論破キッズ⭐︎りく

星野 暁

第1話 我が家のりく

 私はごく普通の主婦だ。一日4時間のパートに出て、夕方になれば自転車で保育園へ向かう。

 ——そう、今日もあの戦場へ。


 門の前で深呼吸をする。

「よし……今日こそは“素直に帰るりく”を引き当てたい」

 まるでガチャのSSRを祈るような気分だ。


 園庭では、わが息子・**りく(5歳)** が砂場の城を壊すかどうかで友達と討論中だった。

「ほらりくー、帰るよー」


 私が声をかけると、りくはくるっと振り返り、今日も期待を裏切らない開口一番。


「ママ、今壊したら“思い出が崩壊する”んだよ? 責任取れる?」


 ……出た。屁理屈界の若きエース。


「思い出は心に残るから壊れないよ」

 私も大人だ。論理で返す。


しかしりくは鼻でふっ、と笑った。

「ママ、それはママの思い出でしょ? ぼくの思い出は砂でできてます!

 **人の記憶って儚いんだよ。まさに砂のように一瞬で消えちゃうんだから!**」


 詩人なの? それとも哲学者?


「でも帰らないと夕飯作れないよ」

「じゃあ、帰らなかったら夕飯作れない。作れないなら食べられない。食べられないなら寝るだけ。つまり *今は帰らないほうが効率がいい* ってことだよね?」


 効率の概念を乱用するのやめて。


 先生が笑いをこらえながら近づいてきた。

「りくくん、今日は特にキレッキレでして……」


「あの、先生、いつもです」


 幼児の屁理屈は進化し続ける。放っておけば人類最高の詭弁家になれる気がする。

 私はしゃがんで目線を合わせた。


「りく。じゃあ言うね。ママ、りくと一緒にごはん食べたいの」

「…………」


 りくはしばらく黙り、砂をぎゅむ、と握った。

「……そういう“感情系”のやつは反則なんだよ……」


 立ち上がり、小さなリュックを背負う。

「じゃあ帰ろっか」


 私は心の中でガッツポーズ。

 今日のガチャ、大当たりだ。


 こうして私は、屁理屈息子・りくとの日々をまた一日乗り越えるのだった。

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