同僚教師と残業の息抜きに「負けたら告白するゲーム」をしたら、結果として両片思いが判明して付き合うまでに至る話

ジェネビーバー

教師同士だけど今更ながら青春を始める話

「負けたら好きな相手に告白するゲームしません?」


「僕達、教師ですよ?」


 夜空は薄暗く曇り、校舎の明かりのみが室内を寂しく照らす職員室。

僕の作業机の隣に居る犬飼いぬかい先生は苗字に劣らない愛嬌ある八重歯を見せながら笑ってみせた。


「硬いですよ虎柳とらやなぎ先生ぇ~。ほら、私らも学生の頃やったでしょ? ゲームに負けたら『気になる相手に告白する』ってゲーム」


「やってません。ましてや20代の良い大人が、人の気持ちをもてあそぶゲームに乗じるなんて。学生に悪影響です」


 ピシャリと遮るように僕はパソコンのデータ入力を進める。

時刻は20時30分。下校時刻はとっくに過ぎており、職員も残業をしてる僕と犬飼先生のみ。

見回りもあるし、デスク作業は早めに終わらせておかないと。


 僕は震える指先を口元に当て、生暖かな息を送る。

すると、犬飼先生はライトブラウンのゆるふわロングウェーブ頭を揺らしながら椅子をギシギシと揺らす。


「ほら? 虎柳先生だって寒いでしょ!? 11月の寒い季節こそ罰ゲームをかけた熱い戦いと恋バナで体を温めるのが一番ですって!!」


「職員室の暖房が壊れているのを良いことに、『告白する』ゲームの開催を強行しようとしないでください」


「ぶ~、いいじゃないですか。それに、別の理由だってあるんですからね?」


「一応、聞いておきましょうか」


「先生だって青春したいっ!!」


「どうぞご自由に」


「塩い!!」


 ヒンッと濡れた子犬みたいな声を漏らす犬飼先生をスルーして、僕は眼前のタスクをコツコツと削っていく。

……などと、いきたいのだが、隣のワンコは黙ってくれない。


「虎柳せんせぇ~、いいじゃないですかぁ。数少ない20代職員仲間のよしみでえ〜」


「肩を掴んで揺らすのをやめてください。分かりました、やります、やりますから」


「お~、さすがぁ」


「ただし、勝負は1分で終わるものにして下さい」


「わかってますってぇ〜。なら、さっそく……」


 すると、犬飼先生は作業場所が見えない紙束ならぬ紙山が積まれた自身のデスクから1枚の封筒を取り出す。


「名付けて、虎柳先生の『気になる女性』を当てるゲーム!!」


「……ルールだけ聞いておきましょうか」


「一瞬、拒否ろうとしましたよね? ……コホンっ。では、改めてルールを」


 すると、犬飼先生は裏面が白い紙を差し出す。


「ここに虎柳先生の思い浮かべた知り合いの女性の名前を書いて下さい」


「なら、母の名を……」


「禁止です。家族、親族以外でお願いします」


 犬飼先生は手をクロスさせバッテンマークを作る。だろうと思った。


 僕は彼女から紙と封筒を受け取ると、とある女性の名前を書いて、封筒へと入れる。


「さしずめ、この紙に書いた女性が『どのように思っている人物』なのか、犬飼先生が当てるといった感じのゲームでしょう?」


「全部、言われちゃいましたぁ〜」


 的中だったらしく、犬飼先生は小動物のように小声を漏らしながら肩を縮こまらせる。

頭を撫でたくなるな。動物的な意味で。


「とにかく、犬飼先生が思ってるほど、僕は女性の交友関係は広くないですよ」


「彼女さんとかも、いらっしゃらないんですか?」


「それとなく聞き出さないで下さい。まあ、彼女は居ませんけど。見回りに行ってきます」


 むしろ年齢=彼女無しの情けねえ男だけどな!!

……などと、正直に言えるはずもなく、残った小さなプライドを守るため、僕は逃げるように職員室を後にする。


 非常灯のみが点灯する薄暗い廊下。息を吸込めば腹の底まで冷たい空気に満たされる。

しかし、体の火照りが収まる気配は訪れない。


「はぁ、距離感が近くてドキドキする」


 何なんだよ犬飼先生めっ!!

 毎日、あんな感じで接しられたら、こう……。


 やめろっ、好きになってしまう!!


「童貞には刺激が強すぎるって、ホントに……」


 教職に就くため勉学一筋で生きて来た人生。

そんな花のない男に、あんな愛嬌ある女性は毒以外何者でもない。

チョロい男なぞ一発KOである。


「しかし、僕は知っているからな」


 さしずめ告白しても、「え、普段のスキンシップは、そういった意味では……あはは」なんて、乾いた返事をされるに決まっている。


「この手の勘違いが許されるのは学生までだ。気を取り直していこう」


 僕は手にした懐中電灯のスイッチをONにして、寒さを感じる廊下を歩き始める。体の火照りは未だ冷めないのであった。


【犬飼先生 視点】


「虎柳先生が……手強いっ!!」


 職員室にポツンと残された私は整理されていないデスクに頭を突っ込んで唸り声を上げていた。

彼と教職の仕事を共にしてから1年目。

少しくらいは進展があっても良いかと思ったけれど……。


「うあああ~、進捗が最悪だよ~」


 恋の試験があったら間違いなく赤点レベル。

いい大人が高校生みたいな青い悩みに困り果てている状態である。


「はぁ、こういう所が”子どもっぽい”って言われるんだよねぇ」


 崩れ落ちた書類の山を机に戻しながら、白い息を口から漏らす。


 昔から、のんびりしてるとか、落ち着きがないとか、色々と言われてきた。

その性格のせいか、生徒からもフレンドリーに接してもらい、悪く言えば”舐めた態度”をよく取られてた。


『ワンコちゃん』


 その舐められた部分が加速し、私をそう呼んだ生徒が出始めた。

最初こそ、あだ名的な感じで呼んだのだろう。

けど、怒らない私に対して、どんどん侮蔑や嘲笑の意味で『ワンコちゃん』と呼ぶ生徒が増大していったのだ。


 どうしよう……でも、今更、やめてとも言えないし。

気弱な私は生徒の前では愛想笑いしか出来ず、困り果てていた。


『皆さん、犬飼先生が困っています』


 そんな時、ピシャリと生徒の前で指摘してくれたのが虎柳先生だった。

彼は私が『ワンコちゃん』と呼ばれる場面を見かけるたびに生徒へ注意をしていった。


 そんな私も勇気をもらい、『ちゃんと”先生”って呼ばなきゃ駄目だよ~』と、はっきりと言えるようになり、今では『ワンコちゃん』と呼ぶ生徒はいなくなっのだ。


「あはは、あれからだったよね。虎柳先生を目で追っちゃうようになったのは」


 我ながら随分と憂い感じの恋をしてしまったものだ。


「でも、脈無しのまま頑張っても意味ないよね」


 今まで食事に誘ったり、スキンシップをはかったりと、色々と攻めてみたけれど、同僚の枠組みから抜け出せてない。

だからかな、虎柳先生にあんなゲームを提案したのは。


「虎柳先生の『気になる女性』……」


 私は封筒を開き、胸に残る気持ち悪さと僅かな期待感を感じながら中身を確認する。

 そこに書かれてたのは……


『犬飼先生』


 心音の感覚が短くなるのを感じる。

 私の名前……書いてある。


「いやいや、どうせ『同僚』とかの枠組みで書いただけだよね〜」


 そう言いつつも、耳元が熱くなる。

 チョロいな、私っ!!


「実際、どう思われてるんだろ……」


 私はポールペンを握りしめ、虎柳先生の回答の上に、『その女性をどう思ってるのか』の予想を記入する。


『虎柳先生の好きな人』


「あはは、なに恥ずかしい答え書いてるんだか〜」


「何が恥ずかしいんですか?」


「ぎゃあああ!!」


 背後から突如声をかけられ、廊下まで響くくらいの咆哮をあげてしまう。

後ろを振り返ると、そこには目を細めて私を見下す虎柳先生の姿があった。


「虎柳先生、どうしてここに?」


「見回りから戻っただけですよ。それより、顔が赤いですがどうされました」


「い、いえ!! 何でもありませんから!!」


「そうですか。まあ、暖房も壊れてますし、風邪にならないうちに今日は帰りましょうか」


 その虎柳先生の提案に私は無言で頷いて了承する。

こんな状態では、どちらにしろ仕事どころじゃないし。

私は虎柳先生に気づかれないように、『気になる女性』の回答を封筒へ入れ直し、こっそりと自分の鞄へと入れる。



 そうして、手早く帰宅準備を整えると、私達は職員用出入り口から外へと出る。

校舎を出た瞬間、11月の凍てつく寒さが肌を突き刺してきた。


「うわ~、寒いですねぇ~」


「この季節は苦手です。指先が冷えて作業効率が落ちる……」


 隣を歩く虎柳先生は体を縮めて、真っ赤になった指先に息を当てる。

 見るからに寒そう。ちょっと触れてみたい。


「虎柳先生、手を握りましょうか?」


「はぁ!? 何を言っているんですか?」


「あはは~、そんな驚からなくてもいいじゃないですか。ほら、手を繋げば、お互いの体温で温かくなりますし」


 なんて言いながら、大胆な発言をした自身の体が熱くなる。

 方や虎柳先生は赤くなった頬をマフラーで隠しながら、歩幅を早める。


「そういうのは恋人にだけ提案してください」


 すると、虎柳先生は数メートル先にある自動販売機でコーヒーを2つ購入すると、1つを私へ渡してくれる。


「これで指先は温かくなります」


「ありがとうございます。いただきますね」


 私は缶コーヒーの蓋を開けると、喉へと温かな液体を流し込んでいく。

既に火照っていた肉体に、コーヒーの熱さが混ざり合い、夜の寒さなんて気にならなくなる。無敵の人が誕生だ。


「はぁ~、体が温まりますねぇ」


「本当です。やはり、この季節のコーヒーは格別に美味しい」


 そう告げる虎柳先生の横顔は、何処となく嬉しさに満ちている。


 はぁ~~、やっぱ好きぃ。

 こうやって二人で並んでコーヒーを飲むだけで幸福を感じられるのだから、私は中々にチョロいと思う。


 虎柳先生は、私をどう思っているのだろうか?

 そんな気持ちが、より一層強くなっていく。


「まあ、聞ける勇気なんて無いですけどね~」


「何を聞く勇気ですか?」


「あはは、秘密です。コーヒーありがとうございました」


 そう告げると、私は照れ隠しをするようにゴミ箱へ缶コーヒーを捨てる。


 どうせ脈ナシ。無理して告白しても失敗するだけ。

 そう自身に言い聞かせながら、私は走り出す。


「私、少しだけ走って帰りますね。また明日です、虎柳先生」


「あ、ちょっと!?」


 そんな彼の呼び止めにも応じず、私は足早に歩を進める。

しかし、ヘタレな私を止めるように、カバンから、とある封筒が一通落ちる。


「犬飼先生、何か落としましたよ」


 その封筒を虎柳先生は拾い上げる。

それは『虎柳先生の気になる女性』が記載された紙が入った封筒だ。

もちろん、『その女性をどう思っている』か、私の回答つきである……。


 って、あれを見られたらマズイ!!


 しかし、私が止める間もなく、虎柳先生は中の紙を確認してしまう。


「そういえば、ゲームの最中でしたね。犬飼先生はどのような……回答を……」


『虎柳先生の好きな人:犬飼先生』

 その記された回答を見て、普段こそ表情が硬い虎柳先生の顔がみるみると耳まで赤くなっていく。


 おかげで、私まで頬が火傷しそうになるくらい熱くなる。


「えっと、その……私が書いたのは、そうだったら、嬉しいな~みたいな」


 ああああ~~!! 何を言っているんだ私ッ!!

 実質、好きって言ってるようなものじゃん!!


 暴走気味な私に対して、虎柳先生は口元を抑えながら呼吸を整え、すぐに頬の赤みを引かせていく。

そして、白い息を吐き出しながら伝えてくる。


「犬飼先生、1つ確認があります」


「ひゃいっ!! な、なんでしょうか!?」


「このゲームの勝敗。紙の記載が合っていた場合、勝者は犬飼先生になるわけですよね?」


「そ、そうなりますね~。予想を当てるゲームですから」


 その私の返答を聞き、虎柳先生は両腕を軽く上げて、降参を示すようなポーズを取る。


「負けました。犬飼先生の回答は当たりです」


「え……? それってつまり?」


 え? どういう!!!?

 虎柳先生が、私を……?


「あ、あの、つまり、虎柳先生は私を……好きって認識で、良いんですよね?」


「まあ、そうなります」


「……っ!!」


 その返答に、気付けば私は虎柳先生へ抱きついていた。

 嬉しい……嬉しい、嬉しい!!


「ぐっ、犬飼先生、離れて下さい。その、恥ずかしいので」


「えへへ、嫌です。だって私も……」


 そう言いかけて、私はふと思いつく。


「そういえば、ゲームの続きがまだでしたね〜」


「まだ何かありましたか?」


「最初に言いましたよね。負けたら好きな相手に告白するゲームしませんかって?」


「もう答えてるようなものじゃないですか」


「駄目です。虎柳先生の口から、きちんと“あの”言葉を聞いてませんから」


 私は瞳に期待を乗せながら、真っ直ぐに彼を見つめる。

そんな私を止める術を虎柳先生は思いつかなかったのだろう。


「はぁ、分かりました。一度しか言いませんからね」


 すると彼は私を抱き返しながら、待ち望んでいた言葉を囁くように告げてくれる。


 「犬飼先生、僕は貴方が好きです」


 誰にも聞こえない。

 私だけが独占した言葉。

 思わず口から暖かな白い息を吐き出してしまう。


 「嬉しい……口から幸せが溢れ出ちゃいそうです」


 「なら、蓋をする方法があります」


 「それって……?」 


 すると、虎柳先生は私に近づき、唇を短く重ねてきた。


 とても短くて、幸福が全身を駆け巡るようなキス。

 求めていた暖かさがそこにあった。


「えへへ、青春してますね〜」


 遅れてきた青い春のような恋。

 体の火照りは未だ冷めそうにないのでした。




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【あとがき】

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