オヤジ

「雷獣……」


「せや、落雷とともに現れるという物の怪や」


 阿部野橋先輩がどうだとばかりに胸を張る。


「すごいですね」


「ふふん、リスペクトしてくれてかまへんで?」


「いや、別にそこまででは……」


 俺は首を左右に振る。


「なんでやねん!」


 阿部野橋先輩が声を上げる。電撃がビリビリとなる。


「はいはい、パイセン、雷獣ちゃんしまって~」


 梅田先輩が両手をポンポンと叩く。


「幼稚園児におもちゃ片付けてみたいな感じに言うな」


「違います。保育園児向けです~」


「もっと年齢低かった!?」


「とにかく落ち着いて~」


「う、うむ……」


 ほんのりと金色になっていた阿部野橋先輩が元に戻る。


「さて、次は……」


 三宮先輩が俺の方に視線を向けてくる。


「え?」


「お手並み拝見といこうか……」


「い、いや、そんなこと言われても……!」


 俺は困惑する。


「まあ、とにかく、お名前いいかしら~?」


 梅田先輩が首を傾げる。


「あ、ああ、難波翔人です……」


「うん、いい苗字だな」


「そのくだりはさっきやったで」


 うんうんと頷く三宮先輩を阿部野橋先輩が呆れたように見つめる。


「む……」


「で、逢方なんやけど……」


「い、いや、いませんよ!」


「おらへんのやったら、出逢うしかあらへんな~」


 阿部野橋先輩が腕を組んでニヤリと笑う。


「出逢う?」


「ああ」


「ど、どうやって?」


「ついてきいや」


「は、はあ……」


 阿部野橋先輩たちについていくと、俺は道頓堀川に架かる戎橋に着いた。


「着いたで」


「こ、ここは……テレビとかで見たことがある……」


「難波くんって大阪じゃないの?」


 寧々ちゃんが尋ねてくる。


「ああ、生まれはこっちなんだけど、親の仕事の都合でずっと関東の方に住んでいたから」


「そうなんだ」


「そういうことやったら、ゆっくり観光案内でもしたいところやけどな……まあ、今日は出逢いを優先や」


「こ、ここで出逢えるんですか?」


 俺は周囲を見回しながら阿部野橋先輩に問う。


「せやで。こういう橋は出逢いの場としての役割も果たしてきたからな。あの世とこの世を結んどる……っちゅうわけや」


 阿部野橋先輩は橋の向こう側と手前を交互に指差す。


「し、知らなかった……」


「別にどこの橋でもええんやけど……いっちゃんポピュラーな橋の方が出逢いの確率も上がるっちゅうもんや」


「そ、そうなんですか?」


「パイセンが勝手に言ってるだけだ、なんらデータは無い……」


 三宮先輩が淡々と呟く。


「ええやんけ、こういうのは気持ちの問題やがな。それじゃあ、難波くん、一丁出逢ってみようか」


「そ、そう言われても……どうすれば?」


「簡単に出逢える方法があるで」


「お、教えてください」


「……橋のど真ん中であの看板とおんなじポーズを取るんや」


 阿部野橋先輩が指差した先にはお菓子で有名なメーカーの看板があった。ランニング姿の男性が両手を大きく広げ、片脚を上げている。


「ええっ!? そんなベタな観光客みたいなことを……!?」


「目立つ行動を取ると、物の怪からも見つけやすくなるんや」


「ほ、本当ですか?」


「ホンマやって。騙されたと思ってやってみ」


「は、はあ……」


 俺は橋のど真ん中に移動する。阿部野橋先輩が声をかける。


「難波くん! はい、ポーズ!」


「は、はい!」


 俺は看板と同じポーズを取る。


「あはははっ!」


 阿部野橋先輩が笑い出す。俺はポーズを解いて、先輩たちのもとに戻る。


「騙しましたね!?」


「せやから騙されたと思って~って言うたやん……」


「あ、あのね~! ん!?」


 俺は驚く。体の中になにかが入り込んだ感覚があったからである。


「……出逢ったな」


 阿部野橋先輩が笑みを浮かべる。


「ほ、本当だったのか?」


 俺は自分の手のひらを見つめる。


「よっしゃ、どんな逢方か紹介してくれや」


「ど、どうやってですか?」


「念じればええねん」


「ね、念じる?」


「ちょっと力を込めるイメージや」


「は、はあ、分かりました……はあっ!」


「!」


「!?」


「!!」


「……!」


 俺の周囲には何も起こらなかった。ただし、俺の頭はツルツルと禿げ上がっていた。こ、これは……。俺は阿部野橋先輩に視線を向ける。


「……う~ん、ウチの雷獣は雷……そんで宝の大ナマズは……」


「地震……園子ちゃんの突風凧は……」


「そのまま突風だ……。枚方のヒザマは……」


「火事……ですね」


「そういうこっちゃな~」


「い、いや、どういうことですか!?」


 俺は阿部野橋先輩にハゲしく、もとい、激しく問う。


「『地震・雷・火事・大山嵐おおやまじ』という表現があってな」


「大山嵐?」


「台風のことや」


「ああ……」


「これは世の中の恐ろしいもの、敵わないものを順に並べた表現や」


「は、はい……」


「つまり、引き寄せたんやろうなあ~」


「な、何をですか!?」


「分からんか?」


「さっぱり!」


「その表現は時を経て、少し変化した。『地震・雷・火事・親父』と……」


「ま、まさか……?」


「難波翔人くん、君は『ハゲオヤジ』の物の怪と出逢ったんや!」


「な、なんやってー!?」


 俺は思わず関西弁で叫んでしまった。ハゲオヤジの物の怪ってなんだよ……。その後、学校に戻って、再度念じてみても結果は同じだった。俺のハイスクールライフはハゲオヤジに憑りつかれて始まった……!

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