この超絶イケメンは私のダークファンタジー小説はホラー小説だと断言してくる

緋島礼桜




『貴方のストーリーは単調で、盛り上がりに欠けているように思われます。もう少しキャラを掘り下げた展開とかどうでしょうか?』


 ――それが、AIから返ってきた小説の感想だった。

 本当に便利な世の中だ。出版社に原稿を持ち込まなくても、AIがそれなりの助言をくれるのだから。

 ……だけど、だからこそ思う。


「ヘコむわー……」


 どうやら私の書く小説は“面白みに欠ける”らしい。


「言われなくてもわかってるっての!」


 思わず声が大きくなり、慌てて口を塞ぐ。

 ここは駅前。人通りの多い広場だ。

 こんな場所で変な視線を浴びたくはない。


 それでも、唸り声のひとつくらい出したくなる。



 私は小説家を目指している。

 Web小説サイトで数多く作品を……最近はダークファンタジーばかり書いて投稿している。

 ダークファンタジーとはファンタジー要素に陰鬱な雰囲気や残酷な描写、絶望的な未来が主に描かれた作品のことだ。

 ……まあ、私はそこまで残虐には描いてないけど。

 とにかく、上手くいけばデビューもあるかもと願って、コンテストにも応募している。


 だが結果は箸にも棒にも掛からず。

 閲覧数はほぼゼロ、ブックマークも数人いれば良い方だった。


 そこで悩んだ末、AIに助けまで求めたのに、このザマだ。

 分かってたとはいえ、胸に来るものがある。


「小説家に向いてないのかぁ……」


 ――そんなときだ。



「──まるでこの世は不公平で、理不尽だと言いたげな顔をしているね」



 ベンチの隣に腰掛けてきた見知らぬ男性が、いきなりそんなことを言った。

 どうやら私に向けた言葉らしいが、思わず息が止まりかけた。


 なにせ、男性がとんでもないイケメンだったからだ。

 眉目秀麗という表現がこれほど似合う人を、私は初めて見た。

 落ち着いた俳優さながらの雰囲気に、通りすがりの女性たちが次々と視線を向けている。


 ……え?

 こんな超絶イケメンが、私に声掛けてきた?

 化粧もろくにしてない、地味なパーカーとジーンズの私に?


「えっと……」


 じっと見つめてくる視線が恥ずかしくて、思わず目を逸らす。

 ナンパ? ドッキリ? それとも何かの勧誘?

 私の脳内が妄想で渦巻いている中、男性は続けて言った。


「でもね……申し訳ないけど、僕には君の心情が全く伝わらなくてね」


 声は落ち着いた低音のイケボ。目どころか耳まで幸せになれた。

 なのに――。


「何故なら、僕は生まれてから一度たりとも“不公平”や“理不尽”に遭ったことがなくってね。ハッハハハ」


 急にマウントをとって、鼻につく高笑いまでしてきた。


 突然のことに怒りを通り越して呆気にとられた。

 だが、直ぐに思考を動かして男を睨む。


「は? あの、なにか用なんですか……?」


 男は爽やかに渡しを見つめつつ、話を続ける。


「ああ、正確には“理不尽に遭ったことがない”じゃなくて、“理不尽だと感じたことがない”って言うのかな。だからどうしてもね、不公平だとか不幸だとか喚く人の気が知れなくてね」


 喚き散らして犯罪を犯す奴よりマシだろ、と心で突っ込むが口には出さないでおく。


 ええ……?

 この人、見た目は完璧なのに、性格はこんなに癖強いの?


「……おっと、話が逸れてしまったね」

「今まで逸れてたの!?」


 思わず突っ込んでしまい、慌てて目を逸らす。

 だが、時既に遅し。

 返答が嬉しかったらしく、男は嬉しそうに目を輝かせた。


「なんだ、ちゃんと喋れるじゃないか。危うく僕はマネキンと会話しているのかと錯覚するところだったよ」

「いや、さっき質問しましたけど?」


 いつの間にか、目をハートにしていた女性たちはいなくなり、代わりに同情するような視線が刺さっている。


 『変なのに絡まれて可哀想に』


 きっとそんなふうに思っているのだろう。

 私も同じ立場で見ていたら、そう思うところだ。


 とはいえ、は関わっちゃいけないタイプだと、私の本能が警告している。

 私は急いでベンチから立ち上がった。 


「待ちたまえ。僕の話はまだ終わってないよ――」


 終わってようが、いないが関係ない。

 これ以上絡まれる前に、さっさと逃げるに限る。


「――“あすさくら”くん」


 その名を呼ばれ、足が地面へ縫い付けられたみたいに止まった。


「えっ、なんで……その、名前を知って……?」


 “あすさくら”。

 それは、私――”櫻井さくらい 明日香あすか”が小説サイトで使っている作家名だ。

 家族にも友人にも、知人にだって、作家名どころか、小説を書いていることすら話していない。


 なのになぜ、この男はその名を知っている?


 “知られた恥ずかしさ”よりも、“何故知っているのか”という恐怖が、背筋を凍らせる。


「まあ、そのことは今は些末な話だよ」


 いや、死ぬほど重要だろ!


 そう叫びたいのを耐えつつ、男を黙って睨む。


「僕は最近、小説サイトでの読書にハマっていてね。ピンからキリまで様々な作品が、世論に訴えようとしたり、欲望のまま書きなぐられてたりと……作家の心理を想像しながら読むのが中々面白くってね」

「そんなメタい読み方する人、まあいませんけど」


 すると男はピシッと指を差して言い放つ。


「中でも特に、君の――あすさくらくんの小説が目に留まってね! “丁度いい作品”だと思ったんだ!」

「ちょ、声大きい……!」


 まさかこの人、編集者とかなのか?

 いや、それならそうと最初に言うよな……。


 混乱する私に、彼はさらに追い打ちをかけてきた。


「……なにせ、君の小説は大前提として“クソつまらなくて”さ」


 はあ!?

 “つまらない”じゃなくて“クソつまらない”!?


 男は不敵に笑う。


「理不尽さ、不公平さをぶつけた、八つ当たりしたいだけの作品なんだよね。だからかなあ、スープもかえしタレも入っていない、香味油だけのラーメンみたいに味気のない気持ち悪い小説でね――」

「ちょっと待て!!」


 公共の場だということも忘れて私は叫んだ。

 通行人が驚いた顔でこっちを見ていく。


「なんなんですか!? 私の小説をボロクソ言うためにわざわざ来たってこと!? だったら、SNSとかで叩けばいいでしょ!」


 まあ、私の小説なんて叩く価値もない、とは思うけど。

 そう考えながら私は歩き出す。


「だから待ちたまえ。僕の話はまだ終わっては――」

「もう結構ですってば! これ以上何か言うなら警察呼びますよ!」


 その一言が効いたのか、男がそれ以上追いかけてくることはなかった。

 私はすかさず横断歩道に飛び込み、人混みの中へ逃げ込んだ。



 一体なんだったんだ、あの男……。

 私の作家名を知っているだけではなく、公衆の面前で小説を貶してきて……。

 あー、思い出すだけで腹が立つ。


 私はあれを“鳥のフンでも落とされた”程度の出来事だと思い込むことにして、バイトへ向かった。


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