レザレクション

リウイチ

第1話 プロローグ

 友人の一人が死んだ。


 静けさが包む深い森の中だというのに、叫び声一つ聞こえなかった。


 聴こえたのは、グチャッ……という、生々しい音だけだ。


 荒く削られた大きな木の塊を、まるで枝のように振るう屈強な魔物によって頭を叩きつけられ、 友人は瞬時に圧死した。そこには、歯や脳といった肉片の数々と、小さな血溜まりだけが残る。


「あ~あ……」


 草影に身を隠しているもう一人の友人が、ひきつった顔でその光景を眺める。


 友人の小声に耳をピクつかせ、嗅覚を研ぎ澄ませた魔物は、すぐにでも此方の存在に気が付きそうな様子だった。


「さ~て、オレも行くかな」


 潮時と考えた友人は、身を隠していた草をかき分け、血塗られた魔物の前に出ようとする。


「オレは先に行くけど、オマエはいつも通り走って行くのか?」


 黒い髪に黄色の目をした泥だらけの少年ミコトは、玩具の剣を両手で抱えながらコクリと頷く。


「ホント変わった奴」

「──〈痛覚遮断〉」


 そう唱えた友人は、生い茂る草場から飛び出し、恐ろしい魔物を目掛けて走り出す。


 当然、その友人も死んだ。


 魔物が勢いよく振るった木の塊によって上半身は吹き飛び、その威力を示すかのような形で下半身だけが立ったまま現場に残る。


 村の外れで冒険ごっこを楽しんでいた小さな子供達は、門限となる夕刻前、最も効率的な方法で帰還していた。



 幸福の地、新世界レザリオーレ。


 レザリオ教の教皇が創りしこの世界では、人は生まれながらに不死である。


 人類には魔力や魔術が無償で施され〈痛覚遮断〉や〈損傷を直す魔術〉などといった〝祝福〟も同時に得る。


 先ほど死んでいった友人の二人は、最後に祈りを捧げた村の教会に転移したのだ。



「──さてと」


 草の茂みを突き破る形で転がってきた友人の上半身を眺める。その背中には、鳥の翼を模したような、かの祝福の紋章がえがかれていた。


 友人の散らばった身体の一部──血液や肉片といった物体が、光子となって消えていくのを確認したミコトは、大きく吸った息を吐くと同時に動き出し、友人の残していった上着を握りしめてその場から逃走する。


 身体の上半分が吹き飛ばされた際、その衝撃によって脱げた上着は、死後、身に着けている衣服であると認識されなかったらしい。きっとアイツは今頃、半裸の状態で復活していて、教会の司祭様に怒られてるだろうな……


 ミコトは、そんな面白い絵を想像しつつも、先ほどの魔物が視覚ではなく、嗅覚や聴覚に頼っていたことを冷静に思い出す。


 子供とはいえ、人間を二人も殺した魔物は自信に満ち溢れており、本能に身を任せるような気性の荒さを以って、鼻息を立てながらミコトを追い始める。


 泥をすくい、それを身体に塗りながら木々の間を不規則に走るミコトは、人間のニオイが付着した上着を茂みに投げ捨て、せせらぐ小川の沿いを風のようにそそくさと下る。


「ふぅ……」


 興奮した魔物を手慣れた方法で軽く撒いたミコトは、ため息をつく。


 もしも崖があったのなら、崖の下に上着を投げて魔物を落としていただろう。


 こんな近場に、こんな凶悪な魔物が生息していたら、安心して暮らせないぞ。


 ミコトは、死を恐れていた。


 ミコトには生まれつき、祝福の紋章がない。


 生物並みに痛みも感じれば、傷の治りが早いわけでもない。病気という古代の呪いだってたまに患う。便利な魔術も一切使えず、他者による治癒の魔術も効果を成さない。


 周囲には隠し通すよう言いつけられている。この秘密を知っているのは、孤児のミコトを拾った母だけであった。


 元々、各地を旅する凄腕の冒険者だった母は、用心棒という形で村の教会に配属され、村を囲う塀の外に小屋を構えて暮らしている。もしも村に魔物が来たら、すぐさま襲われる危険な立地だ。


 帰路、水車の側の用水路で泥汚れを落としたミコトは、その近辺にポツリと建つ木造りの小屋へと駆ける。


「ただいま母さん!」


 料理中だった母は、呆れた顔で木杓子を置くと足早に歩き、身体中から水滴を垂らすミコトを乾いた布で包む。


「また無茶を。病気になるぞ? まったくこんなに濡れて。昨日描いたばかりの偽の紋章も消えてるじゃないか。はぁ…後で塗り直さないと…」


 母の小言が聴こえる。ミコトの視界は布によって覆われ暗く、髪はわしゃわしゃと音を立て、頭がグラグラと揺れる。布越しに伝わる母の手は、強さと優しさに満ちていた。


 ミコトは将来、この村の用心棒である母の後を継ぐ事を目標にしていた。


 新世界の教え、レザリオ教によって定められた役目を、その子息が継ぐのはこの世の掟である。


 しかしそのさだめとは関係なく、ミコトが抱く将来の夢は、純粋な本心からのものであった。

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