何でもない凡人が理想の一刀に届くまで〜ゲーム世界に転生したモブ、最強の裏ボスに弟子入りする〜
栗色
第1話 未だ理想には届かず
――その一振りに、
【
誰かが言った。
彼女が振るう斬撃は、地球全土に届き遍くすべてを分かつと。
地下世界である迷宮に空の上から裂くように、またもう一つの空が現れた。
調子に乗って突撃した挙句血塗れで死にかけていた少年は、その様を見ていた。
ずっとずっと。
熱に浮かされた初恋の乙女のように。
いや、初恋だったのだろう。
だから少年は気付けば、斬撃の主である彼女に言葉を口にしていた。
動けば骨が軋み、肺に溜まった血が吐き出される。
今にも壊れてしまいそうな身体を無視し、残心してもう一つの空を見上げている彼女の下へと這いずった。
「俺をっ、弟子にしてくださいっ!!」
「…………え、やだ」
合理的であると、少年は自身を評している。
一つのことに執着せず、才能が無ければすぐに別の道を探す。見つけては捨ててを繰り返してきた。
身体に染みついてきた諦観の習慣が、その憧れに届くことは無いと言っている。
もし到達できるほどの努力ができるのならば、これまで見捨ててきたどんな道でも進むことができたはずだ。できなかったのだから、今回も駄目だと諦めさせている気がする。
だが、今回こそは。
少年は合理的であることをやめ、愚直に生きることに決めた。
それが少年の、これまでのすべてを塗り替えてしまうほどの初恋だった。
目を細めて空を見る。
「…………あぁ、綺麗だったなぁ」
「当たり前。私は完全無欠最強絶世美少女なので」
「あの、一振りは……」
「は?私ではないと?ちょっと、起きなさい。私に惚れたのではないと?このビューティフルフェイスに見惚れてしまった哀れな子羊ではないと?どうせ惚れるのならば私の顔に惚れなさい。もっとも私はノーを突きつけますがしかし!顔に惚れなさい。斬りますよ?」
かくして、少年は彼女の弟子となった。
◆◇◆
地球には現在、九つの地下世界がある。
それぞれ異なる環境、生態系、霊長が存在して地下で暮らしている。
最も重要なことがある。
どの地下世界も例外なく、現在の地上に住む人類を脅かす存在であることだ。
二十年前、大氾濫と呼ばれる災害があった。
第六地下世界コールドナインから霊長である人獣種が戦争を仕掛け、地下世界と地上世界の境を司る境界門を突破し、シベリア北部から南下及び道中の民衆の虐殺を開始した。
結局は鎮圧されたが、被害は甚大で死傷者数六千万。
最大の氾濫事件として人々の記憶に色濃く残っている。
そんなこんなで地下世界の住人は、地上に住む権利を狙って侵攻を企てている。
それを防ぐため地上人類は対抗するための力を日夜磨いているのだ。
「ここはゲームの世界だ」
少年には、前世の記憶があった。
この世界と酷似しているものの地下世界など無く、単一の生命間で戦争をする世界に生きた記憶だ。
戦争、といっても少年の暮らしていた場所では平和そのものであり、娯楽も充実していた。
その記憶の中に、この世界と完全に一致するゲームがあった。
以前そのことを確信し、ひゃっほーい、と少年は喜んで地下世界に突撃したが案の定死にかけた。
「ま、今はもうどうでも良いか」
少年は合理を謳いながら軽率だった昔の自分自身に苦笑を零す。
否定もしないが肯定もしない。
静かに刀を頭上まで持ち上げる。
半歩分右足を下げ、上段の構えをとった。
瞳を閉じて、余分な情報を削ぐ。静寂。
先程まで聞こえていた小鳥の声、猛獣の声など一つも少年の耳には入ってこない。
彼以外の全生命が時を止めたようであった。
思念はただ一つ、それだけに集中する。
(斬る――)
瞬。
振り下ろす。
「ちっ」
舌打ち交じりに少年は片目を開ける。
その様子は誰がどう見たって苛立ちを露わにしていた。
「一振万断……すら行かねえな、これは」
少年の刀が振るわれた先、そこには斬撃の跡が刻まれていた。
斬撃の跡はおよそ五百メートル先まで刻まれ、巨岩で止まっていた。少年の斬撃を受け止めた巨岩も、地面も地割れのようにひび割れている。
「理想には未だ届かず、か」
星別。
あの斬撃は世界を斬った。
それと比べればこの程度の斬撃など塵に等しい。
抜いた刀を鞘に納めながら、少なくとも少年はそう思っていた。
「キリエ」
「……師匠」
自身の名を呼ばれた少年が振り返ると、そこには美しい少女が立っていた。
白無垢の君、と表現すれば良いのだろうか、純白の衣装に身を包み、彼女自身も衣装と同じく真っ白だ。しかし儚さは感じさせない強い意思を持つ瞳を携えている。
「私に見惚れてしまいましたか?やはり罪な女です、私は」
「何言ってんだあんた」
腰をくねらせて頬に手を当てる少女。しかしその表情は平坦だ。
少年——キリエが白い目を向けていることに気づいた少女は、静かに視線を横に横に滑らせキリエの斬撃痕を見て目を細める。
「……貴方を弟子にとってはや……はや……はや?」
「六年だ」
「早六年、最初は才能無えなこいつとか思ってましたが、いやはや憧憬とは馬鹿にできませんね」
「いいや、まだ遠い。あんたの見せた斬撃にはな」
キリエが現状に一切として満足をしていないのを見て、少女は溜息を吐く。
「憧憬を馬鹿にはできませんね」
「なぜもう一回言ったんだ?」
キリエの斬撃はすでに超抜級の一撃である。
しかし、彼にとっては通過点であり目標どころか見もしない地点だ。
少女の放った一撃を完全に再現するまで、キリエが満足することは決して無いだろう。
まる初恋のような憧憬。それが故に、凡才であるキリエがここまでの境地に至った理由でもあるのだが、発端となった少女にとっては少し複雑だった。
「キリエ」
少女は彼に、道中そこら辺で拾ってきた木の枝を向ける。
細く、少しの衝撃で容易く折れてしまう木の枝だが、少女が持つと絶対に壊れないと称される聖剣のようだ。
「……知ってるだろう?俺が斬ることができるのは一度だけ。その一度はもう使っちまった。あんたがやって良いっつったんだろうが」
「む、なんですかその目は。生意気です」
少女が腰を落とす。
肩を竦ませていたキリエだったが、少女のわずかな動作により極限の警戒を抱く。
「良いですか?一度です。順番は前後しましたが、どうせ変わりませんので」
「何をっ」
――斬。
防御態勢など間に合わない。
なぜならばすでに斬られていた。
斬っている、斬ろうとしているではなく、斬られた。
結果だけを押し付ける少女の絶技に、キリエは成すすべなく――。
「——見事」
「ぢっ……がっは、はは……」
乾いた笑みがキリエの口から漏れ出る。
上半身と下半身の半ばまで断ち切られ、傷口から、そして臓器が傷つけられたことにより逆流した血が口から激しく零れていく。
だが、生きている。
致命傷だとしても、即死ではなかった。
「折ったぞ……!はは、は……」
キリエは最初から防御と回避を諦めていた。
少女相手に無傷でやり過ごすなぞ、最も愚かな行為だ。
肉を切らせて骨を断つ。
被弾を覚悟して、彼女の
結果、上半身と下半身が泣き別れすることなく致命傷を喰らうだけに留まることができた。
これ以上ない最善だ。
「キリエ、貴方を弟子にしたのは間違いではなかった。私が――天墜のヨルが誇りましょう」
「そりゃあ、どうも……」
今にも死にそうなキリエの体は、みるみるうちに回復していく。
逆再生のように失った血が彼の体内に帰っていった。
「同時に、ここまでの境地に至った貴方を、このまま縛りつけておくことはできません」
少女——ヨルは薄く笑みを見せた。
嫌な予感がする、とキリエが思う。彼女が笑みを見せるのは大体、ろくでもないことだから。
「世界を知りなさい。無冠の剣聖となるのではなく、有冠の剣聖となりなさい」
「何をっ」
「そこで、です。貴方も十五歳、これから高校生となるわけです。王城学院に入学しなさい」
「は?」
王城学院。
日本にある最上位の魔剣士学院だ。求められる質は非常に高く、大学で言う東大のような立ち位置。入学するだけでも至難である。
そして何よりも。
(ゲームの主人公がいるじゃねえか!?)
「待て、そんな面倒なところに俺は行きたくないぞ!」
「行きたくない、ですか。行けない――合格できないとは微塵も思っていないようですね」
ヨルは笑みを深めた。
「俺はまだ、まったく理想に届いていない!そんなきゃっきゃうふふ、キャピキャピしたところに行っても時間の無駄だ!」
「貴方はあそこを何だと思っているのですか?どんな偏見なんですそれ」
「とにかく、俺はいかないからな。高校なんて、近いところで十分だ。いや行く必要すら――」
キリエは断固拒否の姿勢をとっている。
こいつの首を縦に振らせるのは非常に面倒……では全くない。
ごくごく簡単だ。
「キリエ、貴方は伸び悩んでいる。そうですね?」
「ああ。だからこそ、立ち止まっている暇は無いと言ってる」
「果たして本当にそうでしょうか?ここに閉じこもって、本当にあなたの理想に到達できると思ってますか?少なくとも私の考えは違います。ここでただ刀を振るだけでは到達できない高みがある。そうは思いませんか思いますねはい」
キリエを納得させるにはただ一言だけで良い。
つまるところ、憧憬を逆手にとるのだ。
「星別を完成させるには、世界を知ることが必要なんです。具体的には王城学院に入学することが必要です」
「分かったじゃあすぐに行く」
ちょろ、とは思っても口には出さなかった。
「王城学院……本編か。確か主人公の年齢、俺と同じだったような」
キリエは地下世界の空を見上げて一人ごちる。
「まあ、どうでも良いか」
彼らはまだ知らない。
剣の一刀に魅入られたただのモブが、定められたシナリオを破壊し尽くしていくことを。
そして彼らの辿るはずであった人生も壊されていくことを。
「全て、斬る」
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