難癖勇者~全てのテンプレ異能に修正パッチを当てがう男~
@nie_yu
第1話 時代に取り残された男
俺の名前は、りゅうすけ。
仕事は、ゲームに文句を言うことだ。
かつてはそれなりに名の知れたゲーム実況者だった。YouTubeが日本にやってくる前からゲーム実況を初め、垂れ流し、オリジナル条件でのRTA、レアドロップ粘りといったやり込みプレイ──そういう「原初にして最強普遍」のスタイルで、黎明期にはランキングを独占していた。
だが時代は変わった。市場の急激な成長に加えて大げさなリアクション、ラジオ作家かのごとき誘い笑い、キャバクラ・ホストまがいの馴れ合い。そういうポピュリズム配信が台頭していくうちに、ゲーム実況の権化とまで言われていた俺は、次第にインターネットの大海の隅へと追いやられていった。
ゲームそのものより、配信者本人の顔とタレント力が数字を持つ時代。
そこに適応できなかった俺のチャンネルには、レトロゲームや不出来なゲームに対する難癖、そして俺よりも可哀想な非常にめんどくさい視聴者だけが残った。振るい落とされていったかつての視聴者は、もう下手すれば老衰で死んでしまった可能性すらある。
「おいなんで荷台にも当たり判定あるんだよおかしいだろ。進行方向に対して吹っ飛びが……」
今日も画面を見ながら、反射的に難癖が出てしまう。わざとそうしているわけじゃない。本当にこんなことばっかり頭に浮かんでしまう。
「そもそもこいつ右側通行してただろ。逆走じゃねえか。予見してたんだな、遠い未来に逆走老人が
コメント欄がゆっくりと流れる。
>また始まった
>あらゆる難癖が右側通行への難癖に収束していく
>なんかあったんだろうな
俺は配信画面の右上に映る同時視聴者数「153」が「147」に減ったのを見て、小さくため息をついた。それでも見に来てくれる物好きが百人ちょっとはいる。
だが、広告単価も右肩下がりのこの時代である。案件もこのスタイルと規模では来ない。日々の生活費に加えて住民税だの国保だのに口座残高がじわじわと削られていく音は、どのホラーゲームの断末魔よりもおぞましいものがある。
その時だった。
チャット欄の上部に、見慣れない「赤い帯」がポップアップしてきた。
>¥50,000
一瞬、視界が白く飛び、キーンという耳鳴りと共に目眩が襲ってきた。
「……は?」
読み上げる気などなかったが、声が勝手に漏れる。俺の視聴者は全員貧乏人だし、裕福でないなりに他者に施しを与えることで満たされるような人間性のやつもいない。売れない芸人にだって1人や2人 社長のパトロンみたいなのは居たりするものだが、この配信には本当にそんな人はいない。つまり、この配信で5万のスパチャというのは大ごとなのだ。
そもそも普段、俺はスーパーチャットを読まない。名前も読まないし、礼も言わないし、リクエストも絶対に受けない。「金を払えば構ってもらえる」と思われたくないのはもちろんのこと、「スパチャ来てますよ」とかいちいち言ってくるめんどくせぇ視聴者は長い年月をかけて篩にかけてきたのだから、そういう振る舞いが許される硬派な配信者だという立ち位置を手放したくもないのもある。
しかし、さすがに五万円は、今の五万円は、重い。
赤帯には、メッセージが表示されていた。
>初スパチャです。いつも楽しく拝見しています。もしよろしければ、このゲームを実況してもらえないでしょうか。りゅうすけさんの“難癖視点”で見てもらいたいです
その下に、見慣れない短縮URLが一つ。
>DLはこちら → https://~~~~~~~~~~~
「……はあ?」
コメント欄がざわつき始める。
>5万!?
>地主来た
>読まない主義とは
>売名する場所間違ってますよ
普段なら、こういうのは無視してゲームを続ける。
しかし今日は、冷蔵庫には麦茶と納豆と卵しか入っていない。
さっき水道代の督促状も来ていた。
頭の中で、数字が勝手に並ぶ。五万円。家賃。光熱費。国民年金。今月まだ半分過ぎたばかりで、あと……。
こいつを上客に仕立て上げれば、しばらくは食えるかもしれない。
魔が刺す、という表現はこういう時に使うのだろう。
「……えーっと。基本的にスパチャは読まない主義なんだけどさ」
自分の声が、少しだけ上擦っているのが分かる。
「五万円は、話が違う。誠意ってもんがある。……一回だけな。今回だけ特別に、リクエストに乗ります。ありがとうございますぅぅぅ!!!」
コメントが一斉に流れる。
>買収されてて草
>資本主義に屈した男
>りゅうちゃそも人間だったのね
自己嫌悪に襲われながらURLをコピーして、ブラウザに貼り付ける。
ダウンロードページが開いた。タイトルは、簡素な白地に黒字でこう書かれていた。
【完全世界アルケイディア 体験版】
「体験版かよ」
よくあるインディーゲームの特設ページみたいな作りだ。
ページ下部には、小さな説明文が続いている。
【このソフトは、「完全世界アルケイディア」の世界をひと足先にプレイできる体験版です。
あなたの行動とフィードバックは、この世界の完全度を高めるために活用されます】
「完全にしたすぎるだろ」
この手の不自然な言い回しに笑ってしまう。
しかし、「完全世界」という単語と、「完全度を高める」という言い回しには、どこか引っかかるものがある。
完全なのか、完全じゃないのか、どっちなんだよ。
「まあ構わん。クソゲーだったら燃えるぞ。いいんだな?まあウチの視聴者が火を焚べに行ったところで、その薪はもう湿気てるんだがな」
かつての威勢のいい特攻兵たちは、みんな老いさらばえて死んでいった。残った搾りかすどものために、俺はこのゲームを面白く実況する義務がある。断じて5万円のためなどではない。……いや、波風を立てない形で5万円が欲しい!
ページの一番下に、小さく「今すぐ始める」というボタンがある。
発行元の情報は、やけにあっさりしていた。
copyright©️完全世界開発機構
「怪しいなあ……」
そう言いつつも、「ダウンロード」をクリックする。
配信者としては最悪の判断かもしれない。実際、過去によく分からんフリーゲームをやって、つまんなすぎるのが態度に出てしまって炎上したこともある。しかし、でも、今この時の五万円は重い。
exeファイルを起動すると、Windowsが警告を出した。
「発行元を確認できません。このアプリがデバイスに変更を加えることを許可しますか?」
「これは怪しいと見せかけてよくあるやつだ」
迷いなく、「はい」を押す。
画面が真っ暗になり、数秒の沈黙。
やがて、聞き慣れない起動音と共に、1文字ずつシンプルなロゴが現れた。
【WELCOME TO ARKEIDIA
完全世界アルケイディアへようこそ】
「うおぉ、だせぇ……!」
ちゃんと怪しくて、ちゃんとダサいことに、一種の興奮を覚える。続けざまに、Pinterestとかで検索したらすぐ出てきそうなサイバーチック電子回路が画面の手前に向かって伸びてくる。もう無理だ、苦手なタイプかもしれんこれ。
【あなたのプレイが、この世界をより“完全”へと近づけます。
ゲーム内での全ての行動と発言は、今後のアップデートに反映される可能性があります】
「……とりあえず、まだ完全じゃないんだな。」
俺は思わず肩をすくめる。
「プレイヤーの声を大事にします」とか言いながら、実際は何も変えないゲームを、いくつも見てきた。ましてや”完全”なんて。
「まあ、やるだけやってみるか。クソ仕様だったら覚悟しとけよ」
コントローラーを握り直し、「START」を押した。
一拍おいて、画面が真っ黒になった。
「あ?」
すぐに、黒い背景の真ん中に、1文字ずつ白い文字でタイトルが浮かぶ。
【WELCOME TO ARKEIDIA】
「さっきも出しただろそれ。1回でいいんだよそういうのは」
反射的にまくしたてた瞬間、1文字ずつ現れるロゴアニメーションが途中でぴたりと止まり、時間が巻き戻るかのように今度は1文字ずつ消えていった、ような気がした。
途端にモニターの光が、液晶とは思えないとてつもない眩さで発光し、赤と青の明滅を繰り返し始めた。
「あちょっとこのゲーム俺を光感受性過敏にしようとしてます助けt──」
早口でツッコむより早く、視界が白で埋め尽くされていく。
かろうじて視界の隅っこで、配信のコメントが見えた。
>tmt
>ガチで落ちた?
>最期まで難癖を手放さない男だった
>97年の悪夢再び
そこまで確認したところで、世界は真っ白になった。
難癖勇者~全てのテンプレ異能に修正パッチを当てがう男~ @nie_yu
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