みどりの日

多田

第1話

今日はみどりの日です

私は森の管理人をしている。

いや、していた、のかもしれない。

みどりの日になると、森の奥の**「決して記録されない区画」**に呼ばれる。GPSも届かず、地図にも載らない。なのに、毎年必ず辿り着く。

緑色のガイドたちが迎えてくれる。

彼らの姿は、木でも人でもない。細い枝のような指。幹のような胴体。目が葉っぱの葉脈でできていて、近くで見ると透けている。


「あなたは今年、何本目?」


私は答えた。「左腕の骨までは、もう変わった」と。


彼らはざわざわと喜びの音をたてた。風の音に似ているが、違う。鼓膜ではなく骨髄で聞こえる。



この森では、“自然に還る”という言葉の意味が違う。

人間の皮膚は、時間とともに樹皮に置き換わる。

血管は根に、神経は蔦に。

意識だけが、最後まで人間のまま残る。


私はまだ、脳だけが人間だ。けれど、来年のみどりの日にはたぶんそれも…。


「君が最後の一人だよ」


そう告げられた時、私はやっと気づいた。


“自然に感謝する”とは、“人間をやめて、自然になる”という意味だった。


葉が風に鳴る。

それは彼らの「笑い声」だった。

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みどりの日 多田 @Tada53

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