3話 今まで通り

 ピンポーン

「依織!敬くん!」

 いつもと同じようにママが敬が来たことを教えてくれる。

 いつも通り慌ててパンを口に詰め込みバッグを掴んで外に出る。

「おはよー」

 敬は少し眠そうなままひらりと手を振ってくる。

「…おはよ」

 昨日のって夢?まさかの夢オチ?欲求不満な男子中学生みたいで嫌なんだけど。

「昨日母さん喜んでたよ。『いーちゃんがドラマ興味持ってくれた!』って」

「ホント?でも聞いてよ。なんか昨日のさ、前編後編あるやつの後編でさ。華ちゃん前編の解説何もしてくんないの。不親切過ぎない?」

「母さんそういうとこ、気づかないからな」

「まぁそれが華ちゃんのいいとこなんだろうけどさ」

 いつも通りの会話ができて少しホッとする。これまでも、これからもあたしと敬は仲良しな幼馴染。


 でも、そんなことされたら意識してしまうその単純さがきっと人間ってやつで。 あれから二週間ぐらい経ってるのに、あたしはまだドキドキしちゃったりしてます。

 あれから変わらず、あたしと敬は今まで通り仲良しな幼馴染を続けている。敬が、あたしの家に寄り付かなくなり、自分の家にも入れようとしなくなったこと以外は。それでも、漫画は貸してくれるし、毎日一緒に通学してる。特に不便に思うことはない。

「いーちゃん」

 いつも通り敬が迎えに来る。

「はーい」

「あれ、今日アニメ見れるんだっけ?明日?」

「木曜の二十五時とかだから見れるの明日だね」

「明日か。二十五時とかうっとおしくない?一日は二十四時間しかないのに。金曜の一時じゃダメなの?」

 世の人間が散々話してきたであろう会話をしていると、前から「依織!」と同じ委員会の優太が手を振っていた。

「やっほ、これから部活?」

「うん。もうちょっとで試合あるから」

「へえ、頑張って一」

「おぉ!」

 意味もなくハイタッチをしてバイバーイと手を振る。

「ごめんね、敬。えっと、どこまで話したっけ」

「二十五時は一時じゃダメなのか、ってとこまで聞いたよ」

「あ、そうそう。何時まではその地続きでいくんだろ。六時も三十時って言うのかな?」

敬の顔が少し暗い気がした。優太と話すまでは普通の敬だった。もしかして…。多少読んできた恋愛漫画を思い出す。これ、フラグじゃない?敬と会話をしながら頭の中では敬になんていうのが最適か、文章がどんどん組まれていく。なんか一気に頭のいろんな場所使って急に天才になった気分。


 家に着くころには完璧な文章が完成していた。あとは言うだけだ。

 明日ね、と言って家に入るところだった敬を引き留める。

「あのさ、敬」

「何?」

 敬はこちらを向こうともせず、たった二文字だけ発した。

「今日、なんか、ごめん」

「…何のこと?」

「だから、今日、敬の前で優太と話しちゃった」

 敬はようやくあたしの方へと体を向けた。

「いーちゃん、わかってる?俺、いーちゃんに告白して振られてるんだけど」

 どうやら敬の中では振られたことになっているらしい。確かにあたしは告白されて、何にも返してない、YesもNoも。敬は無言は否定と取るタイプらしい。初めて知った。別にあたしも敬と付き合ってると思ってたわけじゃないし敬の認識はあっているのかもしれない。

「なのに、俺がまだ近くにいて当然だと思ってて、俺はまだいーちゃんのことが好きだと思ってるの?流石に俺のこと馬鹿にしてない?」

「…え?」

「いーちゃんが俺のことをどうも思ってないことなんて知ってたよ。大切にしてた関係壊しちゃってごめん。これからは学校も別々で行こう。きっとそれがいいよ。いーちゃんのためにも、俺のためにも」

 待ってよ、もうちょっと話そうよ。そんな言葉たちは出てこなかった。

 敬はあたしのためにずっと今まで通りを続けてくれてたのに。ぶっ壊したのはあたしの方だ。

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