女を従えさせる異能で異世界を支配せよ! ~平民に落とされた少年、悪徳貴族に天誅を加える~
羽田遼亮
第0話 人間狩り
帝都の最下層、貧民街。そこは、華やかな帝国の繁栄が排泄した汚物が吹き溜まる場所だ。
腐った生ゴミと垂れ流しの汚水が混ざり合った強烈な悪臭。降りしきる冷たい雨は、地面の泥をさらに黒く、粘り気のある沼へと変えていた。
その静寂を引き裂くように、蹄の音と、耳障りな甲高い笑い声が響き渡った。
「ヒャハハハ! 逃げろ逃げろ、薄汚いドブネズミども!」
「おい、次は動く的がいいぞ! 足の遅いあの爺を狙え!」
路地裏に現れたのは、煌びやかな狩猟服に身を包んだ数人の若い貴族たちだった。彼らは手入れの行き届いた駿馬に跨り、高価な弓や杖を構えている。彼らが楽しんでいるのは狩りではない。このスラムの住人を獲物に見立てた「人間狩り」だ。
逃げ惑う人々を、彼らはまるで狐や兎でも追うかのように追い立て、恐怖に歪む顔を見ては手を叩いて喜んでいた。
「ひぃッ、助けてくれぇ!」
俺の目の前で、逃げ遅れた片足の不自由な老人が、泥水の中に無様に転がった。
直後、風を切る音と共に、老人の肩に矢が突き刺さる。
「ナイスショット! これで今日の賭けは僕の勝ちだな」
「ちっ、つまらん。もっと活きのいい獲物はいないのか。悲鳴ばかり大きくて興醒めだ」
貴族の青年たちは、血を流してのたうち回る老人を一瞥し、さも退屈そうに鼻を鳴らした。彼らにとって、スラムの人間は家畜以下の存在。命の重さなど、道端の小石ほどにも感じていないのだ。
俺――レオン・スタニスは、崩れかけた廃屋の陰に身を潜め、息を殺してその光景を睨みつけていた。
拳を握りしめすぎて、爪が掌に食い込み、赤い血が滲む。だが、飛び出していくことはできない。そんなことをすれば、次の瞬間に俺の頭が彼らの戦利品として切り落とされるだけだ。無力。圧倒的な無力感が、内臓を雑巾のように絞り上げる。
そうだ。このままでいい。このまま地べたで這いつくばっていれば貴族たちも飽きていくだろう。さすれば俺は『明日以降』死ぬ権利を得られる。そのように思っていたが、今日の貴族たちはさらなる血を求めていた。
貴族たちは獲物を求め、路地の奥に向かう。
(そっちは駄目だ!!)
心の中で叫ぶが貴族は俺の制止など気にしない。その路地の奥にはこのスラムで唯一、俺を人間として扱ってくれる一家が住んでいたのだ。
貴族たちは老人のあばら屋に侵入すると、まず老人の妻を射殺した。いつも優しい笑顔で俺に粗末なシチューをよそってくれた老婦人は苦悶に充ちた表情で床に倒れ込んだ。
ただ、彼女は幸せかもしれない。自分の可愛い孫娘が辱められる姿をみずに済んだのだから。絹を裂くような悲鳴が貧民街に響き渡るが、近所のものは戸を強く閉め、時間が過ぎるのを待つだけであった。
無論、彼女の兄――俺の親友は抵抗したが、片腕を切り落とされ、その場で押さえつけられることしかできなかった。
俺の手のひらは自然と武器となるようなものを探したが、同時に恐怖にこわばった。向こうは幼き頃から戦闘の訓練をした軍人、こちらは今日の食事にもことを欠く貧民、まともに渡り合っても勝負にはならない。
だが自分の親友とその姉を救いたいという気持ちに嘘はなかった。
俺は頭脳を振り絞ると、酔っ払いから度数の高いアルコールを奪い、それをタルに流し込み、火を放って一家の家に投げ込み、叫んだ。
「家事だ! 大火事になるぞ! 逃げるんだ!」
その言葉を聞いた貴族たちは脱いだズボンを慌ててはき直すと一目散に逃げ出した。彼らは快楽を求めてここにやってきたのだ。煙でいぶされて死ぬなど馬鹿馬鹿しかった。
貴族たちが逃げたあと、いつも優しい笑顔で俺の頭を撫でてくれた女性に毛布を掛け、腕を切り落とされた親友に声を掛けた。
親友はにこりと笑って「絶対に僕を助けに来てくれると思ってたよ、レオン。君は僕のヒーローだからね」と言った。
違う! 俺はヒーローなんかじゃない。貴族に立ち向かうことが出来なかった哀れな貧民だ。結局、おまえを救えなかった。
「君がここにやってきたときのことを覚えている? 一緒に夕焼けの王宮を見上げて語ったよね。いつか君が皇帝になって僕が君の親衛隊長になる。――その夢、叶えられそうにないや」
「……ごめん、ロシェ。俺は弱虫の無能ものだ。親友ひとり救えないのだから」
「……君は僕の最高の友達だよ。僕は約束を果たせなかったけど、君はいつか皇帝になって。……そして僕たちのような目に遭う人をひとりでも救って……君ならばきっと……できる」
親友はそう断言すると死んだ。失血多量だ。俺がもしも貴族ならば、大商人ならばポーションなり、神聖魔法なり、いくらでも救う手立てはあっただろうに……。
俺は物言わぬ体になった親友から熱量と魂が抜け落ちるまで彼を抱きしめると全身の水分が流れ落ちるまで泣き続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます