【短編】殺す予定の魔王が死ぬほどタイプだった

和泉歌夜(いづみかや)

本編

 どうしよう。これから倒す女魔王が死ぬほどタイプなんだけど。


 頭に角が生えているけど、容姿端麗だしスタイルもいいし、完璧じゃん。でも、倒さないといけないんだよな。俺、勇者だし。


 殺さないといけないのか。いや、でも、こんな綺麗な人に剣なんて向きたくないな。


 そうだ。せめて嫌いになるような……蛙化かえるか現象が起きてしまうような駄目な特徴が出て来れば殺せるかもしれない。


 まだ彼女の声を聞いていないから、きっとドン引きするくらいドスの聞いた野太い声……。


「フハハハハ!! よくきたな、勇者ども! 今からこの私……ダーリが相手してやる!」


 めちゃくちゃ可愛い声だった。うわぁ、ますます殺せなくなった。


 どうしよう。殺さずに彼女を生かす方法……そうだ。生け捕りだ。


 うん、ほどほどに痛めつけて捕まえて国に帰そう。そしたら道中色々話せるし、国に帰ったらこっそり脱出させればいい。


 よし、早速俺の仲間と相談だ。


 俺は臨戦態勢に入っている魔法使い、剣士、白魔術師を集めた。そして、生け捕りにしようと提案した。


 が、全力で拒否された。


「何を言っているんですか?! あいつは俺のお母さんとお父さんを目の前で殺した奴なんですよ?! 俺の剣で切り刻まないと気がすまない!」

「私はあいつを木っ端微塵にするために寝る暇も惜しんで魔法を勉強してきたの。滅した故郷のかたき……絶対に討ち取ってやる!」

「魔王は人類の敵。何がなんでも滅ぼさないといけません。私の聖なる力で魔王を殺してみせます」


 駄目だ。全員、目が血走っている。魔王を殺したくて仕方ないって顔をしている。


 あぁ、俺はなんでこんな重い過去を背負った奴らを仲間にしたんだろう。あの時は確かに共感していたけど……まさか魔王があんなに美人だと思わなかった。


 これ以上説得しても無駄なので、仕方なく魔王に戦いを挑んだ。俺が先陣を切ることにした。万が一仲間の攻撃が致命傷となって即死になったらたまったものじゃない。


「いくぞっ! うぉおおおおおお!!!」


 俺は剣を構えて走った。心の中ではダーリが悪臭漂っている事を願った。そうすれば蛙化になって半殺しにできると思ったからだ。


 彼女との距離はドンドン近くなっていく。心臓の鼓動が速くなった。いっそこのまま抱きしめようかとも思った。


 いや、ここで俺が攻撃を仕掛けなかったら仲間たちにどんな目で見られるか分からない。


「うぉおおお!! 覚悟しろっ! 魔王ぉおおおおお......!!」


 その時、俺は気づいてしまった。ダーリから甘い香りが漂っていることを。


 ちくしょう。何でだよ。どうして香水なんか付けているんだよ。


 俺の素早さはたちまち減速し、当然ダーリはヒラリとかわした。


「どうした! その程度か?! 勇者が聞いて呆れる!」


 あぁ、嘲笑う姿も美しい......いや、マジでどうしよう。


「魔王ぉおおおおおお!!!!」


 すると、剣士が凄まじい形相でダーリに迫っていた。


 おい、よせよ。まさかあの技を使うんじゃないだろうな。


「ハァァァァアアアアア!!!」


 剣士は刃を向けながら身体から禍々しいオーラをまとった。ヤバい、あの技を出すつもりだ。


「究極剣技、五月雨地獄嵐さみだれじごくあらし!!!」


 剣士の姿が消えた。この技は相手の距離をグッと縮めて目にも止まらぬ速さで細切れにする技だ。


 そんな技を彼女にかけたら肉片しか残らなくなる。何とかしないと。


 俺はすぐさまダーリの目の前に立った。それとほぼ同時に剣士が現れ、俺に刃の雨を降らせた。


「ぐぁあああああああああ!!!」


 俺はたちまちバラバラになったが、固有スキル『再生』のおかげで身体を元に戻すことができた。


「ど、どうして?!」


 剣士は明らかに困惑していた。俺は何かいい言い訳がないか考え、思い付いた。


「くっ、や、やめろ、魔王! 俺を操るなっ!」


 そう言った瞬間、剣士は「まさか魔王に操られて?!」と目を丸くした。


 よし、信じたみたいだ。俺は「だから、容易に攻撃できないぞ」と強めに言った。


 すると、話を聞いていたのか、ダーリは首を傾げた。


「ん? 私はそんな魔法かけてない......」

「うぁああああああ!! やめろぉおおお!!!」


 俺は剣士に聞かれまいと必死に操られているふりをした。魔王は「なんだこいつ」と変な目を向けていた。


 剣士は他の仲間の所に戻った。


「大変だ! 勇者が魔王に操られている?!」

「なんですって?!」

「そんな......どうすれば」


 よしよし、困っている。これで魔王を殺すことを諦めれば......。


「でも、勇者様って『再生』のスキル持ってましたよね。だから、いくら攻撃しても死なないんじゃないですか」


 おい、白魔術師。それを言うな。


 彼女の言葉に二人は「そうかっ!」と晴れやかな顔になった。


 そして、血走った目を俺の方に向けた。背筋が寒くなった。


「勇者、悪いがお前を倒して魔王を殺す!」

「私の最大級の火球で勇者と一緒に吹っ飛んだとしても勇者は生き返れる......よしっ!」

「勇者様、どうか耐えてください。私の浄化魔法で悪しき魔王を滅ぼします」


 うわぁ、駄目だ。諦めるどころかさらに殺気だってしまった。

 

 一方、背後にいる魔王は「お前はいつまで

私の前に立っているんだ」と不満そうだった。


「いくぞ! 俺の最終究極奥義!」


 剣士の身体に光が差し込んできた。天から人の形をした光がフワフワと飛んで来たかと思えば剣士の身体に入り込んだ。


「今、俺の身体に英雄ダンダリウスが入った! これでもう俺が負けることはない!」


 うわぁ、英雄憑依させちゃったかぁ。そういえば魔王城に乗り込む前になんか修得したとか言ってたっけ。


「いくぞ」


 剣士の顔がいつもよりキリッとなっていた。一瞬消えたかと思えば、ダーリの背後にいた。


(ヤバい!)


 俺は瞬時にダーリを押して場所を移動させた。剣士の痛恨の一撃は俺を真っ二つにするだけでは飽きたらず、ミンチになるまで切り続けた。


 そして、俺はすぐに復活した。


「クソッ、これでも駄目か」


 剣士は悔しそうだった。一方、押されたダーリは「なぜ押した」と俺に詰め寄っていた。あぁ、甘い香りが近くてたまらない。


「いくわよ。なんじ、我に力を......」


 そんな中、魔法使いは詠唱を始めた。地面から光が現れ、あっという間に彼女を包み込んでいった。


 あぁ、あの技だ。彼女はあの超強力な技を繰り出すつもりだ。


 魔法使いの身体の色が黄色からオレンジ、赤へと変わっていった。魔法の力が強くなっている証拠だ。


「波動!! 天変地異火達磨てんぺんちいひだるまぁああああ!!」


 魔法使いの目の前に巨大な火球が現れた。それは無駄に高い魔王の謁見の間を圧迫するほど大きく信じられないくらい熱かった。


 まずい。あれを喰らったらいくら魔王いえどもひとたまりもない。


「地獄を味わうがいい! 喰らえっ!!」


 魔法使いはそう言うとダーリの方に向かった。


「ほう、面白い。こんなの片手で受け止めてやる」


 ダーリはニヤニヤしながら火の球を見ていたが、俺はハラハラしていた。


 どうしよう。このままダーリに任せた方がいいのか? いや、でも、万が一っていうこともありえるし......。


 俺はあれこれ考えた結果、自分一人で受け止めることにした。


「とうっ!」


 軽くジャンプして火球の中に飛び込んだ。そして、魔法吸収の力を使って火球を全部俺の身体に吸い込ませた。


「あつぅううううううう!!!」


 当然身体は死ぬほど熱い。それに最上級の火魔法だから威力は絶大だ。どうにか火がすべて無くなるまで耐えたが、全身黒焦げだった。


 けど、再生の能力で復活した。


「くっ、魔王め......勇者の無敵の身体を思い通りに操っている」


 魔法使いは俺の仕業とは一切思っていないらしかった。あぁ、よかった。


「くっ、ま、魔王め......お、俺のことはいいから逃げろっ!」


 俺は仲間に撤退するように促した。いくら人より丈夫な身体とはいえ、極限まで鍛えられた彼らの最大級の攻撃を受け続けるのは精神的にきつい。


 それにダーリの甘い香りが俺を凄く惑わせる。ダーリの部下達は彼女のことを身体が震えるほど恐れているらしいが、俺は別の意味で震えている。


 早くこの戦いを終わらせて彼女に愛の告白をしよう。


「お前らっ! 俺のことはいいから早く......」

「できませんっ!」


 珍しくいつも穏やかな白魔術師が声を荒げた。


「できるわけないではありませんか。勇者様は絶望の淵にいた私達に生きる希望をくださったお方......それを残して逃げるなんてできません!!」


 えぇ、嘘だろ。勘弁してくれよ。俺に絶大な信頼を置いてくれているのは嬉しいけど、今じゃない。今はやめてくれ。


「お、俺に構わず先に......」

「今すぐに悪しき魔力から浄化させてあげます」


 白魔術師は俺の言葉を遮って目を閉じた。地面から光が溢れだした。あぁ、あれをするのか。


「根源浄化」


 白魔術師がそう唱えると、たちまち俺とダーリの地面が光だした。まずい。この魔物は闇の力を持つ魔物には効果が抜群で、ダーリと戦う前に戦った魔王軍最高幹部にはめっちゃ効いていた。


 このままだとダーリに大ダメージを受けてしまう。いや、今の白魔術師は血走っているから威力を極限まで上げているだろう。


 ならば......また俺が全て受け止めるしかない!


 俺はさりげなく攻撃対象を自分だけに向ける魔法をかけて白魔術師の浄化を受けた。


「あぁぁぁぁぁぁぁ......!!」


 俺の身体に溜まっていた毒素や煩悩などが消え、脳が空っぽになった。が、無意識に再生の能力で元に戻った。


「そんな......私の浄化魔法が効かないなんて......」


 白魔術師は絶望に染まった顔をしていた。俺はホッと胸を撫で下ろした。これで諦めて帰ってくれれば一安心だ。


「おい」


 すると、背後からただならぬ殺気を感じた。俺の背筋が寒くなり、振り反ると、ダーリが睨んでいた。


「お前、どういうつもりだ。さっきからなんで自分の仲間の攻撃を受ける?」

「えっと......」


 本心は言えないので、俺は仲間達に声を聞かれない程度に答えた。


「俺はあなたの味方です」

「......は?」


 ダーリは目を丸くした。それもそうか。勇者である俺がいきなりそう言っても困惑するだけだ。


「俺はその......ずっと前から人間に恨みを抱いていまして......その、人間に反撃するチャンスを伺って......」

「嘘だな」


 ダーリは叩きつけるように言葉を遮った。


「そう言って私を騙すつもりだろ」

「いいえ、神に誓って」

「神に誓って? ほら、やっぱりお前は女神の味方じゃないか!」


 しまった。魔王は女神の敵だった。


「い、いえ、今のは......その、何と言いますか......つい癖で。私は断じてあなたの味方です」

「嘘つけ! お前を信じられない!」

「じゃあ、どうすれば信じられますか?!」

「……ほう」


 すると、ダーリの表情に笑顔が見えた。何か面白いことを思い付いたのだろうか。


「じゃあ、お前、自分の仲間を殺せるか?」

 

 なるほど、そう来たか。


「殺せます」

「ハハハ、そうか......は?」

「では、行ってまいります」


 俺はそう言って剣を構え、剣士に向かって走った。


「死ねごらあああああああああ!!!」


 俺は剣士の首を切ろうとした。が、その前に見えない力で無理やりダーリの前に戻っていた。彼女の仕業か。


「何ですか? 今から勇者が仲間を殺すところが見られるのに」

「いや、お前......ためらいとかないのか?」

「はい。あなた様の命令となら何なりと」

「......なんか頭が痛くなってきた」


 ダーリはハァと溜め息を吐くと、俺の肩を叩いた。


「本当にお前は私の味方なんだな?」

「はいっ!」

「......そうか。じゃあ、あの仲間達を帰らせろ。血を流さずにな」

「分かりました!」


 内心俺は大喜びだった。ダーリと長時間話せた上に俺に命令を与えてくれたのだ。ビール腹の頭ハゲ王様に言われるより百倍嬉しかった。


 俺は仲間達の元へ戻った。剣士や魔法使い、白魔術師は心配そうに俺を見ていた。


「......勇者様、大丈夫ですか?」

「......すまないが、俺は呪いをかけられた」


 俺がそう言うと、皆声を上げて驚いていた。


「ど、どんな呪いなんですか?」

「魔王城から外に出ると、俺の身体が木っ端微塵に消し飛んでしまうんだ」

「で、でも、あなたには再生のスキルがあるじゃない」


 魔法使いの言葉に俺は「それすらも凌駕するほどの強い呪いなんだ」と悲しい声(演技)で言った。


 これには皆開いた口がふさがらなかった。


「......そんな......じゃあ、魔王はどうなるんですか?!」

「俺と一緒にここにいれば魔王はこれ以上人間をいじめるつもりはないと言っている」

「はぁ? 勇者を生け贄にして平和を勝ち取れって言うの?! そんなの......絶対に嫌!」


 魔法使いは顔を真っ赤にしてまた何か詠唱を始めようとした。俺はすぐに「よせっ! 魔王の機嫌が悪くなって俺の呪いを強くさせたら困る」と今の状況に合っているっぽいことを言った。


 魔法使いは「......でも」と諦めていない様子だったが、剣士が「よせ」と彼女の肩を叩いた。


「勇者の気持ちを分かってくれ。自分を犠牲にしてまで人類が平和になれることを望んでいるんだ」

「......分かった」


 魔法使いは今にも泣きそうだった。その表情を見て俺は申し訳ないなと思ったが、魔王との共同生活が始めると思うとそっちの方が気持ちが勝った。


「じゃあ、お前ら......国王陛下にそのように報告してくれ」

「勇者様!」


 白魔術師が突然俺の身体を抱き締めた。身体は震えていた。


「絶対にその呪いを解く方法を見つけて、必ずあなたを取り戻してみせます」

「お、おう。頼んだぞ......」


 なんか大事おおごとになっているような......いや、あまり考えるのはよそう。


「じゃあ、俺はこれから魔王の下僕として働かなければならない......すまないが、これ以上はお前達とはいられない」

「勇者! あぁ、くそ......俺達がもっと強ければ......」


 ここで剣士が大泣きし始めた。それに釣られて、魔法使いと白魔術師も大号泣していた。


 俺は堪らないほど罪悪感を覚えた。本当だったら魔王を倒せるほどの実力を持っているはずなのに。マジごめん。


「すまないっ! 本当にすまない! だが、俺は必ず生きて帰るから心配するなっ!」


 謝罪と嘘を込めた言葉で彼らを帰した。皆、名残惜しそうに俺を見て魔王城から去っていった。


 彼らが豆粒となるまで消えると、俺は心の中で大喜びした。


(よおっしゃああああああ!!! ダーリを殺さずにすんだぁああああ!!!)


 俺は踊ってしまいそうになったが、ダーリがいつの間にか近くにいたので慌てて感情を抑えた。


「な、何でしょうか。ダーリ様」

「お前、さっき『下僕になる』とか言ったな」


 ダーリはニヤッと笑った。どうやら俺をこき使うつもりらしい。ご褒美じゃん。


「えぇ、はい。ぜひ。これから末永くよろしくお願いします」

「なんだその返事は。もっと怖がれよ」

「まずは何をしたらよろしいでしょうか。ダーリ様」

「もう下僕スイッチが入ったのか。まぁ、いいや。じゃあ……私の靴でも舐めてもらおうかな」

「喜んで!」


 俺はすぐに魔王のドクロの装飾が付いた靴を舐めようとしたが、凄まじい勢いで蹴飛ばされてしまった。


 ダーリの顔が真っ赤になっていた。


「馬鹿か、お前?! 喜んで靴舐める下僕がいるか! もっと嫌がれよ!」

「いえ、ダーリ様のご命令でしたら喜んで」

「あぁ、なんだこいつ……今まで捕虜として人間を下僕として働かせたことはあったが、こんな奴は初めてだ……」


 ダーリはまた溜め息を吐くと、角をポリポリかいた。


「……とりあえず、この城の全ての部屋の掃除をしてこい」

「では、まずはダーリ様のお部屋から」

「はぁ?! 私の部屋はいい! 他の部屋をやれ!」

「いえ、先程『全ての部屋』の掃除と仰られたので……」

「だからと言って私の部屋を真っ先に掃除するなっ!」

「何か不都合なことでも?」


 俺はそう聞くと、ダーリは一瞬固まったが、なぜか顔を赤くさせて俺の頭に拳を叩きつけた。


「デリカシーをわきまえろ! 馬鹿っ!」


 ダーリはそう言って魔法で出したホウキとチリトリで掃除してこいと蹴飛ばした。


 俺は無駄に長い廊下のゴミを掃きながらこれからの事を考えた。


 ダーリとの下僕生活……楽しみで仕方ない。



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