鷹に花束

KMT

第1話「タカブツ会長」



       KMT『鷹に花束』



「君達、服装が乱れている。直しなさい」

「……ったく、またタカブツ会長かよ」

「教師じゃあるまいし、いちいちうるせぇな」

「何言ってるんだ。服装の乱れは精神の乱れだ。今すぐ直せ」


 背の高い紺色髪の男子生徒が、他の生徒に注意する。制服のボタンを外したり、校則で認められていないカラーTシャツを見せつけたり、目に映る非行は男子生徒にとって目も当てられないものばかりだ。少しでも気になれば、小言を挟まずにはいられなくなる。


「駿斗先輩、おはようございます」

「かっ、花梨……おはよう」

「先輩、今日の放課後も勉強付き合ってくれますか?」

「あっ、あぁ……もちろん……」


 ふと、赤みがかったベージュの髪色の女子生徒が声をかける。二つ結いにして肩にかけたおさげが可愛らしく、それを見た男子生徒は険しい表情から一変、恍惚となる。そのまま二人で並んでそれぞれの教室へと向かう。服装の乱れを指摘された生徒達はホッとするが、それ以上に二人が一緒にいる光景に唖然とする。


「あいつ……ほんと変わったよな」

「なんで堀田ほったにだけあんな感じなんだ……」

「あの二人、どういう関係?」


 学校中の生徒達が二人の関係を怪しむ。誰に対しても当たりが強く、校則やルールに縛られる堅物の男子生徒。そんな彼が、あのおさげの女子生徒の前では瞬く間に穏やかになってしまう。まるで化学反応のように物腰を柔らかくしてしまう彼女の存在。一体何者なのだろうか。








 事の発端は数週間前に遡る。男子生徒の名前は、鷹山駿斗たかやま はやと石山第一高校いしやまだいいちこうこうの3年生で、生徒会長を務めている。成績優秀、才色兼備の完璧超人……というわけではなかった。彼には唯一の欠点があった。


「おい、ピアスを開けるのは校則違反だろ」

「うるせぇな……お前には関係ねぇだろ!」

「君もだ。そのスカートは短すぎる。丈は膝より下だと決まっている」

「うわっ、何見てんの……キモいんですけど」

「何だその髪色は。親から貰った大切な髪を染めるな」

「これ……地毛なんですけど……」


 駿斗は少しの不正も許さない堅物な男で、真面目すぎるあまり校則違反を犯す生徒を発見すると指摘せずにはいられない性格だった。日頃から服装が乱れていたり、不要物を持ち歩いたりする生徒を発見すると、手当たり次第に注意する。


「まーたタカブツ会長が狩りをしてるよ」

「おい、目を合わせるな」

「関わらない方がいいぞ」


 その様が獲物を狙う鷹のようにあまりにもしつこいため、名字と掛けて「タカブツ会長」と揶揄されていた。相手の事情も図らずに注意するため、多くの生徒から嫌われていた。

 特にこの学校には校則を物ともしない不良集団がおり、彼らには頻繁に突っかかっていくため、毎日のように嫌みを言われている。常にトップクラスの成績を収めていた彼だが、憧れの目を向けられることはなかった。


 たった一人を除いて。


「ああいう真面目すぎる人間って、逆にめっちゃダサく見えるものなのよね〜。ねぇ、花梨かりん?」

「そう? 私は鷹山先輩カッコいいと思うなぁ」

「え、マジで……?」


 堀田花梨ほった かりん。優しくて真面目だが、あまり目立たない女子生徒。彼女は蚊帳の外から常に駿斗の行動を眺めてきた。彼女も努力家ではあるものの、学力は平均的で運動はからっきし苦手だ。


「まあ、噂で聞いたことだけど、鷹山先輩の両親って一流企業に務めていて、金持ちのボンボンらしいよ」

「そうなの? でもそれを鼻にかけない誠実さがいいよね〜」

「え? 本気で言ってる……?」


 花梨の友人の臼井保奈美うすい ほなみは、無条件で駿斗を褒める彼女に驚く。駿斗の両親はこの辺りの地域に名を馳せた金融企業に務めており、彼は御曹司である。しかし、堅物な性格が足枷となり、花梨を除いて誰もその事実を称賛することはない。彼が堂々と自慢しているわけではないが、御曹司という肩書きが付属するせいで、見下されている感覚を与えられて余計に反感を買ってしまう。


「あんた、やっぱりどっかズレてるわよね。今朝もずーっと花見てて遅刻しそうになったし……。あれ、名前何だっけ?」

「アザレア。ヨーロッパで品種改良されたツツジのことでね、花言葉が『恋の喜び』なの。素敵でしょ♪ あと、面白いのが『禁酒』って意味も持ってて……」

「ああ、ハイハイ。分かったから……」


 保奈美は彼女の口を慌てて塞ぐ。自分でも話題を振ったことを後悔した。彼女に会話の主導権を握らせたら、長ったらしい花の話を永遠と聞かされる。

 花梨は名前の漢字にもある通り、花を愛でるのが大好きだ。道端に咲いていた綺麗な花を摘んで収集したり、家で多くの種類の花を育てたり、その花を使って花束を作ったりする趣味があった。日頃から「花束はお嫁さんみたいで素敵」「将来はお花屋さんになりたい」と、口癖のように言っていた。


「高校生にもなって頭の中がお花畑なの、どうかと思うよ」

「そうかなぁ」

「鷹山先輩に憧れてるってのもね……」


 友人からはそんな子供っぽい性格を呆れられていた。自分でも同じ場所に根ざす生き方をする花が、自分ののんびりした性格と似通う部分を感じている。だからこそ、花梨は厳格で几帳面な立ち振る舞いを崩さない駿斗に憧れの目を持っていた。だが、隼斗は以前に学力の低い者を蔑むような発言をしていたため、友人は彼女の憧れに疑問を抱いていた。


「……」


 花梨は優れた地位にいながら、誰にもその栄誉を認めてもらえない駿斗を気の毒に思った。


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