今死ねって言ったのは誰ですか?
その日は超絶不機嫌に帰ってきた母親から逃げるようにして学校に行った。朝から最悪だった。やっぱり世界は私にとんでもなく厳しい。
時間割を確認すると、3時間目に英語があった。唯一の救い。
SHRの時間、私はいつものように小林に名指しで怒られた。三者面談の希望用紙が提出されていないと。
出せるわけない。うちの母親、仕事と担当のことばっかだし。私のことを疎ましく思ってるあの人に三者面談の話なんてしたら、家ごと爆発しちゃうかも。
うちの家庭環境について、想像したことすらないんだ。きっと気楽な家庭しか知らないんだろう、羨ましい限り。
私はいつも通り何も言わず、表情を変えず、時間が経つのを待ちながら、心の中でおまじないを唱える。そうしているだけで、2時間目まで終わった。
英語の教科書を机に乗せて、トイレに立つ。次は高梨先生の授業。大好きな高梨先生のお顔を拝めて、お声が聴ける。救いの時間。
用を足し、居場所のない教室に戻ると、里香とその取り巻きたちがクスクス笑っているのが目に入る。こいつら、なんか
嫌な予感がして、自分の机を見る。
やっぱり。用意していた英語の教科書がない。
ぬかった。最近じゃ「いないもの」と扱われることの方が多くて、こういう直接的な意地悪が少なかったから、危機感が減っていた。よりによって一番大切な宝物を机に置いたまま席を離れるだなんて。
落ち着け、落ち着け。心の中で繰り返して、とりあえず席に戻る。証拠がないまま責めては、むしろ言い返されてしまう。机の中とカバンの中を確認して、でもやっぱり見つからない。
沸々と何かが心の中で煮立つ。
可能性のあるところを確認しようと、教室の後ろの端に置いてあるゴミ箱に向かった。
嫌だ。汚いゴミ箱の中に私の大切な教科書が捨てられていたら?
震える足を無理やり進めて、ゴミ箱の前までたどり着く。
——あった。
信じられない。私の大切な宝物が、ゴミ箱に——。絶対に許せない!
これまでいろんないじめを受けてきた。私はみんなからいないものとされてきた。でも、心の中で死ねと唱えるだけでやり過ごしてきた。許しはせずとも、それが私の運命だと受け入れてきた。
でも、これだけは心の中で唱えるだけで終わらせちゃいけない。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ! 今すぐにでもそこの窓から飛び降りて死ね!
その言葉は自然と口から放たれた。
「ふっざけんな! 死ね!」
遠くで笑っている里香をまっすぐ見つめて、いつもは心の中で祈るだけの言葉を、はっきりと口にする。
「里香がやったんでしょ! 死ねよ。あんたなんか死んでも誰も悲しまないでしょ! むしろみんなせいせいするよ。今すぐ窓から飛び降りて死ね!」
里香の顔が歪むのがわかった。取り巻きが慌てて口を挟む。
「は? スメルの分際で調子乗ってんじゃねえよ! 里香がやったって証拠あんの?」
「私が教室入ってきたとき笑ってただろうが! それが何よりの証拠でしょ!」
「え? いやうちら普通にドラマの話で盛り上がってただけなんですけど。自意識過剰じゃん」
もうひとりの取り巻きも里香を庇う。
「言い訳したって私は許さない! 死ねよ! そこから飛び降りて! 今すぐに!」
黒い塊を吐き捨てるように、次から次へと言葉が飛び出す。ゴミ箱から拾った英語の教科書をぎゅっと抱きしめて、里香の方へ歩みを進める。窓から突き落としてやろう。もう私の手が汚れたっていい。だって私の宝物を汚したのはこいつだから。
「誰ですか。今死ねって言ったのは」
凛とした冷静な声が聞こえてきた。何度も頭で再生した綺麗な声。刹那、息が止まる。
取り巻きが先生を味方にしようと状況を説明し、私を悪者に仕立て上げる。
「皇さん、死ねって言ったのは本当ですか」
え? 私が責められるの……?
「私の教科書を里香さんがゴミ箱に捨てたので、許せないと思って……」
「死ねって言ったんですか?」
私は何も言えない。これじゃあ、まるで私が悪いみたいじゃん。なんで? どうして?
「皇さんは指導室に来てください。今日は自習にします。みなさんは教科書を読み込んでおいてください」
黒い感情を無理やり押し留めて、私は静かに指導室へ向かう先生について行った。
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