第玖話 『システマティックにFast & Low』─Fast, Niche, Broken

A「あーまた通知きた、もう、何が大事で何がどうでもいいのか分かんなくなってくる」

B「速さは進歩、だなんて誰が決めたの?スクロール、通知、更新、拡散──すべて考える前に反応するように作られているの。ティールは「未来を予測しろ」って言うけど、

加速する情報の中で予測されているのは私たちの反応の方。それってもう、自由じゃないよね?

ヴィリリオが言っていた。技術は事故を内包するって。SNSは今、事故を起こすことで最適化されているんだよ。」

A 「それってつまり、炎上すらも機能の一部ってこと?」「うん。あれは異常じゃなくて、仕様なんだよ。」Bは目を伏せて微笑みながら、そういった。

A「でも、それって事故っていうより、最適化されたロングテールじゃない?情報が広がる

速度が速くなった分、ニッチが拾われる確率も上がったんだよ。SNSのアルゴリズムは、確かに反応を予測するかもしれないけど、同時に発見される自由も生み出している。それって、単純に支配って言えるのかな?」

B「その自由って、本当に自由?選べるように見せかけて選ばせているのは誰?まとめサイト?届いたように感じていても、それは単に、選ばれただけかもしれない。ヴィリリオなら、それも知覚の戦争って言うと思う。

「スクロール、通知、リポスト。これらは一見、情報社会における「自由な選択」のように見える。だが、その選択は本当に自由なのか? 現代SNS社会における情報設計と認知反応の構造を、「Fast「Low」「Systematic」という三軸から照射してみようか?」

A「どうかて短めに。」

B「承知した。ダニエル・カーネマンは『ファスト&スロー』において、人間の思考が二つのシステム──System 1(直感的・高速・省エネルギー)とSystem 2(論理的・遅延・高負荷)に分かれていることを示したわ。現代のSNSは、意図的にSystem 1を刺激するよう設計されているといえるわね。ユーザーの判断は、慎重な熟慮ではなく、反射的リアクションによって誘導される。「いいね」や「リポスト」は、コンテンツの価値よりも感情の即時反応を優先させる。つまり、思考は最初から「使われない」前提で設計されているのだ。ブギーが「笑わない」そんな感覚。そしてさっきもいったけれども、ポール・ヴィリリオは「技術は必ず事故を内包する」と語った。新たなメディア技術は、それが引き起こす潜在的な破局を孕んでいることは自明。そしてティール的に解釈するとこれは「競争は敗者のメカニズム」だ。つまり、「ゼロから1」を生み出す創造者であるべきだと主張している。反転するとこれは、独占こそが未来を設計する手段である=未来は予測されるものではなく、「独占」するとなる。SNSプラットフォームはこの思想を体現しているよね。あらゆるメディアアプリにおいて、ユーザーの行動は、自由意志ではなく、予測され、統計的に最適化されている。トレンド、ハッシュタグ、アナリティクスの可視化、広告による無意識から意識への活性化、そしてそれを楽しんでいるユーザー。そこには実質自由な選択ではなく、支配された反応だけがあるというわけさ。

クリス・アンダーソンは「ロングテール」の概念により、情報の分散とニッチの価値を高く評価した。インターネットは「誰もが何かを見つけられる」場所になると。

だが現実には、アルゴリズムが見せるべきニッチを決めている。自由のように見えるその選択肢は、実は「選ばされた自由」であり、「誘導された発見」でしかない。

SNSの速度至上主義──スクロールによる情報の即時化、炎上の連鎖、バズの無差別拡散は、まさにその「事故」こそが、機能として最適化された状態にあるというわけさ。」

A「なるほどね。ヴィリリオの速度、ティールの独占、アンダーソンの分散、カーネマンの直感。それぞれの思想が交差する地点に、我々が生きるSNS社会Fast & Lowな社会が浮かび上がると。そして、それは「思考のない世界」ではない。「思考を不要とする世界」であると。」

たしかに、実感として選ぶ前に反応し、感じる前に「いいね」を押す感覚において、自分たちの「思考する自由」は、すでに制度として最適化されているのかもしれないね。ただ─本当にそうなのかな?」

B「と、いいますと?」

A「一考の余地はあるし、説得力も抜群。しかし全肯定というのは単純に面白くないので、

少しで意見を言わせてもらう。「設計された制度」──すなわち速度、感情、独占によって最適化された空間として描いてきた。しかし、それとは逆に、構造が不定形であること、秩序が流動的であることをこそ本質と捉えた視座もあるよね。ジグムント・バウマンは、『リキッド・モダニティ』において、「流動性」が現代社会の基本形であると主張した。そこでは関係も、情報も、権力ですらも「接続と解除を前提としたもの」として存在し、固定された制度や秩序を信じることは、むしろ時代錯誤とされる。この前提を導入するのであれば、SNSにおける設計──アルゴリズムや統計最適化による支配もまた、「固定される間もなく更新され続ける統治」の一環にすぎないのではないか?」

Bはこれまでになく見たことがないほど驚いた顔をした。美しい音色で世界が鳴った。そんな感覚を抱いたようだ。「いやいや見事な返しだ。正直驚いた。『サクラノ詩』のような引用返しだったね。じゃあこっちも。」

「たしかにSNSにおける関係性、言説、アカウントのアイデンティティは極めて揮発的で、明確な輪郭を持たないように見える。それは確か。だが、ここでいう「流動性」こそが、ある種の形式化の技術によって維持されているのではないか。ここで想起されるのは、十五世紀の印刷革命──つまり「グーテンベルク」以後の知の構造をあげられるよ。活版印刷の登場は、知の複製・流通の爆発的拡大を生んだが、それと同時に「文字の固定化」=知のパッケージ化ももたらした。自由な言説が生まれたように見えて、実際には「形式とコード」に縛られた情報社会が形成されたのである。Unicodeがその結晶だと思う。言葉はもう、文字コードのなかでしか存在できない。自由に喋っているつもりでも、それは既に番号のついた音を選んでいるだけ。Unicode──それは、すべてを包摂する自由の仮面を被った、最大の規格化だ。

感情すらも、エンコードされているよね──UTF-8でさ。言葉はもう個性ではなく、照合性に変わる。気持ちなんて、たぶんシフトJISの片隅にも残ってないよ。きっと笑。

同様に、現代SNSにおいて「関係は揮発的」であるが、「感情・発言・視線」はすべて保存・統計・予測の対象として固定されている=流動性は「形式化の上でのみ機能する演出」であり、ネット社会は流動と固定が共犯関係にあるグーテンベルク的情報空間。

Fast & Lowが「不安定であるがゆえに操作可能」という現代的な逆説になるわ。」

「終局的なまとめ方をするとね、私たちはいま、思考しないで反応する。その反応さえも記録され、統計に組み込まれ、設計される。流動性の時代にありながら、情報は構造的に揮発するのではなく、制度的に忘却される。情報は高速で拡散され、アルゴリズムで埋もれて、「痕跡」だけが蓄積される。しかし、かつて「情報」とは物質であり、重みであり、手触りであった。パピルスに記された言葉は、燃え、朽ち、物理的に消えた。だがその消えゆく運命こそが、そこに宿る思考の重さだった。情報が紙から離れ、画面へ、クラウドへと抽象化されるなかで、我々は「消えることのない情報」に思考を委ねた結果、「消えることすらない自己」に感情を投影しているにすぎないよ。」ここから導き出せる結論─つまりFast & Lowの時代は

・書くことの代わりに送ることを選び、

・読むことの代わりに見ることを選び、

・残すことの代わりに残されることに安住している。

そしてそのとき、パピルスの静かな重さは、もはや戻らない。

だが、だからこそいま、どこかで再び書かねばならない。速く、浅く、そして消えないもののなかで、遅く、深く、やがて消えるものとしての思考を。

A「つまり、「デジタル情報は最速で拡散され、最も揮発し、最も保存される」

だがそれは、「手に持てる実体」すらない。ということだ。」

グーテンベルク=印刷、デジタル=反応、パピルス=思考

これらによって導き出せる解─それは「消える」という物質的限界が「思考の深さ」

として意味を持つということ。」

B「いい感じにまとまったんじゃない笑?補足すれば、見せる(form)=思考させる(function)

引用(他者)=思考(自己)、現在(SNS)=過去(書字)=未来(思想)という等式の話だよ。」

A「相変わらずのその論旨スピード。その思考の速さこと、一種の「自己」であり「事故」と

呼称する表現が似合うんじゃないかな?」

B「それはどうも」

─あれだけ話せるBが、少し恥ずかしげに返答していた。

Music By 洛天依.『T.A.O.』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る