第4話 強奪

 魔王軍から人類を解放するべく歩き出した俺たち。

 次の目的地は大きな港街セントラーズという所らしい。

 ニケさんが道中、手ぶり素振りを入れて説明してくれた。


「へー、つまりボスキャラでもいたりするのか? 港といえば貿易の要だろ?」


 それだけ重要な拠点なら敵も本腰を入れて防衛しているはず。

 街の規模が大きい分、魔物の数も多そうだ。考えただけで面倒臭い。

 

「ええ……魔王軍第三潜水部隊を率いる勇将、剛槍の使い手リヴァルホスというサハギン半魚人が。かなりの強敵です……!」


「名前がかっけぇな」


 色々と肩書が付いているが最後の名前に全部持っていかれた。半魚人の癖にイケメンネーム。


「いきなり正規軍が相手とかハードモード過ぎない? 難易度設定おかしいだろ」


 序盤はスライム辺りの雑魚を倒して経験値稼ぎが定石だ。

 港街なんて中盤で船を手に入れる頃に訪れるような場所である。


「いかに勇者様がお強いとはいえ、正面突破は厳しいですね……ですが、これ以上まともに戦える相手が存在しないのが現状なんです。セントラーズは港がありますが、首都からは離れており海に囲まれている都合守備隊の数は限られています。内陸部にある都市は数万規模の守備隊が控えていたりと、端から勝ち目がないもので……」


「いやいや追い詰められすぎだろ。この世界の軍隊は、人類は一体何をしていたんだよ」


「本当にそうですよね……。私たちが不甲斐なくて申し訳ありません……」


「あっ、あー悪い。今のは言い過ぎたな。それだけ魔王軍が強かったんだよな」


 ニケさんが酷く悲しそうに頭を下げていたので、気まずくなりすぐに訂正する。

 この世界の人間も、ただ指を咥え見ていた訳でもないだろう。軽率な発言だった。


「お魚さん、おいしそうだね!」


「そうだな。サハギンって聞いたらお腹が空いてきたな」


 咲が話題を変えてくれたので、それに乗っかる。


 歩き始めて半日が経っただろうか。夕焼け空が眩しい。

 現実世界では都会のビル群が邪魔で空が狭かったからなぁ。

 何度も休憩を重ねてきたので、今日はあまり距離を稼げていない。


「え゛え゛っ、もうお腹が減ったんですか!? さっきおやつを食べたところじゃないですか!」


 果実のジャムを塗ったパンの欠片を三つだけだったけど。


「俺たち、まだまだ育ち盛りなので」

「なので!」


「ひぃっ……食料が初日で四分の一減っています……。どう節約しても目的地まで足りません!」


 ニケさんが頭を抱えている。長旅は初めてなもので食欲の調整が難しいのだ。

 ここは異世界ではあるが言葉は通じるし水も飲める。適当に現地調達でいいと思う。


「ねーねー、お兄ちゃん。あそこに誰かいるよ? おいしそうな匂いもする!」


 ふと、咲が道外れの林の中を指差していた。

 草木が邪魔で奥が見えないが何かを見つけたらしい。

 死体とか出てこないだろうな。割と遺骨は転がっていたが。


「俺にはそんな気配は感じないが」


「……誰もいませんね? 咲様の見間違いじゃないですかね?」


 ニケさんも慎重に覗き込んでいるが、反応は俺と同じだった。


「えー、でもいい匂いがするよ? うそじゃないよ?」


 納得がいかずその場で跳ね続ける咲。

 もしかして、力の影響で五感が鋭くなったんだろうか。

 異世界に来てから咲はかなり野性的になっている。妹の将来が心配。


 よし、ここは一つ俺の力を試す番か。


 【千里眼】


 俺は初戦闘時に覚えた異能スキルを使ってみた。

 瞬時に周囲の様々な情報が送られてくる。必要なものだけを取捨選択。

 鼻の尖ったゴブリンの姿が見えた。魔物の名前はニケさんから教わっている。


 集落のような小屋が立ち並んでいる。あと重要そうなものといえば――――


「――飯だ! ゴブリンが飯を作っているぞ!!」


「おー! ごはんだー!」


 ゴブリンたちが美味しそうな鍋を作っている。

 野生動物の肉だろうか、ウサギに似た生き物の死骸が転がっている。

 魔物も人間と同じような料理を食べるんだな。これは好都合だ。


「姫乃様は【千里眼】をお持ちなんですか? まさかゴブリンの集落がこんな所にまで……」


「早々に見つかってよかったな」


「そうですね! さすがは勇者様です!」


 ニケさんは感心していた。

 いやぁ便利な力を手に入れたものだ。

 これは元の世界に戻ってからも是非、日常生活で使いたい。


 それでは俺たちはさっそく集落にお邪魔――――


「――――襲われる前に、素早くこの場から立ち去りましょう!」


「「えっ?」」


 俺と咲はニケさんの顔を同時に見た。

 ニケさんは口をポカーンと開けて見つめ返してきた。


「えっ? 私、何か間違ったことを言いました?」

 

「飯だぞ?」

「ごはんだよ?」


 せっかく近場にいい宿があるというのに何を言ってるんだ、このメイドさんは。


「も、もしや……魔物の集落を襲うつもりで……? 強奪するつもりですか!?」


「そりゃあ俺たち、一応人類の味方だからな。道中でも魔物を倒していかないと」


「ごはん! ごはん!」


 宿を借りるついでに物資も借りていくだけだ。

 もしかしたら命も借りることになるかもしれないが。

 非道と言うなかれ。生きる為なのだ。経験値稼ぎで魔物を虐殺する勇者よりマシだろう。


「はわわわ。……私、恐ろしくなってきました。本当にこの人たちを召喚して良かったのでしょうか……?」


「何を今さら」


「お兄ちゃん、行こ!」


「そうだな、メイドさんは置いて行くか!」


「「お鍋! お鍋!」」


 俺と咲は仲良く手を繋いで集落を目指した。ニケさんは後ろで震えていた。




 ◇ 




「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア」


 集落全体を、魔物の悲鳴がサイレンとなって響いた。

 ゴブリンたちが我先へと逃げ出していく。美味しそうな鍋は無事だ。


「あれ? お兄ちゃん、ゴブちゃん逃げちゃった」


「そうだな。俺たちは挨拶しただけなのにな」


 入っていきなり強奪するのも失礼かと思い、まずは代表に会おうと顔を出した。

 そしたら”案の定”数匹が武器を持って襲い掛かって来たので、咲が手で触れた。


 大丈夫、これは正当防衛だ。決して狙った訳じゃない。うん。


「よし、もったいないから俺たちでこの鍋をいただくとするか!」


「うん!」


「ちょっと待ってくださああああああああああああああい!」


 ニケさんが全力疾走で集落に入ってきた。


「はぁはぁ……わ、私が……ま、まず……毒見します……!」


「ニケさんもお腹が空いていたんだな。素直じゃない」


「違いますよ!? 普通の人間は魔物の料理を食べないんです! 毒でも入っていたらどうするんですか!?」


 ああ、なるほどね。心配してくれていたのか。優しいメイドさんだ。


「私には【抗毒】がありますから。これは結構珍しい能力なんですよ? 大半の毒を防ぐ優れものなんです。毒性の物を食べても少し苦いだけで済みます!」


 ニケさんが大きな胸を張って自慢げに語る。

 すると、俺の身体に【抗毒】の異能スキルが入り込んできた。


「では毒見を――」


「おっ、そこそこ美味しいな。切り方は雑だが、ちゃんと血抜きはできているし。雑味が少ない」


「お兄ちゃん、咲にもよそって!」


「ほい」


「ありがとー! はむはむ。おいしいね!」


 空腹は最高のスパイスと言うけど。

 不味いものは不味いし、美味いものは美味しい。

 この鍋はお世辞抜きにして美味しい。魔物もやるなぁ。


「今の私の話を聞いていたんですか!? 何で無視して食べるんですかああああ!」


「いや、今さっき俺も毒が効かなくなったんで」


「おっしゃる意味がわかりませんよ!?」


「お姉ちゃんうるさい」


 咲の【消滅イクリプス】の力も狂っているが、俺の力もヤバいな。空回りするニケさんが少し可哀想だった。

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