第35話 聖女大規模捜索
ミコトら一行が進む樹海のすぐ側の平原──。
数多の軍勢を率いた女が、その先頭にて堂々と腕を組み、仁王立ちしていた。
「──この付近ね」
聖女側近、および聖女捜索隊隊長の女──ニコラスは、持ち前の人並み外れた勘と嗅覚を頼りに、聖女セレスがこの樹海に潜んでいる事を確信していた。
彼女の家系は代々聖女の側役を務めており、現在その使命を担っているニコラスは一家の当主である。
北部の大山脈から降りて吹く冷たい風が、彼女の茶色い長髪をなびかせたかと思うと、それを鬱陶しがるように手で振り払った。
「ふん、寒いわね。──早いとこ聖女様を見つけるわよ」
ニコラスはそう言うと、何かよからぬことを考えているかのような、気色の悪い顔でニヤつきはじめる。
「(わ、私が地肌で温めて差し上げますわ。セレス様ァ……)」
山脈の冷気によって凍えるセレスを自らの地肌──裸体で温める絵面を想像したニコラスは、顔を赤らめ息を荒くしていた。
彼女が繰り広げる百合やかな妄想をよそに、隊に加入したばかりの新人が、横槍のような声を投げかける。
「ニコラス様。聖女捜索隊総勢百名。指示通りに準備を整え、全世界よりここへ参りました。──ですが本当に宜しかったのでしょうか? この樹海一ヵ所に絞るより、可能性を含んだ各地に隊員を点在させたほうが──」
「──はぁ? 誰? あなた名前は?」
新人の話す内容を威圧的に断ち切ったニコラスは、鋭い目つきと口調で苛立ちを見せる。
「も、申し訳ありません! 此度、新たに入隊しました──ネオールと申します。亡き祖父に代わり、副隊長を務めさせて頂くこととなりました。宜しくお願い申し上げます!」
聖女捜索隊副隊長ネオール。祖父が寿命によって天命を全うしたあと、父を抜いてその立場を継承した若き戦士である。
出自は聖都にあり、普段は聖都中央の衛兵として任にあたっている。今回、聖女が脱走した際にのみ緊急招集されるこの捜索隊には初めて加わり、早速副隊長に任命された。
その生真面目で初々しい振る舞いと、即座に上官へと謝罪する誠意ある姿勢を一身に受けたニコラスは優越感を感じ、得意気な顔で話す。
「そう、副隊長を継いだの。じゃあ言われた通りにしなさい。お爺さんからそう聞いているでしょう」
「は、はい。──祖父は『ニコラス様の仰る事は全て信じろ』と言っておりましたが……。未熟者ゆえ……すみません。宜しければ、この一ヵ所のみに全勢力を招集した理由をお聞かせ頂いてもよろしいでしょうか……」
祖父からの言いつけを守る意思はあるネオールであったが、いかんせん、十分に納得ができていない様子であった。
聖女捜索の任務は極秘事項にあたる。例え家族であってもその内容を話すことは許されていない。そのため、副隊長を継ぐ立場であれど、任務の内容や方法について彼は何も聞かされていなかった。
総勢百名の捜索隊のほか、大型の投石機──カタパルトを数台用意し、さらには移動式の簡易教会などという神聖で貴重な代物までもをこの場に持ち込んでいる。
まるで解せないといった面持ちのネオールに呆れたニコラスが、ため息を吐きながら、ダルそうに説明を始めた。
「馬鹿じゃないの? 二度も言わせないでくれるかしら。この樹海に聖女様は居る。私がそう言ったら絶対に居るの。理由はそれだけよ」
「──は、はぁ。勘……という事でしょうか?」
「そうよ、勘ね」
ニコラスはそう話すが、やはりいまいち納得のいかないネオールであった。
しかし、彼女が〝勘〟と表立って言い表しているそれは、実際のところ、とてつもなくおぞましい知識による計算づくしの明確そのものであった。
二十四時間三百六十五日──御側人として常日頃からセレスと共に過ごしていたニコラスは、彼女の行動パターンや思考回路といった生態の全てを把握していた。
それだけではない。汗の臭いから爪の延びる速度まで──何から何までを熟知している。セレスが寝ている間、味を知っておくために肌を舐めたこともある。
そんなニコラスの宝物は、セレスから採集した毛や爪といった老廃物を種類別に分けて詰めた瓶と、寝ている時に出る汗や、恐怖を感じた際に出る汗といった体液を特殊な紙に染み込ませ、それぞれ条件別に記録した手帳である。
人々から無条件に愛される聖女──セレスは、人類の攻撃対象にならない特質を持っているが、ニコラスのこの異常な行動は純粋な愛によるものであるため、攻撃行動として判定されない。
そして彼女の最も狂っている要素は、教皇によって直接行われる聖女の記憶削除を是としている事である。
何度も何度も、自らの手で一からセレスを教育していくことが、ニコラスが最も快楽を感じる幸福の時間であった。
「(はぁ…はぁ…。は、早くセレス様を嗅がなきゃ……寿命が縮んでしまうわ……)」
考えている内容とは裏腹に、ニコラスは、物を真顔で見つめている時のような空虚な表情で、セレスが潜んでいるであろう樹海を眺めていた。
「さて、ネオール。始めるわよ。全隊員は簡易教会に祈りを捧げ、その後カタパルトの射出準備を整えなさい。──ほら、早く、伝達よ」
「は、はっ──!」
ニコラスの命令を聞いたネオールは、これから始まる作戦の想像がつかぬまま伝達へと向かう。
やがて、簡易教会への祈りを終えて支度を整えた聖女捜索隊の全員が、ニコラスの眼前にぞろぞろと集まる。
「四列で並びなさい」
彼女がそう言うと、すぐさま全隊員が四つに整列した。
「一列目はあっち、二列目はこっち──」
ニコラスは地図を確認しながら、要所要所に設置された四つの巨大な投石機を指さし、隊列を配分する。
その光景を彼女の真横で眺めていたネオールは、未だに疑問符を浮かべていた。
「あ、あの。カタパルトで放つ石が見当たらないのですが……」
「はぁ? ──はぁ……アンタもう喋らないでくれる? もういいから見ていなさい。知識とは、直接それを見て知ることよ。百聞は一見に如かずって言うじゃない」
鬱陶しいネオールを自らの矜持で黙らせたニコラスは、各投石機に並んだ全隊員に作戦開始の指示を下す。
「じゃあ全員〈視力強化〉と〈脚力強化〉の魔術を発動しなさい。一列目から四列目まで、一斉に一人ずつ投擲していくわ。じゃあ、はじめて──」
「「「──はっ‼」」」
腕を組みながら発する彼女の命令を聞いた聖女捜索隊の各隊員各自が、巨大な投石機の設置個所へと順番に立ち、次々と樹海へと投げ飛ばされていった。
カタパルトの射出速度はニコラスが発動した〈物体を重くする魔術〉によって強化されており、通常では考えられないほどの飛距離を稼いでいる。
脚力を強化しているとはいえ、多くの隊員が射出と同時に脚を損壊した状態で放たれていた。
そうして飛ばされた者のやるべきことは一つ。
空を飛んでいる間、強化した視力で地上を観察する──。ただそれだけである。
着地と同時に即死し、最後に祈りを捧げた移動式の簡易教会へと復活を遂げたあと、改めて樹海へと投擲される。その繰り返しだ。
痛覚を持たない不死の肉体を利用した、圧倒的な人海戦術。
ニコラスの〝大体この辺にいるだろうな〟という絶対的な予想とこの奇策が合わさり、聖女捜索は堅実なものとなっていた。
次々と放たれる人間を眺めながら地図にチェックを入れていくニコラスは、唖然として突っ立っているだけのネオールに気が付き、指示を出す。
「ネオール、私の椅子になりなさい。副隊長は代々私の椅子になるのよ。あなたの祖父もそうしていたわ」
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