冥竜殺しの追放者 ――裏切った仲間を美少女とともに断罪して返り咲く―― 『私こそが真の英雄です!』

りす吉

01.すべての始まり ――すてられた赤子――


 とある日の深夜。

 玄関を開けると赤子がいた。

 籠のなかで雨音に負けぬ泣き声をあげている。街路を見渡すも人気はない。素性を隠す為に我が子を置き去りにする親は多いのだ。

 院長は赤子を抱き上げる。

 男児だった。

 気弱そうな顔立ちだが、すぐに泣き止むところをみると芯は強いかもしれない。

 院長は孤児院ここで彼を育てることにした。

 それから十数年後。

 彼が王国の未来を左右する戦士に、剣を掲げて軍勢を操る指揮官に成長するなど、院長には知る由もなかった…………



◇◇◇



 リオンは追われていた。

 捕まれば殺されるが、今の彼は歩くこともままならない。

 大木に凭れてどうにか息を整える。

 袖をつたい落ちる雨には鮮血が混じり意識も混濁している。それでも必死に気配を殺していたが、春雷が閃くや下生えを掻き分ける音が急接近してきた。


 マズい、見つかってしまった!


 しかし足がもつれ、水溜まりに突っ込むように倒れてしまう。そこへふたたび雷鳴が轟き、水面にリオンの顔が映り込む。

 齢十七の、あどけなさが残る以外はごく平凡な顔。髪型も、雨で乱れてはいるが、これといった特徴のない黒の直毛である。


 顔を上げて泥まみれで這い進むが、すぐに兵たちに包囲されてしまうリオン。


『リオンよ、そなたを王国から追放する!』


 不意に国王の声が脳裏をよぎったのは彼らの武具に国章が刻まれているからだろう。

 リオン・アンレイト。

 王国の脅威となった冥竜『ディアグルム』を討伐し、将来は王国を導くと期待されていた英雄。

 その彼が、殺されかけていた。

 王の声を日切りに、走馬燈のように数刻前の記憶がよみがえる。


『陛下、どうか猶予を下さい! 必ず治療法を見つけてみせます!』

『ならぬ、災厄の芽を摘み取る為にも辺境に幽閉する! すぐに王都から消え去れ!』


 拘束され、囚人用の護送車へ放り込まれるリオン。この処遇には動揺したものの、こんな体になれば隔離されるのも当然だと、心の片隅で受け入れてもいた。

 ディアグルムを討伐してからリオンは謎の高熱に浮かされると同時に皮膚の変異がおこったのだ。

 最初は右腕、次に肩、胸部と、日を追うごとに拡大し、今や顔を除く右半身が黒い鱗に覆われている。これを『ディアグルムの呪い』と誰かが吹聴するや彼を気味悪がる者が増え、更に‘ある症状’を併発したこともあって、国王は追放を決断したのである。


『しかたない、これも皆の安心と平和の為だ……』


 異形と化した右手に視線を落とす。

 むしろ喜ぶべきだ。

 命さえあれば治療法が見つかるかもしれない。

 諦めずに前を向こう。

 幽閉で済んだのはきっと陛下の慈悲だ。

 と、希望を抱く彼に本当の悲劇が襲いかかったのは道半ばにさしかかった時だった。


『さっさと下りなさいよ、この化物!』と、馬車が急停車して扉が開け放たれる。


『ミカエラ? いったいなにを……!』

『なにをですって? まさか私たちが別れを惜しんで護送を志願したと思っていたの? 頭の中がお花畑にもほどがあるわ!』


 女は鞭を使ってリオンを引きずり下ろす。

 彼女はミカエラ。

 強大な獣たちを従えるテイマーだ。

 ともにディアグルムを討伐した仲間だったが、今やフードからこぼれた螺旋状の金髪をいじりながらリオンを踏みつけている。


『助けを求めたって無駄よ! ねぇ、フォルス?』

『……………』


 ミカエラの隣には糸のような細目の、大人しそうな青年がいる。襟付きの外套にステッキを握った彼は静かに、退屈な歌劇を眺めるようにリオンを見下ろしている。

 彼はフォルス。

 医術師としてパーティを支えた名医だった。


 そこへ新たな人物が割り込むや、悶絶しかけるリオンを蹴り起こした。


『やり過ぎだぞ。俺の楽しみも残しておけ』


 最後に現れたのは剛毅な鎧姿の、上背のある短髪の青年。

 彼の腰に帯びた剣には国内で一、二を争う家門が刻まれている。

 彼はドルム。

 リオンを含む五人のなかで最強と畏怖される騎士だった。


『嘘ですよね? 皆さんがこんなことをするなんて……!』

『ほざけ! もう貴様など不要だ、我が剣の錆にしてやることに感謝しろ!』


 剣を振り上げるドルムに、リオンは思わず逃げ出した。

 足下の見えぬなか、涙と雨でぐちゃぐちゃになった顔を拭いながら駆けに駆けた。


 たしかに自分は皆と違って平民の出身だ。

 それでもともに戦い抜いたことを誇りに思っていたし、ドルムたちを仲間だと信じていた。信じていたのに……。


『すこしちやほやされただけで私のことを見下して! 獣たちのほうが立場をわきまえられているのに、アンタの頭はそれ以下なの?』

『……有能なスキルを授かれたのなら無理はないかと』

『貴様が英雄になれたのは俺たちの支援があったからだ! 平民の、それも孤児院で育った者にそんな偉業をなせるはずがない! いくら逃げても無駄だぞ! 陛下には貴様が乱心し、我らを襲ったと報告する! そうすれば討伐隊がやってくるだろう! 遅かれ速かれ貴様は処刑されるのだ!』


 容赦のない追撃にリオンは限界を迎えた。

 今。

 自分を包囲しているのは馬車に並走していた騎兵だ。ドルムの指示で捕縛しにきたのだろう。

 観念したものの、彼らは意外な行動にでた。

 なんとリオンに肩をかし、ドルムたちとは逆方向へ進み始めたのだ。


「……面目ありません、ドルム様がこのような暴挙に出るのが予想外で見ていることしかできなかった! すぐに避難しましょう!」


 戸惑うリオンに一番大柄な兵が口を開いた。

 顔は樽型兜バレルヘルムで隠れているが、眉庇アイスリットからは慈しみ深い瞳が見えた。


「私を助ければドルムに逆らうことになりますよ?」

「かまいません、貴方を救えるのならどんな罰でも受けます!」


 その言葉に胸が熱くなってしまう。

 兵は上からの命令に逆らえない。

 軍法をまげて――そもそもドルムも王命を無視しているが――まで救いの手を、それも名前も知らぬ人々が助けてくれることが嬉しかった。

 しかも別な一人が鎮痛の薬液を処方し、またある者は夜目が効くのか安全地帯へ先導してくれている。彼らの心遣いに束の間ではあったが命の危機に瀕していることを忘れてしまう。


 しかし、樹上から舞い降りた半狼半人の獣に前途を塞がれてしまった。

 獣人が剣で盾を打つや、音を聞きつけたミカエラたちに包囲されてしまう。


「見つけたわよ! あら……? ちょっとアンタたち、その化物をどうするつもり? 処刑するように言われたでしょう?」

「ミカエラ様、我々は幽閉を命じられたはずです」と、大柄な兵が立ち塞がる。


「命令は状況に応じて変更されるの。柔軟に対応なさい。ソイツはもう英雄じゃなくて化物なの、素直に従わないとドルムに切られるわよ?」

「いいえ、いかなる姿になろうと我々を導いてくれた英雄であることは変わりませぬ!」


 兵は語気を強め、リオンこそが真の英雄だとも言ったのだった。


「ずいぶん心酔されているようですが、スキルのせいでそう思えるだけですよ?」


 フォルスも説得するが、兵たちは頑なに首を振るう。

 この国には『神託の儀式』という特別なスキルを授ける儀式がある。リオンもこれを受けて支援に特化したものが授けられていた。


「貴様、今の発言を取り消せ!」と、剣を手にしたドルムが詰め寄る。


「コイツが真の英雄だと? この男は俺たちに頼っていただけの寄生虫だぞ! 俺たちのやっていることは是正だ、いずれリオンは表舞台から消え去る運命さだめだったのだ!」

「ドルム様。我々もかつてはリオン様を素性の知れぬ民兵だと、ただの理想家の若輩者だと軽視しておりました――」


 そう言われると凹んじゃうな…………と、リオンは項垂れるも、ドルムに一歩も退かぬ彼らの背中はとても頼もしかった。


「――しかし、出自よりも大切なことがあるはずです! 窮地に陥ったとき、危険を顧みず我々のもとへ参じてくれたのはリオン様だけでした!」

「ほぅ、出自か。貴様は俺がまがい物と言いたいのか?」


 わずかな。

 わずかな殺気を感じ、リオンは狼狽する。

 待て、待って下さいドルム! 彼らは悪くない、罰するのなら私だけを――!

 叫ぶよりもはやく孤月が閃き、鮮血が飛び散った。


「貴様のせいだぞ、すぐに投降すれば犠牲にならなかったものを……!」


 倒れた三人を抱き起こそうとするも、その言葉に硬直してしまう。

 そうだ。

 こうなったのは自分のせいだ。

 彼らを振り切って逃げれば、巻き込まなかったのに……。


「フォルス、死に損ないどもを薬液で燃やせ。死体がなければ罪にはならん」

「え……。申し訳ありませんが、そのような劇薬は持ち合わせておりません」

「ならばミカエラの出番だ。獣どもに肉を喰わろ。骨だけなら発見が遅れるだろう」

「む、無理よ! コイツらは人肉を食べないよう調教済みだもん!」

「融通の利かぬ連中め。いいだろう。すべて化物に罪をきせるから口裏を合わせろ?」


 ドルムたちを前に、リオンは必死にうったえた。


 お願いです、彼らを助けて下さい!

 今から治療すれば間に合うかもしれません!

 最後のお願いです、だから頼みます、私はドルムの言うとおりにしますから!


「耳障りだぞ。こいつらはなんの家格もない雑兵にすぎん。代えがいることなど指揮官きさまなら知っているだろう? それとも似たような出自だから同情しているのか?」


 その言葉に思わずリオンはドルムを突き飛ばし、馬乗りになっていた。

 驚くドルムだがそれも一瞬のことで「己の卑しさを愚弄された怒りだろう」と笑みを浮かべている。そんな彼にリオンは涙ながらにうったえる。

 違う。

 違うと。

 家格や出自なんて関係ない。彼らの命を踏みにじることが許せないのだと。


 しかしいくら義憤の炎をたぎらせようと力の差は明白で、リオンはふたたび地面にひれ伏すことになるのだった。


「……私に罪があるのは認めます、でもせめて彼らを助け――」

「――遺言なら短くしろ、化物の声など聞きたくない」


 リオンの叫びは無駄だった。

 ミカエラとフォルスに僅かな躊躇が生じるも、ドルムだけは処刑人のごとく剣を振り上げた。


「安心しろ、犯人きさまの首は陛下に届けてやる!」


 剣が閃いた瞬間、天空に光が走り、真昼のような明るさが訪れた。

 そして次の瞬間、地鳴りのような音が山頂から降ってくる。土砂崩れだ。


「ちっ……、下がるぞ! さっさと走れお前たち!」


 ドルムたちが退避する一方、リオンはその場にとどまっていた。


「ごめんなさい、こうなったのは私のせいです……!」


 せめてもの償いをと苦しむ三人に寄り添う。無駄な行為だとわかってはいたが、今できることはそれぐらいしかなかった。

 濁流のごとく押し寄せる大地にのみこまれる寸前、瞼の裏に一人の女性が浮かび上がった。

 かつてリオンが愛し、将来を誓い合った彼女の姿が。


「せめてもう一度だけ、君に会いたかった……」


 目を閉じる。

 その瞬間、とてつもない衝撃とともに意識は途切れたのだった。



 


 ――――――――――


 


 ~あとがき~

 ここまで読んでいただきありがとうございます!

 この後、19:05と20:05に更新しますので、ひきつづき楽しんでいただければ幸いです!

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