ。衝撃が、舌から脳に走る。
「うまいっ!」
「当然だ」
先輩はふんと鼻を鳴らす。
この人は、やることは無茶苦茶だけど、結果はおおむね良い。たまに大外れはあるけど。
「先輩、いつもありがとうございます」
「まあ気にするな。いつも入り浸ってるしな」
先輩は概ね部室か僕の自宅にいる。寝泊まりをすることもしょっちゅうだ。
自宅にはいつ帰っているのだろうか。
「勘で作ったが、なかなか美味いな」
先輩はにこやかにカレーライスを頬張る。
キリカ先輩は北米怪獣大災害を機に、日本に移住してきたらしい。らしいというのは、クラスメイトの話がたまたま聞こえてきた、程度の情報しか無いからだ。先輩本人とそういう話をしたことは無い。
気にならないわけでは無いけど、聞く気にはならなかった。肉親が亡くなっている可能性だってある。この先輩ならあっけらかんと答えそうな気はするけど。
皿はあっという間に空になった。
久々に料理らしい料理を食べた。
「ごちそうさまでした」
「喜んでもらえて何よりだ。さ、練習を始めるぞ」
先輩はギターアンプのボリュームを思い切り捻った。爆音が鳴り響く。
近所迷惑にはならない。この5階建てアパートは、僕しか住んでいないからだ。
「今日はトリデ君のレベルを2段階上げるまでは寝ないぞ」
「……お手柔らかに」
長い夜になりそうだ。
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